187 サイラス、最悪の1日(2)
「それで、お前のところのシルク商会は、これからどうするつもりだ?」
シルク商会とは、このサイラスに本拠地を置く大商会の一つであった。いや、名目上は、シルク商会の本拠地は、このサイラスだと言われていたという表現の方が正しいだろう。
「はいはい、それですね。そうですよね。気になりますよね。私も気になります。」
うんうんと何度も首を縦に振るペドロリーノ。
そんなペドロリーノに痺れを切らし、サイラス伯爵がテーブルをドンッドンッと叩きながら、「余計なことはいいから、必要なことを言え。」と怒鳴った。
サイラス伯爵がテーブルを叩いたので、テーブルの上に置かれていたお菓子の山は崩れ落ち、なぜか、ペドロリーノも椅子に座ったまま、背中から後ろに倒れた。
「イタタタタタタッ、これは参りましたね。」
ペドロリーノは、派手に背中から転んだにも関わらず、何もなかったかのように立ち上がった。
そして、椅子を元へと戻して、座りなおした。
「で、何の話でしたかね?」
サイラス伯爵は、怒りのあまり、切れそうなぐらいの血管が額に浮かび出ていた。
「はぁ・・・だから、シルク商会はこれからどう行動するのかと聞いているんだ。」
この日初めて、ケイティート子爵は疲れたようにため息を吐き、ペドロリーノを見た。
「そうでした、そうでした。我々、シルク商会は、これまでと変わらず皆様への支援をさせていただく所存でございます。」
「それは、本当だな。」
「はい。シルク商会会長である、このペドロリーノ・シルクが断言致します。こう見えて私、嘘は大嫌いですので。」
「・・・信じるぞ、ペドロリーノ。」
サイラス伯爵の念押しに強く頷くペドロリーノ。
「それでは、目標に向かって、これからの作戦を立て直すとしましょう。」
サイラス伯爵の言葉に頷くケイティート子爵とテトリナ子爵。
4人の会議は、それから3時間余りに及んだ。
「本日、我が城で宴を開くつもりだが、二人共、出席されますかな?」
「もちろんで御座います、サイラス伯爵様。」
テトリナ子爵はうれしそうに承諾した。
「私は、クルワラ共和国の関係の仕事がありますので、この後すぐに領地へと帰らせていただきます。」
「私は、どうしましょうかね?迷いますね?・・・」
サイラス伯爵は、うんうんと唸るペドロリーノへ、「お前は最初から誘ってはおらぬわ。」と強い口調で言うと、「それは、残念ですな。またの機会には是非。」とケイティート子爵に笑顔を向けた。
ケイティート子爵は、「では。」と言うと愛想笑いもなく、無表情のまま、会議室を後にした。
ペドロリーノは、「ズコッ。」と自ら口で言って、床に転げていた。
「お前もさっさと帰れ、ペドロリーノ。」
「まったく、つれないですね、サイラス伯爵様は・・・でも、そんなところが私は好きですよ。」
サイラス伯爵は、ペドロリーノの顔が不気味に笑ったように思えた。
「フンッお前に好かれても、うれしくないわ。それぐらいなら、胸の大きな女を献上しろ。」
「おやおや、胸の大きな女性がサイラス伯爵様のお好みでしたか。これはこれは、ちょうど良かった。ここに胸の非常に大きな者がおりまして。」
ペドロリーノは、アイテムボックスから20cm程度の魔石を取り出した。
「これは?」
サイラス伯爵の表情に好奇心が浮かんだ。
「昔、魔王を封じ込めたという封印術を御存知ですか?」
「いや、知らん。」
「その封印術は、魔石に封じ込める封印術なのですが、これもその一つです。」
「・・・何が封じ込められておる。」
「それは、出してのお楽しみ・・・っと言ったら怒られそうですね。」
サイラス伯爵の額に血管が浮き出たのを見て、ペドロリーノは、サイラス伯爵の耳に顔を近づけ、封じられている魔物の名前を告げた。
「ほ、本当か!」
「はい、本当でございます。この魔石を持って、特定の言葉を言えば、封印が解ける仕組みと成っております。あっ、ただ、気軽には使わないでくださいね。秘密兵器は秘密にしておいてこそ意味があるのですから。」
フフフフッと悪戯っ子のような笑い声を上げて、ペドロリーノが笑った。
「それで、特定の言葉とは何だ?」
「まったく、せっかちですね、サイラス伯爵様は・・・仕方ありません。」
そう言うと、ペドロリーノは再びサイラス伯爵に耳打ちした。
「・・・これは使う時が楽しみだ。」
サイラス伯爵の表情は、不気味にゆがんでいた。
「その魔石の中にいる美女を楽しみにお待ちください。胸の大きさは保障致しますよ・・・まぁ、他のところも大きいですが。フフフフッ。」
ペドロリーノは、笑いながら、会議室から出て行った。
サイラス伯爵は、魔石に夢中であり、ペドロリーノが出て行ったことに気付かなかった。
ペドロリーノは、会議室を出た後、すぐに乗ってきた馬車に乗り込み、サイラス伯爵の城を後にした。
「まったく疲れましたね。」
ペドロリーノは、出てもいない汗を拭く振りをしながら、隣を見た。
そこには、1人の女性が座っていた。
非常に色が白く、金髪で、目の色は薄い水色だった。
ただ、唇だけが鮮血を塗ったように赤かった。
「お疲れ様でございます。」
「本当ですよ。まったく、お金を稼ぐのは大変ですねぇー・・・あっ、封印石の御代を貰うのを忘れていました。」
ペドロリーノは、馬車の椅子から転げ落ちた。
「フフフフッ。」
ペドロリーノの様子を見て、隣の美女は、上品な笑い声を出した。
「取りに戻られますか?」
「・・・いや、またの機会でいいでしょう。1日に2回もあの不細工な顔を見るのは御免です。」
ペドロリーノは、不愉快そうな表情で椅子に座りなおした。
そして、何かに気付いたのか、真剣な表情になり、馬車の窓を開けて外を眺めた。
ペドロリーノの視線の先には、猫族の女性と人間の女性の2人組がサイラスの通りを歩いていた。
「お好みですか?」
ペドロリーノの隣に座る女性が、ペドロリーノに声をかけるが、ペドロリーノは黙ったままだった。
「・・・・・・ちょっと、これからの予定を変更しましょうか?」
「はい。わたくし共は、ペドロリーノ様の言われるがままに動く人形ですから、何でもおっしゃってください。」
女性は、笑みを浮かべたままだった。
「それでは、至急、このサイラスから撤収します。そうですね・・・とりあえず、交易都市グロースにでも行きましょうかね。」
「かしこまりました。それでは、いつ出発されますか?」
「今日中です。」
「かしこまりました。」
こうして、サイラス伯爵に告げることなく、シルク商会はサイラスから姿を消した。
しかし、サイラス伯爵にはシルク商会がサイラスを去ったということを知る機会は訪れなかった・・・。