151 偽魔王討伐編(7)
「さあ、どこからでもどうぞ。」
いつものようにドルトは笑っていた。不気味な笑いだ。
「これは・・・まいったな。」
レキエラはドルトの佇まい(たたずまい)を見て、苦笑いを浮かべていた。
隙が見当たらなかったからだ。
それだけで相当な腕だと理解できる佇まい(たたずまい)だった。
「来ないのですか?」
ドルトの姿勢は変わらない。
両腕は下ろしたままで、背筋は伸びており、まるで今から戦うとは思えない立ち姿。
しかし、一切の隙はない・・・が、レキエラは、右手で持っていたナイフでドルトの左わき腹を最短距離で突いた。
それほど早くない突きだった。
ドルトは、その突きを左手で払ってから右足でレキエラのこめかみに蹴りを放つという考えの下、左手でレキエラのナイフを持っている右手首を払う瞬間、咄嗟にやめて、バックステップしてレキエラから距離を取った。
「これはこれは、何と恐ろしい方ですね。狙いは私の払いにいった左手ですか。」
レキエラは、わざと払わせるために少し遅いスピードでナイフを突き出したのだ。
そして、払いに来た手にナイフを方向転換し、一撃をくらわせようとしていたのだ。
「まいったな。そこまで読めるとは・・・。これは・・・楽しくなってきたな。」
レキエラは笑っていた。
「そのような一撃を考えると言うことは、そのナイフ何かありますね。」
ドルトも笑っていた。
ドルトはポケットから黒い手袋を取り出し、両手にはめた。
この黒い手袋はドルトが本気になった時にだけつける手袋だった。
よく伸ばして薄くしたオーガの皮の2層構造で、しかも下のオーガの皮には、特殊な加工で糸状にしたオリハルコンが編みこんである特注品だ。
よほどの武器でないとこの手袋を突き抜けるものはなかった。
しかも、上のオーガの皮の表面はザラザラに加工されており、かすっただけで肉を持っていけるように仕上げてある。
とんでもなく高価で、とんでもなく凶悪な手袋だった。
「・・・そちらの手袋も洒落にならない物のようだな。」
「ほう、見ただけで分かりますか。・・・しかし、真に理解するには一撃喰らってみてはどうですか?」
「ふむ、それでもいいが・・いや、やめておこう。これでもまだ女性にモテたいからな。」
レキエラには、ドルトの手袋がかすっただけで酷い傷になることが予想できた。
「なるほど。でしたら、安心してください。まるで乙女と戦うように顔は避けてさしあげますよ。」
ドルトの挑発だ。しかし、それに乗るようなレキエラではなかった。というか怖くて乗れなかったが正解か。
ドルトとレキエラは、再び膠着状態に入った。
獅子族のギ・ガ・ゾルドと向かい合っていたヒロは、冒険者カウンターの側まで追い詰められていた。
いや、追い詰められていたというか、ギ・ガ・ゾルドの攻撃が読めなくて困っていた。
ギ・ガ・ゾルドの攻撃は床を突き破って出てくるのだ。
そのため、普通の攻撃をかわすのとは違い、どうしても反応が遅れてしまっていた。
しかも、通常の魔法とは違い、魔法陣が出るわけでもなく、いきなり出てくるため、どうしても防御に集中しなくてはならなくなり、後手に回っていた。
それに、もうひとつ、ヒロは気になることがあった。
この攻撃がもしスキルによる攻撃である場合、相手は、向こうの世界から来た人間ということになる。
それが、ヒロが攻撃を躊躇う理由のひとつであった。
ヴァンパイア状態の時はまったく気にならないのだが、人間状態の時は、どうしても人間を傷つけるということを躊躇ってしまうのだ。
しかも、攻撃に移ろうとすると、ギ・ガ・ゾルドの前に土の壁が下からせり出してきて、邪魔をするのだ。
それでも、何とかヒロはギ・ガ・ゾルドの土の攻撃を動き続けることで避け続けていたが、その瞬間、ヒロの動きが一瞬止まった。
ヒロの目に映ったのは、ミュミュがハイドとの戦いの中、腹部を突かれ倒れる瞬間だった。
ヒロは、ギ・ガ・ゾルドの攻撃を避けながらも周囲を見ていたので、ミュミュの相手であるハイドが、ナイフを抜いたのも見ていた。
そして、ミュミュの腹部を突いた方の手がナイフを持っていた手であることも。
一瞬、ヒロは、自らも戦いの最中だということを忘れていた。
ギ・ガ・ゾルドは、その隙を見逃すほど甘くはなかった。
ヒロの四方は土の壁に囲まれ、逃げ場を失ってしまった。
「終わりだ。」
ギ・ガ・ゾルドはそう宣言すると、ヒロを囲んでいた土の壁から土の槍が大量に一斉に伸びた。
中にいる者を串刺しにする攻撃だった。
「俺様の相手ではなかったな。」
ギ・ガ・ゾルドの勝利宣言だった。