12 『ミサキ』 ニーナを撫で回す
「穢されたにゃ、にゃーは穢されたにゃ。もう、お嫁にいけにゃいにゃー。」
時刻は午後3時を過ぎたくらいだろうか、ハイドとミサキとネコ耳の女性は、近くにあったカフェに入っていた。
道は相変わらず混雑していたが、カフェは、時刻が時刻だけに比較的空いていた。
カフェの中で、散々ネコ耳と尻尾をなでくりまわしたミサキは満足げな雰囲気で席に座っている。
そんなミサキの様子をハイドは、呆れた様子で眺めていた。
「満足したかよ。」
「大満足。やっぱり、犬よりネコ。ムフー!」
「何度もいうが俺は、狼だ。」
ハイドは、目の前にあるクルーアという飲み物を飲みながら、訂正する。
ミサキもどういう飲み物か知らずにクルーアを頼み、一口飲んで、クルーアはどうやら日本でいうコーヒーに似た飲み物ということがわかったので、ミルクも追加で頼んで店員が持ってくるのを待っているところだった。
砂糖も一緒に頼もうと思ったのだが、ハイドから「砂糖なんて高価なものを頼むのはやめてくれ。」と懇願され、仕方なく、ミルクだけで我慢したのだ。
「ハイドは意外とケチくさい。」というミサキに「ケチなんじゃないんだよ。常識をわきまえているんだよ。そもそも、本当にケチなら、お前の分までたのまねぇーよ。」と言われ、「それもそうか。」と素直に納得したミサキであった。
店員が持ってきたミルクを三分の一ほどクルーアに入れ、残りをネコ耳の女性の前に置く。
「にゃ、こ、これは、にゃーが飲んでいいのかにゃ?」
「これは、私からの感謝の気持ち。」
「お前の金で買った物じゃねぇーけどな。」というハイドの嫌味もどこ吹く風で、ネコ耳の女性にミルクを勧める。
「なんでにゃーの好物がミルクってわかったのかにゃ?」
「ネコには、ミルク色の血が流れている。これは『絶対的事実であり変えようのない現実』。」
自信満々の雰囲気でサムズアップするミサキ。その耳にハイドの「そんな事実も現実もねぇーよ。」という言葉は届かない。
「なんと!にゃーの血の色は、ミルク色だったのかにゃ。変なお面をつけたお姉様は、物知りなのにゃ。」
「言う方も言う方だが、信じる方も信じる方だな・・・。」というハイドの呆れた声も目の前の二人には届かなかった。
「おい、猫族の獣人のお前、名前は何て言うんだ?」
「ハイド、私のエリザベスに気軽に話しかけるのはやめて。」
「にゃ!にゃーは、エリザベスなんて名前じゃないにゃ。ニーナにゃ。」
「ニーニャなんて微妙な名前。」
「ニーニャじゃなくてニーナにゃ。」
「ニー・・・・まったく紛らわしい名前。そうだ、いいこと考えた。あなたは、今日から、ニーナ・エリザベス・ゴッドヒート3世。」
満足げな雰囲気のミサキに困惑顔のニーナ。もうどうでもいいハイドは、「まあ何でもいいが、俺はハイド。こっちの変なのがミサキだ。」ため息をつきながら、呆れた表情をしていた。
ハイドが、道の方を見ると、五人のいかにもガラの悪い男達が、このカフェに入ってくるのが見えた。
その男達は、カフェに入ってくると、真っ直ぐハイド達の方へと歩いて来た。
カフェの入り口が見える向きで座っているハイドには見えるが、ミサキとニーナには背中側で男達が近づいてくるのが見えていない。
ハイドは、右手に持っていたクルーアが入ったカップをテーブルに置き、右手を腰のナイフがすぐ抜けるように用意した。
特にトラブルに巻き込まれる覚えはないが、傭兵という職業柄、どういう恨みを買っているかわからないため、癖みたいなものだ。
ミサキはというと、入った時からだが、右手に持っていたデスサイズを右手の側に立てているというと変に思うかもしれないが、実際、刃がついた方を上にして、縦に立っているのだ。
どう考えても、ありえない光景だが、支えているわけでもないのに、デスサイズは勝手に立っているのだ。
ハイドは、ミサキが魔法を使った場面を見ているので、これも何らかの魔法だろうと勝手に納得していたが、知らない人がみたら異様な光景だったであろう・・・ただ、それ以上にパンプキンヘッドをしたミサキが目立っていたので、どこまで他の客が気付いたかは疑問だが。
「やっと見つけたぞ。くそ猫野郎!奪った物を返しやがれ!」
男の一人がニーナの左肩に手を載せ、後に引っ張ろうとするが、ミサキの右手がその男の腕を押さえ、「そのネコは私の所有物。汚い手をどけて。」と言った言葉に動きが止まる。
「はあ?だったら、お前がこいつが盗んだ物の賠償をしてくれるって言うのか?」
男達が、殺気だった表情でミサキを囲む。
「そうね。それだったら私の所有物であるニーナ・エリザベス・ゴッドヒート3世に勝手に触った罪は死罪だけど、今回は目をつぶってあげるから、何もせず、何も聞かず、黙って帰れ。」
最後の方のミサキの言葉には明らかに殺気がこもっていた、しかも尋常ではない殺気が。
「な、何言ってるんだ、こいつ?」
困惑が広がる男達。
(あー、こいつら、自分がどんな奴に喧嘩売ったかわかっちゃいねぇーな。今、掛けられているのは、自分の命というのを理解してねぇーんだろうな。)
ハイドは、ミサキを囲んでいる男達に同情した。
実際、ハイドは、今すぐこの場から逃げたい気持ちで一杯だった。
傭兵ギルド『抗う心臓』の傭兵ギルドランクは、『オーバースター』だ。
ハイドは、その第2組組長である。
傭兵に個人のランクはないためはっきりとはしないが、冒険者ランクでいうと少なくみてもAランクの実力を持つであろうハイドが本気で逃げたいと思ってしまっているのだ。
それほどに、今のミサキは恐ろしかった。
小説内で説明はいつになるのかはわかりませんが、ミサキは人間ではありません。
よって、人間に対する情みたいな物はこの世界に来た時に無くなっています。