175 ギルド『パンプキン・サーカス』会議(2)
3日前、ミサキの部屋にニーナが焦った様子で飛び込んできた。
「ミサキお姉様、大変にゃ!」
「まったく、ニーナはいつも騒がしいわね。あんまり、騒がしいと胸をモミモミしちゃうぞ。」
ミサキは手をワサワサと動かしている。
「それは、嫌だにゃ。そんなことよりも、一大事にゃ。」
「まったく、ニーナは、それで誰を殺せばいいの?」
「ち、違うにゃ。殺しちゃだめにゃ。そんなこと言ってないにゃ。一大事は、にゃーのことにゃ。」
「ニーナのこと?・・・まさか、男でも出来たの?そんなの許さないわよ。とりあえず、その男の住所と名前を教えなさい、体の様々なところを切り裂いてくるから。」
「だから、違うし、切り裂いちゃ駄目にゃ。そうじゃなくて、にゃーのお小遣いがついに底をついたにゃ。」
ニーナ、絶望の表情だった。
「・・・お小遣いは、3日前にドルトに貰ったばかりよね、1ヶ月分として。」
現在、ギルド『パンプキン・サーカス』のお金の管理はすべてドルトが行っている。今、『パンプキン商会』以外に収入のないギルド『パンプキン・サーカス』としては、両方に通じているドルトが管理するのが一番手っ取り早いというのと、他にお金の管理が出来る人がいないということもあった。
「あんなはした金じゃ、にゃーの欲望は満たされないにゃ。全然、足らないにゃ。」
ニーナの1ヶ月のお小遣いは、大銀貨5枚だ。この世界の物価を考えると決して少ないという金額ではない。住む所や食費はすべてお小遣い以外から出ているということを考えるとむしろ多いくらいだ。
「そうなの?私も昨日使い切ったからないわよ。」
ミサキの1ヶ月のお小遣いは、金貨1枚だ。
そもそも、小さい雑貨屋と酒場と黒ウサギ薬局と屋台しかないエストで、どうやって短期間でそれだけのお金を使えるのか謎な二人だった。
「そこで、にゃーは、町でこんな物をもらってきたにゃ。」
ニーナは、ミサキの前に1枚の紙を置いた。
紙には、従業員募集の文字が書いてあった。
「これは・・・『乱華酒家』・・・ね。大丈夫?体売ったりするところじゃないの?」
「大丈夫にゃ。このチラシを配っていたおじさんに聞いたにゃ。それによると、むしろ、いつか体を触ることが出来ると期待を持たせながら絶対に体には指一本触らせないでお金だけ巻き上げる仕事らしいにゃ。」
「なるほど。お水の仕事ってわけね。・・・面白そうね。」
ミサキが興味を示した。
「それで、にゃー1人じゃ不安だから、ミサキお姉様も一緒に行って欲しいにゃ。」
「いいけど、面接はいつなの?」
「今からにゃ。」
「随分と急ね。まあ、いいわ。それじゃあ、行きましょ。」
ニーナとミサキは一緒に部屋を出て行った。
「ラインベルト様が、認めてくれてよかったですね、ディート様。」
「ああ、そうだな。まあ、俺とラインベルトの付き合いで認めてくれないわけないけどな。」
そうは言いながらも、少し安心した様子でディートとグラハムが、エストの大通りを歩いていた。
今日は『乱華酒家』開店の目途が立ったので、ラインベルトに営業許可を貰いに行っていたのだ。
「それにしても、あの凄い魔法のおかげで、お店の内装をやる手間が省けてよかったですね。」
グラハムが言っているのは、ミサキ達『パンプキン・サーカス』のメンバーが合同で行ったギルドマスター魔法『都市創造』のことだ。
あの時、設計段階で関与することが出来たディート達は、やろうとしていた酒場の建物の内装まで済ませておいたのだ。
ちなみに、ミサキやジュリもディートと同様にあの時に内装を済ませている。
「今日の夕方には、サイラスに食材や酒を買いに行かせた冒険者達が戻るはずだから、明日には開店できるな。」
「・・・明日、開店しようと思ったら、今日は徹夜ですね。」
グラハムは疲れたような表情になったが、嫌そうではなかった。
「そうだな。おー、その前に、今日面接があるから、可愛くて綺麗な女性が集まってくれなきゃ始まらないけどな。」
「そうでしたね。そちらは、ディート様に任せますよ。」
「任せろ。」
ディートの得意満々の顔を呆れた様な顔でグラハムは見ていた。
「・・・まさか、ディート様の酒場巡りの趣味がこんなところで役に立つとは思いませんでしたね。」
「・・・俺もだよ。」
ディートとグラハムは2人で顔を見合わせて笑った。その2人の笑顔は、本当にうれしそうだった。
ディートの店『乱華酒家』には、それなりに多くの女性が集まっていた。
1日の最低保障金が銀貨5枚+個人の売り上げの10%+指名料が給料になると知って、女性が集まったのだ。
日本では珍しくないシステムだが、この世界では非常に珍しいシステムだった。
しかも、食料の物価が安いこの世界で最低保証金銀貨5枚は、かなり魅力的だったのだ。
「あと何人残っているんだ?」
「次が最後の2人です。頑張ってください。」
グラハムに言われ、いい加減、飽きてきた面接作業に気合を入れなおすディート。そして、その面接部屋に入ってきたのは、ミサキとニーナだった。
ディートは、その2人を見て、目が点になった。
最近、知り合った2人だったからだ。
「どうしたんだ、2人共?ハイドに言われて手伝いに来てくれたのか?」
ディートとグラハムは、あの宴会や冒険者組合の酒場でミサキ達と顔を合わせて仲良くなっていたのだ。
その中でも特にハイドと仲良くなり、一緒に飲む仲間になっていた。
2人がギルド『パンプキン・サーカス』及び『パンプキン商会』の関係者であることも、ミサキが美少女魔王と言われている本人であり、とんでもない魔法の使い手であることも知っていた。
それゆえ、ミサキが入ってきた時、グラハムの表情は微妙に引きつっていた。
「ミサキよ。」
「ニーナにゃ。」
ミサキとニーナの2人は、ディートに勧められる前に椅子に座った。
「いや、それは知ってるんだけどよ。ここ面接場所だぞ?」
「知ってるわ。さあ、私達を雇いなさい。」
ミサキ、超上から目線である。言葉もであるが、態度もでかかった。
「・・・いや、それは構わないんだけど、2人共、お金には困ってないだろ?何でうちの店なんかで働くんだよ?」
「困ってるにゃ。お小遣いが少ないにゃ。ドルトはケチんぼにゃ。」
ニーナは椅子から立ち上がり、前に座っているディートに迫る。そのニーナの表情は真剣だった。
「困ってるわ。」
ミサキは一言である。そして偉そうであった。
「・・・いいけどよ。2人共、接客は出来るのか?」
「頑張るにゃ。頑張って男共からお金を巻き上げるにゃ。そしてにゃーは成り上がるにゃ。夜の女王にゃーの誕生にゃ。」
ニーナはよく理解しているようだった。
「安心して。最終的には腕力にモノを言わせるから。」
ミサキはわかっていなかった。
「・・・とりあえず、腕力だけは勘弁してくれ。」
ディートは苦笑いを浮かべていたが、「まあ、俺とハイドの仲もあるし、ハイドの顔を潰すわけにはいかないからな。いいぜ、今日この後、ちょっとした講習するから、それを受けてから明日出勤してくれ。」とミサキ達を雇い入れた。
「講習は必要ないわ。」
ミサキはそれだけ言うと部屋を出て行った。
「ふっ、夜の女王のにゃーに何を教えるというのかにゃ。にゃーも必要ないにゃ。」
ニーナ、すでに夜の女王に成りきっていた。
ニーナもミサキの後をついて部屋を出て行った。
後に残されたのは、呆然としたディートとグラハムだけだった。
「・・・大丈夫ですかね?」
「・・・まあ、なんとかなるだろ?一応、明日の開店にはハイドにも来てくれるように行っておくさ。ハイドが居れば、最悪なことにはならないだろうからな。」
ディートは知らなかった。ハイドがミサキの行動を止めることなど出来ないということを。