189 サイラス、最悪の1日(4)
「ミサキお姉様、にゃーはさすがに食べ過ぎだと思うにゃ。」
ミサキとニーナが、現在いるお菓子屋は、すでに5軒目だった。
「何言ってるのよ、ニーナ。これは大事な市場調査なんだから、まだまだ、お菓子屋に行くわよ?」
「ウップ・・・さすがのにゃーも、もうお菓子を見るだけで気持ち悪くなってきたにゃ・・・。」
ニーナはお腹を擦りながら、気持ち悪そうにしていた。
「まったくニーナは小食ね。こんなことならあの大食いウサギを連れてくれば良かったわ。」
「にゃ!にゃーは、まだまだ平気にゃ。だから、捨てないで欲しいにゃ。」
「あら、私がニーナを捨てるわけ無いじゃない。」
「ミサキお姉様・・・にゃーは頑張るにゃ。」
ニーナは目の前のテーブルの上に置かれたお菓子をむしゃむしゃと食べ始めた。
「うふっ、頑張るニーナは好きよ。・・・ここの店はなかなかだわね。7点ってところかしら。」
ミサキは、ブツブツと小さい声でお菓子の採点をしていた。
「ミサキお姉様、最初の店から点数つけてるのは何なのにゃ?」
「えっ?・・・ニーナはこういうお店、エストにも欲しいと思わない?」
「にゃ!欲しいにゃ!絶対欲しいにゃ!にゃーは毎日お菓子食べたいにゃ。・・・交易都市グロースにいる時は毎日お菓子を食べられたけど、エストに来てから滅多に食べられないにゃ・・・にゃーは悲しいにゃ。」
ニーナはお菓子を口に運んでいた手を止めて、立ち上がった。
「でしょ。昔の偉い人の言葉でこういうのがあるの。『パンがなければ、お菓子を食べればいいじゃない。というかむしろ、お菓子さえあればパンはいらなくない?』・・・名言よね。」
「名言にゃ!素晴らしいにゃ!」
ニーナは感動していた。
「というわけで、エストにどのお菓子屋を勧誘するか調べているのよね・・・でも、みんな美味しくて困っちゃう。」
ミサキは、両手で自らの体を抱きしめ、左右に振って、困った感情を体で表していた。
周りに居た人々は、その光景をほほえましく眺めていたが、もし、エストの住民、もしくは、交易都市グロースの住民が居たら、何が今から起こるのか不安になり、その場から逃げ出したことだろう。
「にゃーは3番目に行ったお菓子屋が一番おいしかったにゃ。」
「そうね。あそこも美味しかったけど、4番目も捨てがたいのよね・・・う~ん、この際、全部勧誘しちゃおっか?」
「それがいいにゃ。」
「そうね。そうしましょ。」
こうして、ミサキとニーナは、お菓子屋がエストに来てくれるよう勧誘し始めた。
もちろん、会話での勧誘である・・・今のところは。
「・・・ハイドさん、昼食って12時から1時の間に取る食事のことですよね?」
「・・・ああ、俺の知っている限り、そうだな。」
「今、もう夕方の5時ですよね?」
「・・・そうだな。」
ヒロとハイドは、昼の1時頃から、泊まる宿屋に併設されている酒場のテーブルで、酒も飲まずにミサキとニーナを待っていた。
「おい、そろそろ酒場を開けるから、まだ、テーブルに居るんなら、何か注文してくれよ。」
「ああ。わかった。」
酒場のマスターに言われ、ハイドが申し訳なさそうに応えた。
マスターは、大きな体をしており、顔に少し傷の残っている人間の男だった。
「まったく、どうなってんのよ?」
「まったくにゃ、にゃー達の誘いを断るとは信じられないにゃ。」
そこへミサキとニーナが、不機嫌そうな様子で帰ってきた。
「遅いぞ、ミサキ。」
ハイドが、ミサキに文句を言った瞬間、ハイドはミサキに殴られ、椅子から転げ落ちた。
「うっさい、ハイド。」
「機嫌悪そうですね、ミサキさん。何かあったんですか?」
ヒロは、ハイドの二の舞にならないように、なるべく、ミサキを刺激しないように声をかけた。
「聞いてよ、ヒロリン。」
ミサキは、お菓子屋を巡り、エストに来ないかと勧誘したこと、そして、そのすべてで断られたことをヒロに説明した。
「そりゃ、そうだろ?何で、こんな人口の多い都会から、エストみたいな1,000人ちょっとの田舎に行こうと思う奴がいるんだよ。」
ハイドは、立ち上がり、椅子に座りなおした。
すでに、ハイドは、ミサキに殴られることに慣れているようだった。
「そんなの知ってるわよ。でも、私の誘いを普通断ると思わないでしょ?」
「お前は何様なんだ?」
「超絶美少女のミサキ様に決まってるじゃない。」
自信満々のミサキの顔をハイドは呆れた表情で見ていた。
そのミサキの横を子供の獣人が通り過ぎていった。
子供の獣人は、まだミサキがこの世界で見たことのない犬族の獣人だった。
すかさず、犬族の獣人の子供を抱きかかえるミサキ。
「見て、ヒロリン!犬よ、犬。」
問答無用で犬族の獣人の子供を撫で回すミサキ。
急に抱きかかえられ、撫で回された犬族の獣人の子供は、困ったように「あの、ぼく、あの、仕事、あの・・・。」とミサキに訴えかけていた。
「ミサキさん、困ってるから降ろしてあげた方がいいですよ。」
「嫌。」
ミサキは、ヒロの言葉など一言で断り、犬族の獣人の子供を撫で回し続けた。
「おい、ミサキ。その子供は奴隷だ。主人の命令に逆らったら、その子が困るから、離した方がいい。」
ハイドの言葉に、ようやくミサキは犬族の獣人の子供を放した。
「ご、ごめんなさい。」
なぜか、犬族の獣人の子供は、ミサキ達に謝り、仕事へと戻っていった。