16 『ミサキ』 豚を圧殺する
カフェの外には、人だかりが出来ており、その中にカフェの中で見た顔も何人か混じっていた。
「ちょっと待ってもらってもいいかな?」
「何だ?」
ミサキと衛兵が立ち止まった。
「ちなみに、これは、私が誰かを殺したということで取り調べたいから連行されると理解していいのだろうか?」
「それもある。」
「そうか、そうか。なるほど。・・・私を罠にかけようとしている犯人がここにいるわけだ。」
ミサキは、ゆっくりと歩き始めると、人だかりの中のカフェにいた人物だけ指差していく。
「私の記憶が正しければ、彼らは、先ほどまでカフェの中にいたはずだ。ということは、彼らの中に私を嵌めた犯人がいるということでもある。こう見えても、私は、記憶力には自信があってね。特に私の不利益になるようなことをした人物は、絶対に忘れることができないのだよ・・・絶対にね。」
ミサキの表情が不気味にゆがんだ。
「何が言いたいのだ。」
「いやいや、別に何がいいたいわけではない。私は、皆に理解してもらいたいのだよ。私のことを・・・ね。ほら、よく言うだろ、『お互いに理解し合えば、戦争は起きない・・・が、殺しは永遠になくならない。』ってね。」
ハイドは、まるで氷水に飛び込んだかのような寒気を覚えた。
周りの人達もそうだったのだろう。誰も一言も声を発す者はいなかった。
「あっ、そうだ。向こうを見てくれ。」
ミサキが指を差した方には、店先に囲いを作り、中に体長1m程度の豚のような生き物を10頭入れている商店があった。
「あれを見てくれれば、私が無罪であるということは一目瞭然だと思う。悲しいことに、あの生き物達も、私が犯人であるという目で私を睨んでいる。なんと嘆かわしいことだ。私のような純情無垢な者を疑うとは、神をも恐れぬ所業。私はいい、私はいいのだ。どんなに疑われようが、私自身が、私の無罪を知っているのだから。しかし、それを神は許さない。私を疑う事を、私を信じられない事を、私に命令することを。」
ミサキは、右手に持ったデスサイズをわずかに上下に動かした。
その瞬間、豚のような生き物10頭は、すべてせんべいのように地面にペチャンコに潰れ、道は豚の血で赤く染まった。
「やはり、神は、お許しにならなかったか・・・残念なことだ。いつもそうだ。神は、私を貶めようとする者を決して許しはしない。すべての者に平等に死を与えてくださる。」
ミサキは、ひと呼吸おいて話続けた。
「ところで、もう一度確認しておきたいのだが、私は、先ほどカフェの中にいた者達の証言によって、衛兵達に命令され、無理やり人々の嘲る視線を浴びせられながら、衛兵の詰め所に連れて行かれるということでよかったのかな?」
ミサキの瞳が、ひとりの衛兵を捕らえた。
「い、いや、それは。」
「ん?なんだ。違うのか?しかし、先ほどカフェの中にいた者達は、私が誰かを殺したと証言したのだろ?」
今度は、先ほどカフェの中にいたひとりに視線を移した。
「いえ、ぼ、僕は言ってません。本当です。」
視線を移されたカフェの中にいた男は、激しく震えている。
「なんだ、言ってないのか。・・・それでは、衛兵が聞き間違えたのではないのか?個人的には、もう一度証言を聞いてみることをお勧めするが?あなたの矮小なる人生のためにもね。」
「・・・そ、そうだな。私達がき、聞き間違えた・・のかもしれない。・・・確かにそうだ。おい、本当にこの方が殺したところを見たのか?」
衛兵の中で一番偉そうな人物が、再度、カフェの中にいた人達を見るが、誰も答えはしない。
「おい、本当に見たのかと言っているのだ。」
「い、いや、そういえば、見間違いだったような気が・・・。」「俺、最近、疲れてたからな。」「私、何のことだか、さっぱり?」
カフェにいた人達は誰もミサキと目を合わせようとしない。
「これは可笑しな話だ。そうなると、私は、誰も見ていない、ましてや、死体すら存在していない殺人のために衛兵に疑われ詰め所に連れて行かれようとしているということか。」
ミサキは、衛兵達を見つめ、冷たい顔で笑う。