152 偽魔王討伐編(8)
ハイドは、ミュミュの攻撃を必死に避け続けていた。
ミュミュの攻撃はすべて重いため、受けてしまうと弾き飛ばされてしまうのだ。
幸い、ハイドの方が動きが早いため、どうにかかわせているが、それもハイドの体力が持つまでの間だった。
どこまでミュミュの体力が持つのかは分からないが、なるべく早くに決着をつけた方がいいことは分かりきっていた。
そしてハイドは覚悟を決めて、ミュミュの懐に飛び込んだ。
その瞬間、ミュミュのパンチが飛んできたが、それもハイドの予想通りだった。
そのパンチをギリギリでかわし、ハイドはミュミュの腹部に全力でパンチを叩き込んだ。
これで、ミュミュは戦闘不能になるはずだった・・ハイドの予想では。
しかし、ハイドの拳に伝わってきたミュミュの腹部は、まるで弾力のある岩を思いっきり拳で叩いたような感触だった。
「何するですか、このエロ狼!」
ミュミュはすぐに先ほどとは逆の手でパンチを放ってきた。
ハイドは、それを後ろに下がりながらかわした。
「まいったな。一体、腹に何か仕込んでんのか?」
ハイドは、そう言いながらも、拳の当たった感触から筋肉であるのは分かっていた。
「仕方ねぇーな。何があっても恨むなよ。」
ハイドは、腰に差していた厚手のナイフを抜いた。
そして、ナイフを抜いた瞬間、ハイドの目は傭兵の目になっていた。敵は容赦なく殺すという目に。
「何言ってるですか。恨む、恨まないじゃなく、もう、恨んでるですよ。プンプンですよ。食べ物の恨みは怖いですよ。」
「・・・緊張感なくなるな・・・。」
ハイドは一瞬だけ気が抜けたような表情を見せたが、それも本当に一瞬だった。
次の瞬間には、再びミュミュの懐に飛び込み、そして、先ほどと同じようにミュミュの繰り出すパンチをかわし、ナイフを持っている方の手で思いっきりミュミュの腹部を殴った。
ただし、ナイフの柄の方で。
ミュミュは、喰らった瞬間、動きが止まり、そして、床へと倒れた。
そして、起き上がることはなかった。
「悪く思うなよ。」
ハイドは倒れたミュミュに声をかけ、他の者の戦いへと視線を移した。
レキエラは焦っていた。
何度か攻撃を試みてはいたが、どう先を読んでも、最初に攻撃を仕掛けた方が最終的に分が悪くなるのだ。
それはドルトにも言えるらしく、ドルトから攻撃を仕掛けることはなかった。
レキエラとドルトは戦士としてのタイプが同じなのだ。
一撃で相手を倒すというより、先を読んで相手を追い詰めていくタイプなのだ。
そして、最悪な事にミュミュとヒロが倒されたことにより3対1の状況になってしまったのだ。
いわゆる、詰みというやつだ。
その時、レキエラは背筋が凍りつくような感覚に襲われた。
それは、ドルトもハイドもギ・ガ・ゾルドも同じだったようで、一様にその寒気がする方を見ている。
それは、ヒロが倒されたはずの土壁の囲いの中から漂ってきていた。
「アハハハハハハハハハハハハッ。」
いきなり笑い声が響いた。
ただ、その声は確かに笑い声なのだが、酷く寒気を覚える笑い声だった。
土壁の上部に降り立った者がいた。
正確には、土壁の向こう側から飛んで土壁の上部に降り立ったのだが、あまりにも優雅に土壁の上に降り立ったため、まるで天使が空から舞い降りて来たかのようだった。
土壁の上に降り立った人物は、穢れのない白い髪をしており、漆黒のマスクに漆黒のマントを羽織っていた。
そして、マスクの左の額部分には『4』の白い文字が刻まれており、マスクの目の部分から覗いている目の色は深紅だった。
一度ヒロの吸血鬼化を見たことのあるレキエラには、その白い髪と深紅の瞳で吸血鬼化したヒロだとわかった。
「皆様、ようこそ、我が劇場へいらっしゃいくださいました。私は、当館の支配人を務めておりますノーブル(貴族)種吸血鬼のヒロ・ブラッドリーと申します。」
パチッパチッパチッとヒロは自ら拍手をするが、ヒロ以外、他の誰もそれに合わせて拍手をしようとはしなかった。いや、出来なかった。
「おや?今日の御客様はいまいちノリの悪い方ばかりのようで、私、非常に傷ついております。」
ヒロは、残念そうに首をカクッと下に曲げた。
「しかし、御安心ください。当館では、そのようなノリの悪い御客様のためにも血が沸き立つような演目を御用意させていただいております。それでは、当館が誇ります血と狂乱のラプソディー『ある吸血鬼と吸血鬼の親友である騎士の物語 第1章 突然の出会い』・・・これさえ見れば素晴らしい歓声をお聞かせ頂ける事と確信しております。それでは、開演となります。」
ヒロは両腕を翼のように広げ、宣言した。
ハイド、ドルト、ギ・ガ・ゾルトの悪夢は今、始まったばかりだった・・・。
追記:ヒロが名乗ったヒロ・ブラッドリーは正式名称ではありません。酒場の客などもいたので一応偽名を名乗っただけです・・・が、みんなにバレバレなのですが。