183 ヤマトとサクラの日常(3)
ヤマト達の馬車がケイティート子爵領の都市ケイトラーダを出発して2時間が経過した頃、街道沿いにうずくまっている男性とそれを心配している様子の女の子がいた。
ヤマトは、その2人の横で馬車を止めて、声をかけた。
「大丈夫か?」
男の方は少し苦しそうにしていたので、女の子の方がヤマトを見て「わかんない。急に苦しそうにして。」と答えた。
「サクラ、見てやってくれ。」
「はい。」
ヤマトとサクラは2人共に御者席に乗っていたので、ヤマトは隣のサクラに声をかけた。
ヤマト達が今回借りている馬車は、荷台に幌がついているだけの簡易なものだ。
一応、片側に長椅子が付いているので、荷台に座ることも出来た。
サクラは、すぐに御者席から降りて、男性に回復魔法をかけてみた。
その魔法の効果もあり、男性の息が落ち着いた。
「あ、ありがとう。だいぶ、楽になったよ。」
男性は顔を上げ、サクラにお礼を言ったが、まだ、少し顔色が悪かった。
「大丈夫ですか?」
「ああ、あまり旅に慣れていなくてね。ちょっと疲れが出たみたいだ。」
男の連れの女の子は、男が少し元気になったので安心したのか、ピョンピョンと飛び跳ね、「良かったね、ロマ兄。」と男性の肩を叩いていた。
「良かったら、ケイトラーダまで乗せて行こうか?」
ヤマトが声をかけるが、男は少し気まずそうに、「い、いや、大丈夫だよ。」とヤマトに向けて苦笑いを浮かべた。
「なんでー。ロマ兄、絶対、町で休んだ方がいいって。」
「いや、だから、ほら、いろいろあるから。」
男の方が、女の子の方に察しろと暗に言っているようだが、女の子が察する気配はなかった。
そんな女の子を置いておいて、とりあえず、男は立ち上がり、深々とサクラとヤマトに頭を下げた。
「僕はローマン。本当に助けてくれてありがとう。」
「俺は、ヤマトだ。気にするな。困った時はお互い様だ。」
「私は、サクラです。こう見えて、私達2人もちょっと前に行き倒れていたのを助けられたんですよ。フフッ。」
サクラは、妙な縁ですねと言って、微笑を浮かべていた。
「私は、ギルド『エル・ブランシュ・アンジェ・フォル』の『シーニュ・ルミエール』だよ。シーニュって呼んでね。」
シーニュは、元気一杯の笑顔でヤマトとサクラに挨拶をしたが、ヤマトとサクラの2人の表情は固まっていた。
「あの・・・。」
サクラが何か言いかけたが、それを制して、ヤマトがローマンに話しかけた。
「ローマンと呼んでもいいか?」
「ええ、どうぞ。私もヤマトと呼んでも?」
「ああ、構わない。変なことを聞くが、もしかして、何か問題が起きて町へ入れないのか?」
ヤマトの視線はシーニュの方を向いていた。
「もしかして・・・知り合いですか?」
ローマンの視線もシーニュへと向いていた。
「サクラ、ちょっと、シーニュの相手をしてやっておいてくれ。」
「・・・わかりました。」
ヤマトの目が、サクラにシーニュには言うなと言っているのを理解し、ヤマト達と少し離れた場所でシーニュと話し始めた。
「アイツが何か問題を起こしたんだろ?」
ヤマトは、『エル・ブランシュ・アンジェ・フォル』のことも『シーニュ・ルミエール』という名前もよく知っていた。
「やはり知っているんですね、彼女を。」
「たぶんな・・・俺の知っている奴と同一人物なら、この世界に来てやったことの中に弱い魔物相手にとんでもない魔法をぶつけるとか、やっているはずだが?」
ヤマトの言葉にローマンが強く頷いた。
そして、ヤマトにフロレンツ伯爵領の都市フローラでの出来事やその後の話をした。
ローマンとシーニュは、あの後、逃げる最中に何度か魔物と出くわしているのだが、その度にシーニュがローマンが見たことのないような魔法をぶっ放し、地形が変化してしまった場所まで出来ていた。
そのため、ローマンは住民に被害があってはいけないとなるべく町に寄らないでここまで来たのだ。
あと、フロレンツ伯爵領の都市フローラでシーニュが城壁を破壊した後、別の町に寄った時、お金を下ろしに冒険者組合に行った時に、自分のブラックリストらしきものを発見したのも、ローマンが町に寄らない大きな理由のひとつだった。
幸い、その冒険者組合からは、何事もなく出て来られたが、次も無事だとは限らなかった。
「まったく、あの限度を知らないアホギルドの女連中は、どこに行っても迷惑な奴らだな。」
『エル・ブランシュ・アンジェ・フォル』は、女だけの魔術師ギルドだった。
とにかく、派手なことが大好きで、戦いになるとすぐに全員で高位魔法をぶっ放し、相手を殲滅するか、もしくは、受けきられて相手に殲滅されるかの二者択一の『グランベルグ大陸』きってのアホギルドとヤマトなどは呼んでいた。
一度、ヤマトは、『エル・ブランシュ・アンジュ・フォル』のメンバーの1人に「いい加減、考えて魔法をぶっ放せよ。」と言ったことがあるのだが、その時返ってきた言葉が、「現実の憂さ晴らしをしてんだから、これでいいのよ。」だった。
しかも、ヤマトが一番困ったのは、『パンプキン・サーカス』のギルドマスター『ほっかほっかのかぼちゃ』が、この『エル・ブランシュ・アンジェ・フォル』のアホさ加減を大変気に入っており、何かにつけて絡みに行っていたのだ。
そのため、ある時は敵として、またある時は味方として、数多く『エル・ブランシュ・アンジェ・フォル』と関わっていた。
「それで、冒険者組合のブラックリストにでも載ったか?」
再び、ローマンが強く頷いた。
「・・・はぁー。まったく、本当に悪かった。」
なぜか、ヤマトはローマンに頭を下げた。
「いえ、あなたに謝られる理由はありませんので、頭を上げてください。」
「いや、そうはいかない。同じ『グランベルグ大陸』出身として、深く謝らせてもらう。・・・その上で、これからどうするつもりなんだ?」
「それなんですが、旅の途中で他の旅人から、アリステーゼ王国の最北西の地域であるエストラ男爵領のエストという町が、住民を募集しているとかでそこに行こうかと考えています。エストラ男爵領は他の領地と付き合いがほとんどないと聞いたことがありますし、そういう町なら気付かれずに生活できるかとも思いまして。」
実際、ローマンはブラックリストの関係で捕まっても、元王子という関係上、どうにかなるとは思っていた。
ただ、まだ捕まってもいないのに、そのことを口に出し、係りの者の手を煩わせるのが嫌だったのだ・・・。
さすが、気遣いの人ローマンであった。
「・・・見捨てたらいいんじゃないのか?」
ヤマトの言葉にローマンは苦笑いを浮かべながらも、真剣に答えた。
「女の子をこんな旅の途中で見捨てるなんて選択肢は僕にはありませんよ。最低でも、彼女が大人になって、しっかりした仕事を見つけた後じゃないと。」
「・・・いい奴だな、ローマンは。」
ヤマトは、非常に感心した。そして、「もし、よければ、今夜、家に泊まらないか?」と誘った。
「ですが、町には・・・。」
「大丈夫だ。門を入るくらいは俺もある程度、顔が利くから大丈夫だろうし、何より、家は一軒家だから、誰かに見つかる心配もない。安心して休んでくれ。」
「本当にいいんですか?」
「ああ。」
さすがに、ローマンも久しぶりに普通のベッドで寝たかったのだろう、ヤマトの誘いを受けることにした。
そして、ヤマトとサクラは、その日の予定を変更して、ローマンとシーニュを連れて、ケイティート子爵領の都市ケイトラーダへと戻っていった。