159 偽魔王討伐編(15)
遥か上空から見るエストは、暗闇の中に灯された多数のろうそくのように綺麗に見えた。
「・・・そんなことを考えている場合ではありませんでしたね。」
ヒロは、ゆっくりと上空よりエルダの目の前に下降していった。
エルダも上空より舞い降りてくるヒロに気付いたようで、ヒロの方を見ていた。
そして、ヒロとエルダは同じ目線で相対した。
「もう一度いいますけど、エルダさん、やめてください。」
しかし、エルダはヒロの言葉に反応する素振りを見せず、いきなり、魔剣フィアンマを横に振った。
ヒロは、ミサキの時のようにその剣を止めようとはせずにかわした。
正確に言うと、止めようと思えば止める事はできたが、止めただけでもヒロにかなりのダメージがあることが分かりきっていたのであえて止めなかったのだ。
ヒロの吸血鬼時のメイン属性は闇属性と水属性である。氷属性はこの闇属性と水属性を持つ者に派生する属性のためメイン属性というわけではない。
要するに、ヒロの吸血鬼時は、光属性と火属性が苦手なのだ。
止めたくらいで死ぬことはないと言っても、わざわざ苦手属性を帯びている魔剣に触る気が起きなかったのだ。
「どうやら、本当に言葉が通じないようですね・・・仕方ありません。・・・本気でいきますよ。」
再び、エルダが、ヒロ目掛けて魔剣フィアンマを振り下ろしてきた。
ヒロはその剣筋をギリギリでかわすと、エルダの懐にもぐりこんだ。
そして、その腹部に目掛けて、本気でパンチをぶつけた。
ガシャンッという音とともに、エルダの鎧の腹部の部分が弾け飛び、エルダの巨体がくの字に折れ曲がった。
一瞬でヒロは、浮き上がったエルダの背中側に回っており、エルダの背中を両手を組んで、思いっきり叩きつけた。
ズドーンッという音と共にエルダの巨体は地面に叩きつけられ、そして、地面にめり込んでいた。
エルダの鎧の背中部分も破損していた。
そして、エルダがそれ以上動くことはなかった。
「・・・死んでませんよね?」
ヒロは、地面にめり込んだエルダを心配そうに見下ろしていた。
これが、この日、最後の戦いだった。
後に残ったのは、すでに大火災現場となっているエストだけだった。
「これどうしますか?」
ヒロとミサキは、ヒロによって仰向けに寝かされたエルダの横に立っていた。
エルダの体は元の大きさの190cmに戻っていた。
お腹と背中には、すでにポーションをかけているため問題はないとは思うのだが、怪我が治ってもエルダが目を覚まさなかったのだ。
「う~ん、大丈夫だとは思うけどね。」
「ミサキ!」
その時、ミサキに声をかけてきた者があった。
ミサキとヒロが振り返ると、そこには、ハイドをはじめミサキの現在の仲間達とレキエラ、ミュミュ、そして、酒場にいた者達が歩いてきていた。
「あっ、ハイド、生きてたんだ。てっきり、性格破綻したヒロに殺されちゃったかと思った。」
ヒロは気まずそうに顔を横に向けた。まさか、ミサキの言うとおり、死を待つ状態にして来たとは、さすがに言えなかった。
「ああ、それがな、俺も絶対死んだと思ったんだけどよ。この・・・。」
ハイドが、隣を歩いていたハーフエルフの少女をミサキに紹介しようとしたが、そのハーフエルフの少女はハイドの説明を待たずにミサキに抱きついた。
「へっ?」
いきなり抱きつかれて、戸惑うミサキ。そして、ハイドもミサキに抱きつくハーフエルフの少女を見て戸惑っていた。
「・・・知り合いか?」
「・・・全然?」
ミサキは、顔を左右に何度も振った。
「・・・知り合い・・・違います。・・・仲間・・・です。」
ハーフエルフの少女は、ミサキに抱きついたまま、顔だけをハイドに向けて言った。
ヒロは、ハーフエルフの少女と以前一度だけ会ったことがあったが、改めてその姿を観察して、思い至ったことがあった。
「もしかして、『科学者Mの憂鬱』さんですか?」
「・・・そう。今は・・・アオイ・・・です。」
「えー、『科学者Mの憂鬱』なの?久しぶりー。元気にしてたー?」
「アオイ・・・と・・・呼んで・・・ください。」
ミサキは、ハーフエルフの少女が『科学者Mの憂鬱』改めアオイとわかると思いっきりギュッと抱きしめた。
「何だ。やっぱり知り合いだったのか。」
ハイドは、ミサキとアオイが抱き合うのを見ながら呟いていた。
「いやー、みんな無事でよかったな。」
鎧がボロボロ状態のエルダが、うれしそうにミサキとアオイと3人で抱き合っていた。
ちょっと前に起きないエルダを見たアオイが、気付け薬をエルダに飲ませたのだ。すると、すぐにエルダは目を覚まし、そして、ヒロが、ここにいる全員にミサキのことや自分達のことを説明して今に至るのである。
しかも、エストの大火災もヒロが吸血鬼状態で天候魔法『ゲリラ豪雨』を使うことによって、すでに鎮火していた。
というわけで、ヒロは、ハイドを始め、ドルトやギ・ガ・ゾルドにも謝っていた。
「許すも許さねぇーも、あのマスクがお前だと聞いたら、怖くて許すしかねぇーよ。」
ハイドは、そう言っていたが、特にこだわった様子は見せずに笑ってヒロの肩を叩いた。
ドルトとギ・ガ・ゾルドも「ですね。」「だな。」とハイドに同意して許してくれた。
「しかし、何故、こんな勘違いが起きたのだ?」
レキエラは不思議そうにしていたが、それには今度はハイドが謝った。
「いや、それは、こっちのせいだ。」
そこでハイドは、ジュリにミサキが魔王と呼ばれた時の話をした。
「な、なるほど。そのとりあえず乗っとけって感覚はよくわからぬが、どうして、このようになったのかは理解した。」
レキエラの頬はピクピクと引きつっていた。
かなり怒りを抑えているのは窺えたが、今の今まで壮絶な戦いを繰り広げたので、もはや、ここで怒る気力はなかったのだろう。
「それにしても・・・これどうするのでしょうかね?」
ドルトが周囲を見ながら、呟く。
倒壊した建物多数、火災で燃えた建物多数、一部壊れた建物多数と信じられない損害だった。
「さあ?誰かが責任を取らねばいけないのだろうがな。」
レキエラは、特に誰か特定の人物を指した言葉ではなかったのだが、ヒロ、ミサキ、アオイは、一斉にエルダを見た。
「へ?私か?」
戸惑うエルダの言葉に強く何度も頷くパンプキン・サーカスのメンバー。
「こ、こういうのは、全体責任ではないのか?」
左右に強く首を振るパンプキン・サーカスのメンバー。
「・・・そんなぁーーーーーーーーーーー!」
こうして、後に『パンプキン・サーカスの悪夢』と言われることになる夜は、終わりを告げた・・・エルダの絶叫と共に・・・。
天候魔法は、ヒロの吸血鬼状態の時に使える吸血鬼の特殊魔法です。
吸血鬼以外にも使える者もいますけど。
『グランベルグ大陸』では、特に大した魔法という扱いではなく、吸血鬼のお城の周りは曇りとか土砂降りだったりするのがセオリーなので、それをするために吸血鬼に組み込まれた特殊魔法という扱いです。
だから、天候魔法の中でも、吸血鬼は晴天は使えません。
最初に偽魔王討伐編が長くないと言ってすいませんでした。
長くなりました。
とりあえず、偽魔王討伐編はあと少しですので、もう少し偽魔王討伐編にお付き合いいただけましたら幸いです。