150 偽魔王討伐編(6)
酒場の中は信じられないほどの緊張感に包まれていた。
関係のない客もいたのだが、あまりの緊張感に客の中で動ける者はいなかった。
ヒロ達が魔王と言っていたのは、当然、ミサキである。
獅子族の男は、最後まで仕事を手伝っていたため、食事を奢るはめになったギ・ガ・ゾルドだった。
何度も言うが、最後まで仕事を手伝っていたために、ミサキにねだられ食事を奢ることになったのだ。
そして、この緊張感の中、最初に動いたのはエルダだった。さすが空気の読めない女である。
緊張感などどこ吹く風でヒロを睨みつけていたミサキの方へと真っ直ぐ歩き、騎士剣の届く範囲に入ると、なにげなく持っていた騎士剣を横に振るったように見えた。
しかし、その剣速たるや、ヒロとミサキ以外では目で追うことは難しかっただろう。
実際、ヒロから近づいてくるエルダに視線を動かしていて警戒していたにも関わらず、ミサキは避けることができずに、持っていたデスサイズの柄で受けるのが精一杯だった。
しかも、あまりの衝撃の強さに受けきることが出来ず、ミサキは弾き飛ばされ、酒場の窓を突き破り、道へと飛んでいった。
「ほう、受けたか。」
それだけ言うと、エルダもゆっくりと窓際まで歩いていき、窓の下の壁を蹴破り、外へと出て行った。
ヒロは、一瞬、エルダの助太刀に入ろうか迷ったが、エルダの強さを考えると、魔王とはいえすぐに倒されるとは思わなかったので、まずは、魔王の手先をどうにかすることにした。
ヒロが出て行ってしまうとレキエラが1人でドルトとギ・ガ・ゾルドの相手をしなければいけなくなり、それはさすがにまずいと思ったという理由もあった。
「おい、落ち着けよ。」
ハイドが、止めに入ろうとして、ギ・ガ・ゾルドの体に触れるが、「うるさい。臆病者の狼族が!どけ!」と腕でハイドを思いっきり弾き飛ばした。
ハイドは、まさか仲間と思っていたギ・ガ・ゾルドに弾かれるとは思っていなかったので、不意をつかれ、この状況にも関わらず食事を続けていた者のテーブルの上に倒れこんでしまった。
ガシャンッという音がして、テーブルに置かれていた料理の入った皿が割れる音がした。
「あっ、わりぃ。」
しかし、ハイドはそれどころではなかったので、簡単に食事をしていた者に謝っただけでドルトとギ・ガ・ゾルドを再度止めに入ろうとしたが、それは出来なかった。
立ち上がったハイドは、後ろから肩を掴まれたからだ。
その力は尋常ではなく、ハイドでさえ前に進めるような力ではなかった。
ハイドは肩を持たれた手を弾きながら振り返った。
そこには、完全に怒っているミュミュがいた。
「ミュミュの食事の邪魔をするなんて、馬鹿ですか?阿呆ですか?死にたいですか?」
「ちょ、ちょっと待て。今のは不可抗力だ。それに今はそれどころじゃ・・。」
ハイドは言い終えることは出来なかった。
問答無用で飛んできたミュミュのパンチを避けるのに精一杯だったからだ。
とても女のパンチとは思えなかった。
しかも、パンチを避けたと思ったら、続けざまに蹴りが飛んできて、さすがにこれは避けきることが出来ずに両手防御したが、これが失敗だった。
ハイドは、その蹴りで飛ばされたのだ。
重い蹴りだった。
受けた両腕が折れていてもおかしくないと思える蹴りだった。
「まじかよ。」
ハイドは、すぐにミュミュと距離を取った。
両腕が未だに痺れていたが、それどころではなかった。
この相手は本気じゃないと危険だ。そうハイドのカンが言っていた。
そして、ハイドも本気になった。