136 ヒロ in ガジール山脈(2)
「とりあえず、俺が様子を見てきますので、ここで見つからないように待っておいてもらっていいですか?」
ヒロは、そう告げて、一人坑道の入り口に近づいた。
ヒロは、当然スキルを使っている。
盗賊系スキル『無音』と『姿消し』であった。
『無音』は、自らの足音を消すスキルで、『姿消し』はその名の通り、姿が消えるスキルであった。
ただ、『姿消し』は、魔物や他の者に姿が見えなくなる利点があるが、攻撃行動が出来ないという制限もあった。
その上、まぐれにしても他者に触れられたり、他者の攻撃行動を受ければ、姿消しの効果が失われてしまうというリスクの高いスキルでもあった。
幸い、坑道の入り口は広く、両側に立つ兵士達に触れる心配はなく、中に入ることができた。
ドワーフのガドンガルに坑道の中はドワーフの地下空洞まで一直線と聞いていたので、特に迷うことを気にせずに坑道の中を進むことが出来た。
坑道の中を10分ほど進めば、ドワーフ達が住んでいた地下空洞に出た。
中には、かなりの数の兵士がいたが、半分は酒に酔っているようで、ふらついた足で大声を上げて隣の者と話したり、座り込んで完全に宴会状態の者もいた。
ヒロは、ふらついた者に不意にぶつかられたりして、『姿消し』の効果が消えてしまわないように気をつけながら、ひと通り、地下空洞の中を歩いてみた。
どうやら、大きな酒場のような部屋にドワーフ達はひとまとめにされているということがわかった。
その酒場の入り口には2人ほど兵士が立っていた。
全体で見ると、兵士の数は100人ほどだった。
ハルム村でドワーフ達に聞いたところによると、500人近くいたと言う情報も得ているので、ドワーフの地下空洞を占領した後で、引き上げた兵士もいるのだろう。
ガドンガルに聞いていたアダマンタイトの騎士の姿も見当たらなかった。
また、ドワーフの死体は、地下空洞の端にまとめてゴミのように山積み置かれていた。
その様子を見て、ヒロは酷い不快感を感じたが、今はそれはおいて置いて、生きているドワーフの救出を優先しなければいけないのでキレそうになるのを必死で我慢した。
ヒロの中の中二病の名残りが顔を上げ、「ふっ、俺を怒らせたな。」と言いたくなる気持ちを必死に抑えた。
ただ、目にはしっかりとその光景を焼き付けた。
今後のために。
それよりも、今はどうにかしてなるべく早くこの生きているドワーフ達を救出するかを考えようと思った。
ラインベルトには、情報収集だけでいいと言われていたが、あのドワーフ達の死体を見た後では、出来れば早くに生きているドワーフ達を助けてあげることが最優先だと感じたからだ。
一瞬、ここの兵士達を皆殺しにするか?という考えもドワーフ達の死体を見た後だけに浮かんだが、さすがにそれは最終手段にしたかった。
一応、ヒロは法の下に生きてきた現代人としての誇りを持っていたので。
最終手段に皆殺しが入る時点ですでに法の下に生きてきた現代人とは言えないのだが、それは、この世界での考え方に少し染まってきたところがあるのだろう。
いくつか案は浮かんでいるのだが、そもそも、どれを実行するにしても生きているドワーフ達に会えないことには始まらなかった。
入り口のドアさえ開けば、その隙に中に潜り込むことができるのだが、中々その機会は訪れなかった。
ようやく1時間ほど待って、兵士達の交代時間になったようで、新たに2人兵士が来た。
そして、2人の兵士は中の様子を確認しようと、ドアを開けたままで中に入っていった。
その瞬間、ヒロは、もの凄いスピードでドアの中に入り込んだ。
そして、2人の兵士が中の確認作業を終えて、ドアの外に出て行き、ドアを閉めたところで、ひとまとめにされているドワーフ達に近づいていった。
ドワーフ達は、女性や子供の姿も多く見られ、全部で50人ほどだろうか?その内の半分くらいは女、子供だった。
ヒロはまず、1人のドワーフの耳元で「ガドンガルさんに言われて助けに来ました。」と小声で告げた。
スキル『無音』は、足音と動く時に生じる音を消すスキルなので、声を出すことは出来るのだ。
「んっ?お前、今、何か話したか?」
ヒロが話しかけたドワーフが、隣のドワーフに聞いたが、隣のドワーフは首を振って否定した。
「話しておらんぞ?」
「そうか・・・空耳か。」
「空耳ではありませんよ。エストラ男爵領の者です。ガドンガルさんと一緒に助けに来ました。」
ヒロが何度もガドンガルの名前を出したのは、ドワーフ達の警戒心を少しでも解くためだった。
「うぬっ?」
ヒロの声を聞いたドワーフが再び首を左右に振って誰が声を出しているのか確認しようとしたが、ヒロは『姿消し』を使っているので当然見つかるはずはなかった。
「今は、姿を消す・・魔法のようなものを使っているので俺の姿を見ることはできません。理解できたら、3回頷いてもらえますか?」
ヒロの言葉に、ドワーフは、ゆっくりと3回頷いた。
ヒロが、頷いてもらったのは、あまり声を出すとドアの外の見張りの兵士に聞こえてはいけないと思ったからだ。
「それでは、お聞きしますが、ここにいるドワーフさん達で全員ですか?もしそうなら、3回頷いてください。」
ヒロの質問にドワーフは、3回頷いた。
「わかりました。それでは、とりあえず今は我慢してください。すぐとは言えませんが、必ず助けにきますので。」
ヒロがそれだけ伝えると、ドワーフは焦ったように何か言いたそうにしていた。
「何ですか?もし、何か伝えたいことがあるのでしたら、出来るだけ小声でお願いします。すぐ側にいますので。」
ドワーフに話させなかった理由のひとつにドワーフの地声の大きさがあるのだ。
ドワーフに普通に話されたのでは、すぐに兵士に聞きつけられてしまう。
「・・・怪我人がいる。・・・もう、もちそうにない。・・・兵士達は、ワシらに言うことを聞かすために子供に暴行を加えておる。このままでは、子供達が皆死んでしまう・・・どうにかならんか。」
ドワーフは出来るだけ小声で話してくれたので、外には聞こえなかったようだ。
とりあえず、ヒロは、『とめどない強欲の指輪』の中から中級ポーションを何本か出して、ドワーフの前に置いた。
ヒロの手から離れたポーションは、『姿消し』の効果が消えて、ドワーフにも見えるようになった。
「ポーションです。怪我をしている方に渡してください。」
ヒロの言葉を聞いて、ドワーフは隣のドワーフに小声で怪我人にと告げ、そのドワーフが怪我人の所にポーションを運び飲ませていた。
「「「おーーーー!」」」
ポーションを飲んだドワーフの周りの者達が、ポーションの効果に驚き、いきなり声を上げた。
「こら!お前ら騒ぐなといっただろ!次、騒いだら、子供を1人殺すぞ!」
兵士の1人がドアを開け、怒鳴った。
その声を聞いて、ドワーフ達は黙り込んだ。
しかし、ドワーフ達も何か起こっているということを理解したようだった。
ドワーフ達の視線が、ヒロと話しているドワーフの方へと向いている。
ヒロは、兵士の先ほどの言葉を聞き、ラインベルトの命令には背くことになるが、ヒロの力で助けることを決心した。