154 偽魔王討伐編(10)
ハイドがヒロに向かってくると同時にドルトとギ・ガ・ゾルドは、冒険者組合の出入り口へと走った。
「ふむ、これは・・・なるほど、素晴らしい。」
ハイド1人が囮になって仲間を逃がそうとしていることにヒロは気が付いたのだ。
「なんと美しい友情でしょう。しかし、・・スキル『瞬間移動』。」
ハイドの目の前からヒロが消え、ドルトとギ・ガ・ゾルドの目の前にヒロが現れた。
「しかし、知りませんでしたか?魔王からは、逃げられないと。」
そこからのヒロの動きが見えた者はこの場にはいなかった。
あっという間に、ドルトとギ・ガ・ゾルドは血塗れになり、その場に倒れた。
普通の時ならば、レキエラがヒロに「お前は魔王じゃないぞ。」と突っ込めていただろうが、見ていたレキエラでさえそんなことを突っ込もうという気さえ起こらなかった。
今のヒロの姿は、その力、その冷酷さ、何をとっても、伝説の魔王に相応しい姿だった。
「・・・てめぇー。」
ハイドは、倒れたドルトとギ・ガ・ゾルドに悲しげな目を一瞬だけ向けたが、すぐにヒロに視線を戻した。
ハイドのその目は、冷静さを取り戻していた。
良くも悪くも、ハイドは友を亡くすという経験には慣れていた。
そして、そのことに怒り、冷静さを忘れることの怖さも。
「ふぅー・・・いくぞ。」
深呼吸をひとつして、ハイドは体を低く構えた。
勝てないのは理解していた。逃げられないのも理解した。だとしたら、ハイドに出来ることは、あとひとつだけだった。
己のすべてを込めてヒロに一撃を加える。
それだけだった。いや、それしか出来ることはなかった。
「ふむ、まだ戦意が衰えないとは素晴らしい心です。私は非常に感動しました。そこで、あなたにひとつ贈り物をしようと思います。・・・永久の痛みに愛を込めて。」
そして、そこからハイドが血塗れになるまで1分もかからなかった。
今、ヒロの右手にはハイドの首が握られていた。
すでにハイドの意識はなく、ヒロが右手を離せば、糸の切れた操り人形のように床に倒れこむだろう。
ヒロは、自らの左手の親指の爪で自らの左手のひとさし指の腹の部分を切り、その左手のひとさし指をハイドの口の中に入れた。
「さあ、飲みなさい。高貴なる吸血鬼の血を。」
ハイドの喉が1回ゴクンッと動くのが見えた。
そして、それを確認するとヒロは、興味なさげに右手を離した。
床にドスンッと倒れて落ちて動かないハイド。
「御安心ください。貴方が吸血鬼になることはありません。あなたは死に難くなっただけです。ただ、現在のあなたの傷は、それを含めても十分死ねるだけの傷を与えています。向こうの2人もそうですが、苦しみ抜いて死になさい。あなたは、向こうの2人が苦しみもがき死ぬ様を見届けてから死ねるようにしただけです。・・・それが、私があなた方に贈れる最後のプレゼントで御座います。」
ヒロは、倒れて動かないハイドにそれだけ告げると冒険者組合の建物から出て行った。
レキエラは、そのヒロの後ろ姿に声をかけることは出来なかった。
ヒロが去った後、すぐにハイドに駆け寄るハーフエルフの少女にレキエラは気付いた。
ハーフエルフの年齢は、見た目とかなりギャップがあるので、もしかしたら、少女でなく、立派な女性かもしれないが、とりあえずレキエラの目には少女に見えた。
あの少女は、確か、この酒場で黒ウサギ族と食事を取っていた少女であったことをレキエラは思い出していた。
「何をしてるんだ?」
レキエラは、ハーフエルフの少女に近寄った。
ハーフエルフの少女はレキエラに一瞬だけ視線を送ると「治療・・・です。」と答え、再び視線を倒れているハイドに戻した。
そして、腰に下げた袋から、小瓶を1本取り出すと、小瓶の中身をハイドの口の中へと注いだ。
すると、ハイドの体が一瞬だけ青白く光り、そして、体中にあったハイドの傷がすべて消えた。
「これは?」
ハイドは驚愕を隠せなかった。歴戦の騎士であったレキエラには、何を使おうがハイドの傷は治るような物ではないように見えたからだ。
そんなレキエラの驚きなど知らん顔で、ハーフエルフは、次にドルトの元へと向かった。
「おい、何故、そいつらを治すんだ?」
レキエラにすれば、いくらヒロの所業が酷くても、相手は魔王の仲間である。当然の報いと言っても過言ではなかった。何故、ハーフエルフがそんなことをするのかわからなかったのだ。
「・・・怪我人は・・・治す。健康人は・・・実験する。・・・これが・・・私の・・・掟です。」
レキエラは、ハーフエルフの少女が何を言っているのか理解できなかった。
ハーフエルフの少女は、それ以上レキエラに答えることはなかった。
ただ、怪我人にポーションを飲ませ続けていた。