18 『エルダ・リ・マルクーレ』 ラインベルト・シュナイゼル・エストラ男爵(12歳)と出会う
『貴族といえども驕るべからず。ただ、民の盾としてのみ生きよ。』
草原を走る馬車の中には、少年が乗っていた。
少年の名は、ラインベルト・シュナイゼル・エストラ男爵。
現在のエストラ男爵領の領主である。
先ほどの言葉は、先代のエストラ男爵が常々言っていた言葉であった。
そのため、先代のエストラ男爵は、自らの財産を処分し、さらに借金を重ねてまでエストラ領民を助けようとして、2年前に亡くなった。
その後をついだラインベルト・シュナイゼル・エストラ男爵に残されていたものは、莫大な借金と我先にとエストラ領を逃げ出す領民達であった。
そんな中でも、どうにかこの2年騙し騙しやってきたが、それも限界に来ていた。
というか、10歳で領地を引き継いで、よく2年も持たせたというのが正解かもしれない。
最盛期は1万人を超えていたエストラ男爵領の町エストの人口も、すでに300人余り。
もはや、村という方が近いかもしれない。
残された食料も少なく、この冬を越すのは、どう考えても無理という食料事情。
だからといって、他の都市や領地から食料を買う金どころか、借金の利子さえ払うのがやっとという始末。
「詰んだのかな?」
ラインベルトの目に涙が溢れそうになっていたが、ラインベルトは溢れそうな涙を拭き、「僕が諦めてどうするんだ。領民はもっと苦しいんだから。」と自分自身を戒める。
今、ラインベルトがいるのは、エストラ男爵領の町エストとサイラス伯爵領の都市サイラスの中間地点である。
今回の借金の返済(といっても、利子を払うだけが精一杯で、元の借金は少しも減ってはいない。)のために、サイラスに向かっているところだった。
まだサイラスには、かなり距離があるにも関わらず、馬車のスピードが落ちたことを不審に思い、ラインベルトは、御者側の小窓を開けた。
「ルーベル爺、何かあったのか?」
ルーベル爺は、昔からエストラ家に仕えている執事であった。
現在60歳を超えているにも関わらず、ラインベルトのために屋敷のことだけでなく、こんな馬車の御者までやってくれているのだ。他の人間を雇えないということでもあるが。
「はい、ラインベルト様。前に騎士様らしき方が道の真ん中に立たれておりますので。」
馬車が止まったところで、ラインベルトは、馬車を降り道の真ん中に立っている騎士のような人物に近づいていった。
その騎士のような人物は、背丈が190cmはあろうかという長身で、全身の肌一つ見えない銀色のフルプレートを着込んでおり、手には、明らかに普通の物より大きい銀色の騎士槍を持っていた。
「う~む、これは困った。困ったぞ。」
騎士は、馬車どころかラインベルトが近づくのにも気付かない様子で独り言を繰り返していた。
「あの~、騎士殿。何かお困りでしょうか?」
「ん?少年、君は?」
ようやくラインベルトに気付いた騎士が振り返ったが、頭だけではなく顔全体も銀色のフルフェイスに覆われていたため、顔を確認することはできなかった。
声でどうやら女性とわかったぐらいだ。
この世界では、女性の騎士も珍しくはないため、それによってラインベルトが対応を変えることはなかった。
「失礼致しました。僕は、ラインベルト・シュナイゼル・エストラ男爵と申します。」
ラインベルトは、できるだけ丁寧に挨拶をした。
騎士だとしたら明らかにラインベルトの方が地位が高いが、万が一、どこかの貴族の身内だったらいけないからだ。
「これは、こちらこそ失礼した。私は、ギルド『パンプキン・サーカス』の一人、エルダ・リ・マルクーレだ。エルダと呼んでくれ。」
「エルダ殿ですね。勉強不足で申し訳ありませんが、『パンプキン・サーカス』の名を聞いた事がないのですが、何のギルドでしょうか?」
「な、なんと!『パンプキン・サーカス』を知らないとは。さては、君はまだ、『グランベルグ大陸』初心者だな。なに、恥ずかしがることはない。誰もが最初は、初心者なのだ。さあ、私に着いてきたまえ!君を素晴らしい戦士へと育て上げてあげよう。」
ひとりで興奮しているエルダ。
「あの『グランベルグ大陸』というのは、どこの大陸のことでしょうか?ここは、『アランドベル大陸』のアリステーゼ王国ですが?」
「・・・アランドベル・・大陸?」
「はい。そうです。私の知る限り、グランベルグ大陸というのは聞いたことがありませんが?」
「・・・なるほど、それで分かったぞ。いきなり空に魔法陣が現れたから、何かと思ったら、どこか別の場所に飛ばされていたのだな。どうりで今自分のいる場所が分からないし、運営にも連絡できないと思った。いわゆる、これは異世界転移だな。これで納得した。はははははははははははは。」
ラインベルトは、エルダの言っている事の意味はまったく理解できなかったが、たぶん、困っているのではないかということは理解できた。
「もしかして、お困りですか?」
「その通り!ここがどこだか、まったくわからない。」
困っている割には、元気一杯なエルダだった。
「よろしければ、サイラス伯爵領の都市サイラスまで行きますが、乗っていかれますか?」
ラインベルトは、エルダの視線が、身長が160cmほどしかないラインベルトを上から下に見ているように感じた。
舐め回す視線というほど気持ち悪くは無いが、微妙に気になる視線だった。
「・・・ちなみに少年。少年は、今いくつだ?」
「12歳ですが?」
「・・・12歳、金髪の少年。顔もかわいい。・・・なんの御褒美だ、これは?」
ブツブツとエルダが何か独り言を言っているのは分かったが、何を言っているのかまではラインベルトには聞き取れなかった。
「もしかして、何か予定がおありでしたら、無理にとは言いませんが?」
「いやいや、当然、乗せていただくよ。」
「それでは、どうぞ。」
どちらが貴族かわからない会話をしながら、ラインベルトとエルダは、馬車の中へと入っていった。