157 偽魔王討伐編(13)
ヒロが、冒険者組合の建物を出た時、冒険者組合の建物から離れた場所で火柱があがった。
「さて、あれは、魔王か、もしくはエルダさんか?まぁ、見に行かなければ分かりませんね。スキル『漆黒の翼』。」
ヒロの背中から1対の漆黒の翼が現れた。
そして、その翼がゆっくりとはためくとヒロの体は、空へと上がって行った。
ヒロは、火柱が上がった方へ飛んでいくが、近づくまでもなく、あの火柱が誰によるものか分かった。
「エルダさんですか。」
遠くからでもエルダの巨体は目立っていた。
しかも、エルダの周りに150cm程度しかないミサキがざっと数えただけでも100体以上取り巻いているのだから、嫌でも目立つ。
「おっとっ。」
ヒロは、エルダが魔剣フィアンマを振るって生じた3mにも及ぶ火球を避けた。
ヒロが避けた火球は、かなり離れた場所に着弾し、その場所で大きな火柱を上げていた。
当然、そのエリアは大火事である。
ヒロは、そんなことなど興味なしと言わんばかりにエルダの周りを観察した。
正確には、エルダの周りを囲んでいるミサキ達を観察していた。
エルダが魔剣フィアンマを振るう度に巨大な火球や火線が放たれ、周囲に火事をもたらしているが、それもどうでもよかった。
ヒロが観察していたのは、違う動きをしているミサキがいないかということだった。
そして、ヒロの予想通り、エルダの周囲を囲んでいるミサキ達と少し距離を取り、エルダの死角になる建物の影を移動しているミサキを見つけた。
「それでは、感動の対面と行きましょうか。スキル『瞬間移動』。」
空に浮いていたヒロの姿が掻き消えた。
走っていたミサキの目の前に突然ヒロが現れた。
ミサキは、間髪いれず、すぐさまヒロ目掛けてデスサイズを振るった。
ミサキはヒロのことに気付いてないため、当然、手加減無しの一撃だ。
しかし、その後の光景にミサキは目を疑った。
ヒロは、ミサキが本気で振るったデスサイズの刃の部分を指で掴んでいたのだ。
「これはこれは、素敵な挨拶ですね。恋に落ちてしまいそうです。」
ヒロはマスクを被っているため、表情は分からないが、声はどこかうれしそうだった。
ミサキは、デスサイズを持たれたまま、その現れた男を観察した。
そして、顔のマスクを見て確信した。
しかし、その正体には言及せず、別の言葉を発した。
「なるほど・・・一度本気でやってみたかったんだよね。」
ミサキはデスサイズを持たれたままで、思いっきり右足でヒロの顔面目掛けて蹴りを放った。
しかし、その蹴りもヒロはデスサイズを持っている右手とは逆の左手で掴み、そして、右手で持っているデスサイズを離すと同時にミサキを振り回して投げ捨てた。
ミサキの体は、今までに体感したことの無いようなスピードで飛び、建物の壁を3枚突き破って、4枚目の建物の壁でようやく止まった。
「これは・・きっつーい。」
ミサキが初めて見せる苦痛の表情だった。
「これはこれは、魔王であるお嬢様、中々御戻りになられないので、御迎えにあがらせていただきました。」
ミサキの突き破って開いた穴のところにヒロが立っていた。
ミサキは立ち上がると、ヒロに言った。
「名前は?」
「あーなんてことでしょう。私としたことが大変失礼致しました。私、ノーブル(貴族)種吸血鬼のヒロ・ブラッドリーと申します。短い間ですが、よろしく御願い致します。そして、さようなら、魔王であるお嬢さん。」
ヒロの深紅の瞳が輝いたように見えた。
そして、ヒロが動こうとした瞬間、ミサキが手を前に出し「待った!。」と言った。
不意をつかれ、思わず、ヒロは動きを止めた。
「ちょっと待って、ヒロ・・ブラッドリーさんだったっけ?私も最後ぐらい本気を出したいから、ちょっと準備していいかな?」
「これはこれは、私としたことが、レディーの準備の邪魔をしていたとは。どうぞ、最後の晩餐ならぬ、最後の準備を気長に待たせていただきますよ。」
「そんなに待たなくてもいいよ。」
ミサキはそう言うと、デスサイズから手を離し、交易都市グロースを出る時にドルトから貰ったアイテムボックスの袋から、パンプキンヘッドを取り出し、頭から被った。そして、デスサイズを持ち、「準備OK!さあ、やろうか、ヒ・ロ・リ・ン。」と笑っているような、それでいてどこか怒っているような声で言った。
ミサキのパンプキンヘッド姿を見たヒロの動きは完全に止まっている。しかも、ミサキにヒロリンと呼ばれ、ヒロは挙動不審になり、キョロキョロとし始めた。
「・・・あっ、そういえば、今日は見たいアニメの予約を忘れていました。急いで帰らねば。それでは失礼を。二度と会わないと思いますが、好き勝手に暴れて、世界でも征服してください、魔王様。では。」
ヒロは逃げようとするが、すでにミサキはヒロの黒いマントを掴んでいた。
「ヒ・ロ・リ・ン、私、誰だかわかる?わかるかな?あっ、わかってたら、あんな酷いことしないよね?まさか、自分のギルドマスターの足を掴んで振り回した上に壁に投げ捨てるなんて。」
「あれー、奇遇ですね。もしかして、『ほっかほっかのかぼちゃ』さんですか?いやー、よかったなぁー。そういえば、エルダさんと心配していたんですよ。『ほっかほっかのかぼちゃ』さん無事かなって。あっ、そういえば、怪我したんですよね?どうぞ、これ、ただの最高級ポーションですけど。」
ミサキは、とりあえず、ヒロから最高級ポーションを受け取り、ゴクッゴクッと飲み干した。
「それで・・・これはどういうことか教えてくれるんでしょ、ヒ・ロ・リ・ン。」
「ふー、仕方ありませんね。」
ヒロの目が真剣みを帯び、そして動いた。一部の隙もない座り方、上品それでいて嫌味のない御辞儀、そうこれこそまさにジャパニーズ・土下座。
ヒロ、渾身の土下座だった。
「いや、なんと言うか、魔王を一度見ておけと言われて見に行ったら魔王が『ほっかほっかのかぼちゃ』さんだったというか。・・・っていうか、仕掛けてきたの『ほっかほっかのかぼちゃ』さんの方ですよね?」
「うるさーい。」
パチーンッとヒロのマスクが顔から外れ、飛んでいった。
ミサキが、ヒロの顔をビンタしたのだ。
「私は、ヒロリンをそんな言い訳をするような奴に育てた覚えはありませーん。」
ミサキの表情は真剣だった。むしろ、涙さえ出てきそうな目だった。・・・絶対に出ては無いが。
「育てられた覚えもありませんが?」
「うるさーい。」
パチーンッ。
ミサキとヒロの2人はしばらくこれを繰り返していた。