125 グアルディ・バロムと妖精(2)
その夜、グアルディは、ようやく仕事が終わり、市長室のソファーに深く腰掛け、お酒を飲んでいた。
「おい、お前、ボクにも何か飲み物をよこせ!人間の分際でボクに飲ませずに自分だけ飲むとは何事だ!」
テーブルの上には、昼間、ミサキとニーナから預かった虫かごが置いてあった。
「・・・なるほど、あのミサキが殺したくなるのもよくわかるな・・・妖精のくせに可愛さの欠片もない。」
「フンッ、下等な人間のくせに妖精に可愛らしさを求めるのが間違っているのだ。人間なら人間らしく、ボクの前に跪き、こうべを垂れて、どうぞお飲みくださいと差し出すのが義務だろう。」
「・・・おい、果実酒を持ってきてくれ。」
グアルディは、部屋の外に呼びかけるとしばらくして秘書が果実酒を持って来た。
その果実酒をミルミルの前に置いた。
「ゴクゴクゴクゴク、プハァー。」
ミルミルは、豪快に果実酒を飲んだ。
といっても体が小さいだけにコップの中の果実酒は少ししか減ってなかったが。
「フー・・・。」
グアルディは、すでに、今日何回ため息をついたかわからなかった。
気がつけば、ため息が出ているのだ。
「おい、今日126回目のため息だぞ。」
「・・・数えていたのか?」
「フンッ別にお前が気になったからとかじゃないからな。・・・ちょっと暇だったから数えてみただけだ。」
「・・・暇なら、クリオラの森に帰ればいいだろうに。」
グアルディは呆れていた。どこの世界に他人のため息を126回も数えるものがいるのか。
「それは、断る。ボクは変化を求めているのだ。特に食の変化を。妖精の連中など、いつも同じ花の蜜や同じ果物ばかり食べて何が面白いのか理解しかねる。いいか、人は死ぬまで前に進み続ければいいのだ。停滞は退化と同じだ。常に進め、新しき食の組み合わせを見つけ出せ、それが出来るのは失敗を恐れない下等な生物であるお前ら人間だけだ。」
「・・・もしかして、慰めてくれているのか?」
「そんなわけないだろう!・・・ただ、何を悩んでいるのかを言えば、最上級種族の妖精たるボクが、答えてやらないことはない。」
なぜか、ミルミルは少し頬を赤く染めて横を向いてた。
「・・・フッ、私も妖精に慰められるとはやきが回ったものだ。ハハハハハハハハハッ。」
グアルディは、久しぶりに心の底から笑った気がした。
「な、何がおかしいんだ。ボクは別に今日美味しい果物を食べさせてくれたから、ちょっと恩返しをしようとか考えているわけではないのだからな。」
ミルミルの顔は完全に真っ赤になっていた。
「いや、ありがとう。もう、大丈夫だ。」
グアルディは何か憑き物が落ちたような表情をしていた。
「そうなのか?・・・それならいいんだが。」
ミルミルは、チラチラ振り返りながら虫かごの中に戻っていった。
「ひとつ言わせて貰うと停滞は退化ではないのだ。停滞は進化のための準備期間なのだ。それに、人は生きた分だけ経験という財産を持っている。常に前に出るだけでなく、経験から止まるべきところもわきまえているのさ。・・・ただ、経験を積みすぎるとどうしても危険に敏感になり過ぎてしまい、中々前に進めなくなるということは否定できないがな。」
「フンッ危険を恐れる生物など生きてるとは言わぬ。それはただの物だ。」
「若いな。・・・例えば、今日、私は、イルベーヌ大陸で売る為のレイムードを仕入れるかどうか迷っていた。若い時なら、たぶん仕入れただろう。成功する確率が50%は見込めるからな。しかし、今は仕入れないという決断を下した。それは経験上、私はこういう時に失敗しやすいと経験してきたからだ。だから、私は、もう他の何者が言ってこようが、今年レイムードは仕入れない。これは危険を恐れ、避けたのだ。しかし、私はこの決断を恥じたりはしない。」
グアルディは、真っ直ぐに虫かごの中のミルミルを見つめていた。
「イルベーヌ大陸・・・隣の大陸のことか?」
「ああそうだ。」
「レイムードという果物は、3日前くらいにニーナが食べさせてくれたな。中々美味しかった。」
ミルミルの顔は、恍惚の表情だった。
「レイムードは、少量ならもう入ってきているはずだからな。明日はアランドベル大陸中から大量に入ってくるぞ、この都市に。」
「ほう、それは楽しみだ。・・・そう言えば、海を渡ってきた風の精が言うには、この海の向こうの大陸のレイムードという果物は、嵐で凄い被害を受けたと言っていたからな。」
「ちょっと待て。今、何と言った?」
グアルディが、真剣な顔でミルミルの虫かごに顔を近づけた。
「ん?だから、このグロースの海の向こうの大陸のレイムードという果物は嵐で結構な数、駄目になったと風の精が噂をしていたといったのだが?」
「その風の精というのは嘘をつくのか?」
「そんなわけないだろう。風の精というのは妖精と同じく精霊の眷属だぞ。嘘などつかないし、実際に見たことしか言わない。暇で風の精と話していた時、ちょうどレイムードを食べていたから、間違いないはずだ。」
グアルディは、部屋の外に控えている秘書に至急レイムードを持ってくるように命令した。
秘書は、食べるために少しだけ買っておいたレイムードをすぐに持ってきた。
「これか?」
「ああ、それだ。間違いない。」
「・・・・・。」
「どうしたのだ?」
しかし、ミルミルの問いにグアルディは答えなかった。
「おい、明日のレイムードの市であるだけレイムードを買い占めろ!少々高くても構わん。買って買って買いまくれ!」
「はい、かしこまりました。」
秘書は、すぐにバロム商会の従業員に知らせるために急いで部屋を出て行った。
「フフフフフフッ、明日は面白くなるぞ。どこもまだこの情報は届いておらぬはず。明日はバロム商会の独壇場だ。フフフフフフフフフッ。」
グアルディは、ひとり興奮した表情で笑っていた。
「まったく、世話のかかる下等生物だ。・・・まぁ、元気になったのならそれでいい。」
ミルミルは、グアルディが元気になったのを確認して、寝るために静か目を閉じた。
この翌年、冬のレイムードの売り上げにより、バロム商会は、支店を5つ増やすことに成功した。
その影に妖精がいたことを知る人間はいなかった。
グアルディ・バロムと妖精の話はここまでです。
次から本編に戻ります。
今日の夜には、次の話を少し投稿できると思います。