131 ミサキ in エスト(6)
「ところで、ひとつ問題があるのですが・・・。」
ルーベル爺がこう言い出したところで、ドルトはほら来たと心を引き締めた。
たぶん、この後、最終的な判断を下すための調査が入ることを告げられると思ったのだ。
だいたい、都市側の調査は商人組合を通して行われることが多い。
そのため、交易都市グロースを出てくる前に、商人組合の知り合いには、それとなく良い評価を下してもらえるようにお願い(賄賂・脅し含む)をしてきたが、もし、サイラス伯爵領の都市の商人組合に調査を求められたらおしまいだった。
なぜなら、サイラスの商人組合をまとめている幹部が、元ガバルチョ商会の後ろ盾でもあったからだ。
ガバルチョ商会を潰したパンプキン商会に良い評価を下すことはありえなかった。
「実は、パンプキン商会という名前なのですが・・・ちょっとこの都市では問題があるかも知れないのですが・・・。」
「それは、どういうことでしょう?」
この世界にパンプキンという食べ物は存在しない。よって、パンプキンという言葉自体も存在しないのだ。
だから、パンプキンという名前の使用に関しては問題ないはずだった。
「実は、私共の騎士がいるのですが、その騎士が、よく『パンプキン・サーカス』という言葉を口にしておりまして、勝手にパンプキンという名前をこの都市で使うことを認めますと問題が生じるかもしれないのです。」
ドルトは、ミサキを見た。
ドルトにも、『パンプキン・サーカス』という名前に覚えがあったからだ。
「おほほほほっ、御話中失礼致しますわ。その『パンプキン・サーカス』という言葉をよく出すという騎士の方の御名前を御伺いしてもよろしいかしら?」
ミサキ、精一杯の上品さを醸し出した話し方らしい。
「にゃ、ミサキお姉様、どうしたにゃ?」「ミサキ、変な物でも食ったのか?だから、あれ程、拾い食いは止せって言っただろ?」
ニーナとハイドが、心配そうにミサキを見たが、何故か、ハイドだけが、ゴフッと声を出して吹っ飛んだ。ルーベル爺には見えなかったが、ミサキが凄まじい速さのパンチを繰り出したからだ。
ハイドは、懲りない男であった。
「申し訳御座いません。うちのペットの狼は躾がまだ出来ておりませんの。おほほほほっ。何故か、よく勝手に吹っ飛んでしまいますの。おほほほほっ。」
「そ、そう・・・でしたか。それはそれは・・・大変ですね。」
ルーベル爺は、何が起こったのか分からなかったが、とりあえず、深く突っ込んではいけないということは理解した。
「本当に大変ですの。それより、御名前を御伺いしていいかしら?」
「はい、構いません。エルダ・リ・マルクーレという名前の騎士です。」
「・・・エルダかぁー。あいつ役に立たないからなぁー。変態だしー。あー、もしかして、ここの男爵様って15歳以下だったりする?」
急にミサキの態度が変わったので、やや戸惑いながらもルーベル爺は表情には出さなかった。
「はい。私共の主人は、現在12歳でございますが?」
「しかも、金髪でもの凄いかわいい顔してるでしょ?」
「はい。確かに金髪でまだ幼さが抜けない顔をしておいでですが。」
「はぁー、エルダ、ついに犯罪者の仲間入りかー。あれほど薄い本で我慢しろって言ってたのにー。というわけで、犯罪者は『パンプキン・サーカス』からは除名だね。」
ミサキ、かなり呆れた顔になっていた。
「あの、申し訳御座いませんが、エルダ様は、犯罪者ではございませんが?」
「えっ?この世界、少年とそういう関係になっても犯罪じゃないの?」
ミサキは、ドルトを見ると、ドルトは、「左様でございます。」と頷いた。
「そっかー。だったら、除名は免除してやろう。」
「その前に、お前が捕まってないだけで重犯罪者だけどな。」
席に戻ってきていたハイドがボソッと呟く。
再び、ミサキがもの凄い速さのパンチを放ったが、なんとハイドは今度は、そのパンチを避けた。
「フッ、ミサキ、俺を誰だか忘れたか?俺は、傭兵ギルド『抗うしゴフッ」
今度は、ミサキのアッパーを喰らい、真上に飛んで、再び椅子の上に落ちてきたハイドの意識はすでになかった。
ハイド、白い灰のようになっていた。
「にゃー、ハイドー、こんなところで寝たら風邪ひくにゃ。」
ハイドの肩を持って、ニーナがハイドを前後に揺するが、ハイドの頭がガックン、ガックンするだけで反応はなかった。
「というわけで、挨拶が遅れました。私が、ギルド『パンプキン・サーカス』のギルドマスター『ほっかほっかのかぼちゃ』ことミサキ・オーイエェーです。キャハ。」
ミサキは、いつものように目の横でVサインを横にしたポーズを決めた。
「にゃーは、ニーナ・オーイエェーですにゃ。キャハ・・にゃ。」
なぜか、ニーナも目の横でVサインを横にしたポーズを決めた。
どうやら、ミサキとニーナは、自己紹介の挨拶を考えておいたらしい。
そんなミサキとニーナの視線がドルトを向いていた。
「ま、まさか、私にもやれと?」
ハイドが、恐る恐る、ミサキに尋ねるとミサキは笑顔で頷いた。
「・・・私が・・ド、ドルト・オー・・イエェーです。・・きゃは・・・。」
ドルト、屈辱のポーズであった。
そして、ミサキの視線は、何故かルーベル爺に。
ミサキの視線に気付いたルーベル爺。
「ということは、パンプキンという言葉を使われても問題ございませんね。それでは、また何かございましたら、いつでも御訪問ください。御待ちしております。それでは、私は所要がございますので失礼致します。」
早口言葉かといわんばかりの速度で言ったと思ったら、さっさと部屋を出て行った。
さすが、ルーベル爺である。
出来る男は違うのである・・逃げ足も。
「・・・えっと、とりあえず、うまくいってよかったね。」
「そうにゃ、よかったにゃ。」
「ところで、ドルト。いつまでそのポーズ決めてるの?いい歳して恥ずかしいわよ。」
冷たく言い放つ、ミサキ。
「本当にゃ、恥ずかしいにゃ。年寄りの冷や水にゃ。」
ニーナのドルトを見る目は冷たかった。
「も、申し訳ございません。」
ドルト、何故、あの時、ハイドが意識を失っていたのか、後悔してもしきれなかった。
こういう役回りはいつもハイドであったはずなのに。
「まぁいいわ。今度からパンプキン商会に恥じない行動をしてよね。」
まさにミサキの『おまゆう』であった。
ドルト、この怒りをどこにぶつけるべきか、悩んだ末に、ドルトがこういう状況に置かれた原因は、ハイドが意識を失ったせいだという結論に至った。
というわけで、ハイドの次回の特訓の時にぶつけようと決心した。
ハイドは、こうして、まったく悪くないにもかかわらず、次回のドルトとの特訓の時に生死の境を漂うことになる。
ハイドの幸運を祈るしかないのであった。
ちなみに、城を出る時、気を失ったハイドをミサキが足を持って引きずりながら運んだため、ハイドの後頭部はタンコブだらけになった。
ハイド、エストに来てから、まだ、気を失わなかった日は訪れていなかった。ハイドの受難の日々は続いていく・・・かもしれない。