170 地底湖の吸血鬼城(5)
ヒロは、真剣な顔でジュリに言った。
「ジュリ様!」
「何、ヒロ?」
「逃げていいですかね?」
「駄目に決まってるじゃない。」
「ですよねー。」
ヒロは仕方なく、漆黒の騎士と戦うことを決意した。
ここで逃げたら、ジュリに何を言われるかわかったものではなかったからだ。
決して、俺が倒さなければ、みんなに危険が及んでしまうという英雄的というか勇者的な思考ではない。
『パンプキン・サーカス』はよく勘違いされがちなのだが、『売られた喧嘩は買いまくる、売られてない喧嘩も買いまくる』的なことをミサキやエルダが言いまくっているお陰で『パンプキン・サーカス』に所属している人が全員がそういう思考の持ち主と思われているが、そうではないのだ。
『パンプキン・サーカス』の決まり的なことは、特にないのだ。
個人主義的なところがあるので、各々がそれぞれ自らに課す掟のようなものを持っているのだ。
ヒロの掟は、『売られた喧嘩は逃げまくる。知らない人には近づかない。強い者には媚を売り、弱い人にも媚を売る。』というものだった。
ただし、このヒロの掟には続きがある。
続きは、『しかし、やるしかない時は、徹底的に。』であった。
ゆっくりと漆黒の騎士がヒロの方を向いた。
「こうなれば、仕方ない。」
ヒロは、いつもの麻痺効果のついたナイフを取り出した。
「正々堂々と行きますよ、漆黒の騎士!」
ヒロは、真っ直ぐに漆黒の騎士に飛び掛っていくと見せかけて、途中に方向を変え、漆黒の騎士から距離を取った。
「ピエロスキル『ローションウォーター』。」
ヒロ、正々堂々もくそもなかった。
むしろ、卑怯だった。
しかし、ここでヒロの予想外の事態が起こった。
ピエロスキル『ローションウォーター』がレジストされたのだ。
確かに、効果が高いスキルだけに『ローションウォーター』の成功率はそれほど高くはない。ただし、それはレベルの近い者ではだ。
自らのレベルの半分以下の者には、ほぼ100%で効くスキルなのだ。
ヒロは、再び、ピエロスキル『ローションウォーター』をかけてみるが、やはりレジストされてしまった。
こうなると、この漆黒の騎士のレベルは、50以上と考えて間違いなかった。
「ジュリ様!」
「何、ヒロ?」
「1人でやる必要ないんで、やっぱり、一度逃げてもいいですかね?」
「駄目に決まってるじゃない。」
「ですよねー。」
ヒロ、意外と諦めが悪かった。
とりあえず、漆黒の騎士に近づかないで勝つ方法をヒロは頭の中で考え始めた。
「ジュリ様!」
「もう、いい加減にしてよ、何?」
「エストにこの漆黒の騎士を飛ばすっていうのはどうですかね?」
「ヒロ、あんた、真面目にやらないと本当にあそこ潰すわよ?」
「ラジャー。」
ヒロにしては良い案だと思ったが、ジュリにああ言われては却下するしかなかった。
エストには、現在、ミサキとエルダの2人がいるのだから、別にあの2人に任せる意味で、エストに飛ばすのはありかなと思ったのだが、どうやら、ジュリは意外と常識があるらしい。
そもそも、ヒロがこの漆黒の騎士とやりたがらないのは、この騎士が人間か魔物か分からないのがあった。
魔物なら問題なく殺せるが、人間は勘弁して欲しいというのが、ヒロの本音だ。
しかも、レベルが高そうなので、手加減が出来ない。となると、こっちが殺されてはたまらないから、容赦なく殺さなければいけない。
吸血鬼化すればいいのだろうが、あれも、結構、吸血鬼化が終わった後でダメージが来る(中二病発症の後の精神的なダメージの意味で)ので出来れば、戦う時に吸血鬼化は避けたいのだ。
その時、漆黒の騎士が、ヒロの方を向いて四つん這いになった。
「んっ?謝っているのかな?」
そんなヒロの疑問もすぐに解消した。
四つん這いになった漆黒の騎士は、顔の口の部分を覆っていた鎧が開き、そこから、炎のブレスを吐き出したのだ。
ブオオオオオオオオオオーーーーーー!
ヒロに向かって放射線状に広がっていく炎のブレス。
「ふぁ!」
ヒロは、いきなりのことで変な声をあげて驚いたが、とっさに『とめどない強欲の指輪』から『炎龍の盾』を取り出し防御した。
「ヒローーーー!」
ジュリからは、完全にヒロが炎に包まれたように見えた。
『炎龍の盾』は、炎の防御に特化しているので、よほどのことが無い限り、炎の攻撃がヒロまで通ることはありえない。
ヒロの持っていた『炎龍の盾』は、見事に漆黒の騎士の炎のブレスを防ぎきった。
「ヒロ、無事だったのね!」
炎が途切れた後にヒロの姿を発見し安心するジュリ。やはり、ジュリでもヒロを心配することがあるのだろう。
「ジュリ様!」
「何、ヒロ?大丈夫だった?」
「はい、炎は大丈夫ですけど・・・、人って炎のブレスを吐けるんですかね?」
「・・・吐けないんじゃないかしら?」
「ですよねー。」
ヒロはようやく、この漆黒の騎士は人間ではないと判断を下した。そして、だったら、遠慮する必要がないということを自らに言い聞かせた。
「それでは、本気でいかせてもらいます。」
ヒロの目が本気の本気になった。
「何、今更、言ってんのよ!最初から真面目にやりなさい!馬鹿でしょ、あんた!」
ジュリの罵声からあえて耳を背け、漆黒の騎士を観察した。
漆黒の騎士は、四つん這いから立ち上がっていた。
ヒロは、ゆっくりと漆黒の騎士の方へと歩き始めた。
「・・暗殺者スキル『幻影歩行』」
暗殺者スキル『幻影歩行』とは、その名の通り、ヒロの歩く姿が相手に3重にぶれて見せるスキルだ。そして、その3人に見えるヒロの姿の中に・・・。
漆黒の騎士が、3人まとめて攻撃するために持っていた大剣を横になぎ払った。
しかし、その大剣は空を斬っただけで、当たった感触は得られなかった。
そして、ヒロは、いつの間にか、漆黒の騎士のすぐ隣に立っており、漆黒の騎士の目に空いたわずかな隙間目掛けて、ナイフを差し込んだ。
ナイフは深々と漆黒の騎士の目の隙間に滑り込み、後頭部のアダマンタイトの兜に当たった所で止まった。
どう考えても、脳まで突き抜けている一撃だった。
「安らかに眠れ・・・。」
ヒロは、死に逝く漆黒の騎士に声をかけた。
ヒロの使った暗殺者スキル『幻影歩行』とは、ヒロの歩く姿を相手に3重にぶれて見せるスキルだが、その3人に見えるヒロの姿の中に本物はいないのだった。
一応、龍>竜のつもりです。ドラゴンはこの総称と思ってください。・・・今のところは。
ただ名前に関しては、龍だろうが竜だろうが、ドラゴンを使う場合もあります。