185 ヤマトとサクラの日常(5)
翌朝、ヤマトとサクラとローマンとシーニュの4人は、町を馬車で出て、そして、シーニュが「ここでいいよ。」というので、門を出てしばらく行った街道の分かれ道で2人を降ろした。
「途中までは送っていけるぞ?」
「ちょっと用事が出来たから、ここでいいよー。」
ローマンは、シーニュが何を言っているのかわからない様子だったが、この旅において、シーニュが意味のわからないことを言い出すのは初めてではないので、シーニュにあわせておいた。
「サクラちゃん、難しいだろうけど、頑張ってね!」
シーニュの言葉にサクラは、顔を赤くしたり、青くしたりしながら焦っていた。
「何を頑張るんだ、サクラ?」
「な、何でもありません。・・・もう、シーニュちゃんは・・・。」
サクラとシーニュは、昨日の夜、一緒のベッドで寝たので、その時、いろいろ話したのだろうと思い、ヤマトはそれ以上突っ込まなかった。
「ヤマト、元気で。今回は助かったよ。」
「ああ、ローマンも体に気をつけてな。」
ヤマトとローマンは固い握手をした。
「それじゃー、バイバーイ。」
シーニュは、何度もヤマトとサクラの方を振り返り、手を振りながら、ローマンと共にヤマトの行く方向とは逆方向へと街道を歩いていった。
そして、最後に、かなり遠くから「ヤマトー・・・弧月ちゃんと弧炎ちゃんによろしくねぇー!」と叫ぶとそれ以来、振り返ることなく歩いていった。
「・・・・あの野郎、気づいてたな。」
ヤマトは、そう言えば、シーニュが欲しがった刀は、『エル・ブランシュ・アンジェ・フォル』のメンバーの1人が持っていた物だと思い出した。
魔術師のくせに何度も刀でヤマトに勝負を挑んできた変な奴だったので、ヤマトはよく覚えていた。
「あの~、弧炎ちゃんって何なんですか?」
「・・・機会があれば見せてやるさ。」
ヤマトは弧月とは違う方の刀を優しくさすっていた。
「よし、俺達も行くぞ、サクラ。」
「はい、ヤマトさん。」
ヤマトとサクラは、馬車の御者席に乗り込み、シーニュ達が歩いていった方とは逆方向に馬車を走らせ始めた。
ただひとつ、ヤマトが心の中で安心していたのは、シーニュがヤマトのことを『弟Mの憂鬱』だとバラさなかったということだ。
そのために、サクラに自分達のことを言わないように言っていたのだ。
結局、シーニュにはバレていたみたいだが、サクラの様子を見ると、たまたまか故意かはわからないが、サクラには言わないでおいてくれたのだろう。
(もし、万が一、もう一度、シーニュと会う機会があれば、お礼でも言ってやるか。)
ヤマトはそんなことを考えながら、馬車を走らせていた。
「そろそろいいかな?」
シーニュが振り返るとヤマト達の馬車が、シーニュとは反対方向へ走り出したところだった。
「何がいいんだい、シーニュ?」
「やっぱり、こういう時は恩返ししないと『エル・ブランシュ・アンジェ・フォル』の名が廃るってことだよー。・・・それに、『ほっかほっかのかぼちゃ』ちゃんと一緒になって『グランベルグ大陸』内で『姉狩り』の異名を浸透させちゃった負い目もあるし、ここら辺でヤマトには少し何か返しておかないと・・・。」
ローマンは、もの凄く嫌な予感がしたが、ローマンが止めたところで、シーニュが止まるわけないのは、この旅でよく理解していた。
「それにしても、この刀、懐かしいなぁー。」
シーニュは刀を抜いて、刀身を眺めていた。
「切れ味よさそうだね。」
ローマンも刀の刀身に見惚れていた。
「甘いよ、ロマ兄。この刀はただの刀じゃないんだよ。これはね、私の友達の1人があのヤマトにあげるために、わざわざ手に入れた刀なんだから。」
シーニュは昔を思い出していた。
この刀を手に入れて、ヤマトにプレゼントしたいというメンバーのために、ギルドメンバー全員でこの刀を取りに行き、そして、見事、獲得できた時のことを。
そして、その刀を素直に渡せずに結局、戦いを挑んでしまい、大切なことを告げずに刀だけを渡してしまったと泣いていたメンバーのことを。
「この刀はね、今、封印がかけてあるの。その封印はね、ある言葉で解けるようになってるんだけど・・・。」
シーニュは、刀を地面に刺すと「『弟Mの憂鬱』のことが好きです。」と言った。
すると、刀は仄かに赤く光り、そして、地面に魔法陣が浮かんだ。
そして、魔法陣の中から現れたのは、巨大な赤いドラゴンだった。
「こ、これは・・・。」
ローマンは驚いて、それ以上声が出なかった。
「ヤマトには、もうサクラちゃんがいるし、そんなところにこの刀を置いておくのも可哀想だったしねー。・・・それじゃー、私とロマ兄を乗せて飛んでもらえるかな?」
「ギャオウ。」
赤いドラゴンは、了解の意を示した。
「ほら、早くロマ兄も乗って。」
地面に這いつくばったドラゴンの頭からシーニュとローマンは、ドラゴンの背に乗った。
「あっちの方向に飛んでくれるかな?」
シーニュの命令を受け、ドラゴンはゆっくりと翼をはためかせながら、空へと上昇していった。
シーニュの指し示した方向は、ヤマト達の馬車が走っていった方向だった。
「さあ、ロマ兄、オーク狩りだよー!」
「・・・・。」
ローマンは、シーニュのテンションには付いていけず、とりあえず、ドラゴンの背から落とされないようにしがみついているだけだった。
ヤマトとサクラが、オークの集落の調査のためにリードの森に着いた時、すでにリードの森は焼け野原だった。
一応、火は消えてはいたが、未だ煙がくすぶっている状況だ。
そして、所々には、オークの黒こげの死体があった。
「まさか・・・あいつ。」
ヤマトは嫌な予感を覚えながらも、リードの森だった場所の中心部へと歩を進めていくが、そこで見た光景は、さらに悲惨だった。
リードの森のオークの集落があったと思しき場所には、見事なクレーターが出来ていた。
「・・・これは?」
サクラも予想外の状況に言葉が出てこない様子だった。
「・・・これを見てみろよ、サクラ。」
ヤマトが指し示した場所には、土の上に【借りは返したよ。シーニュ】と書かれていた。
「これをシーニュちゃんが?」
「だから、言っただろ?アイツら、危険なギルドだって。」
ヤマトは乾いた笑いを浮かべていた。
「これ・・・どう報告すればいいんですか?」
「さあ?そもそも、これを報告して、調査依頼の達成と認めてくれるかも怪しいな・・・。」
「・・・ですね。」
ヤマトとサクラは、しばらく、元オークの集落で呆然としていた。