124 グアルディ・バロムと妖精(1)
グアルディ・バロムと妖精は、特に必要な話でもなかったのですが、せっかく書いたので載せようと思って載せたものです。
単に、『ミサキ達は、妖精ミルミルを市長グアルディに預けてから交易都市グロースを出発した』という文章を以前のミサキのところで書かなかったので、それを念のために書いておこうとしたら長くなってしまいました。
ミルミルのツンデレ(?)になるのかはわかりませんが、ミルミルに興味がある方は読んでみてください。
別に読まれなくても、今後大して支障はない箇所ではあります。
これは、ミサキ達が馬車でエストラ男爵領エストに出発する前日の物語である。
その日、ヒルメリア都市連合国の交易都市グロースの市長室では、交易都市の市長であり、バロム商会会長のグアルディ・バロムが目の前の書類を見ながら、考え事をしていた。
「・・・買い付けておくべきか?」
グアルディが迷っているのは、アランドベル大陸とは隣の大陸であるイルベーヌ大陸に出荷するレイムードという果物についてだった。
このレイムードと言う果物は、10月に収穫なのだが、非常に長持ちをする果物であり、冬の間中保存の利く果物として非常に有益な果物だった。
ただ、今回は、そんなことではなく、このレイムードという果物がイルベーヌ大陸の新年を迎える際に飾りつけで大量に消費される果物であるということが関係していた。
このアランドベル大陸では、そのような行事はなく、ただ食べるだけのものだが、これを大量に買い占めてイルベーヌ大陸に運ぶと冬のいい儲けになるのだ。
ただし、これには、ひとつ問題があって、イルベーヌ大陸でのレイムードの収穫が少なかった場合のみなのである。
イルベーヌ大陸でのレイムードの収穫が多かった場合は、逆に値崩れし、船代もかかっているので、大赤字である。
当然、グアルディもそういうことは理解していて、前もってイルベーヌ大陸での今年の収穫量の予想を調べさせていたのだが、問題が生じたのだ。
つい先日イルベーヌ大陸に収穫前に嵐が上陸したのだ。
情報では、今年は収穫量が多いので、当初、レイムードの取り引きには参加しない予定だったが、これによって、イルベーヌ大陸でレイムードがかなり不足する可能性が出てきたのだ。
しかも、グロースでの大量のレイムードの市がたつのは明日であった。
次の連絡を待てば、確実な情報が得られるだろうが、もうそんな猶予はなかった。
「・・・やはり、やめるか。」
商売とはギャンブルではない。いや、もう少しバロム商会が小さい商会なら別に大勝負を掛けてもいいのだが、すでに十分大きいのだ。
わざわざ、勝負をかける必要性もないとグアルディは、明日のレイムードの市への参加をしないことを決めた。
しかし、そんな自分に一抹の寂しさを覚えたことも事実だった。
バロム商会は、グアルディの父が興した商会である。
しかし、堅実な父親は、大してバロム商会を大きくはできなかった。
2代目のグアルディが、ここまでバロム商会を大きくしたのだ。
当然、これほど大きくするためには、何度も命がけの勝負を仕掛けてきた。
勝つこともあれば、倒産の危機に瀕したこともあった。
ただ、最終的に勝ったから、バロム商会が現在あるのだ。
あの興奮を忘れられないのか・・いや、あの興奮があるから、商人をやっているのではないか・・・そんなことが最近よく頭に浮かんできていた。
ただ、情報がない以上、勝負は仕掛けられない。これは鉄則だった。
他の商人が掴んでいない情報を掴んでいるからこそ、勝負ができるのだ。
グアルディは、目頭を押さえ、何度か頭を振った。
「もう、歳かな・・・。」
自然とそんな言葉が口に出ていた。
そんな時、グアルディの市長室のドアが、バタンッと大きな音を立てて、いきなり開いた。
「チャオ。」
「こんにちはにゃ。」
入ってきたのは、ガバルチョ商会の事件の時、無理やりグアルディを連れ出したパンプキン商会のミサキとニーナであった。
「・・・どうやってここまで入ってきたのだ?」
市長室に来客がある場合は、グアルディに前もって連絡があるはずだった。
それがないということは、前と同じように忍び込んできたということだった。
ちなみに前回、ミサキに忍び込まれているので、警備の見直しと強化をグアルディ直接の指揮の下、行ったばかりだった。
「んっ?普通に真正面から堂々と挨拶して入ってきたけど?」
「入ってきたにゃ。」
ミサキとニーナは、グアルディに勧められる前に部屋の来客用ソファーに腰掛けた。
「・・・もし、それが本当だとしたら、私に連絡が来るはずなんだがな?」
「ああ、何か受付がそんなこと言ってたから仕事中に悪いと思って、『私とグアルディ、超マブダチだから、そんなのノー・サンキュウだよ。もし、前もって知らせたら、覚悟しといてね。エヘッ。私達、あのハイドのいるパンプキン商会だから。』って言ったら、笑顔でどうぞって通してくれたけど?」
まったく悪気のない表情をしているミサキ。当然、表情は作っていた。
「仕事中って・・・受付の仕事がそれなんだがな・・・。」
グアルディは、何度か頭を左右に振った。
「お待たせ致しました。」
グアルディの秘書が、クルーアを2杯持ってきた。
「・・・何で、クルーアを持ってきたのだ?」
「はい、お客様が、クルーアを持ってきて欲しいと直接言われましたので。」
「・・・その前に私に彼女らが来ていることを知らせようと思わなかったのか?」
「・・・死にたくありませんので。」
秘書は、真顔だった。
グアルディは、深いため息をつくと、仕方なく椅子から立ち上がり、ミサキ達の座っているソファーに座った。
秘書は、ミサキとニーナの前にクルーアを置いた。
「それで、今日は何の御用かな?また、誘拐されてくれというのは勘弁して欲しいのだが。」
「ニーナ、お願いがあるのでしょ?」
グアルディは、ミサキに言ったのだが、そのミサキはニーナに話すように促した。
「そうにゃ、お願いがあるにゃ。」
ニーナは、床に置いていた箱をテーブルの上に置いて、中に入っていた物を取り出した。
中には、妖精ミルミルの入った虫かごが入っていた。
「これは・・・妖精ですな。」
「そうにゃ。ニーナ達、明日からちょっと遠くに行くにゃ。だから、ミサキお姉様とハイドが、ミルミルをどこかに捨てて来いって言ってるにゃ。でも、それは可哀想だから、預かって欲しいにゃ。」
ニーナはグアルディに頭を下げた。
「・・・何故、私が?」
「だって、妖精を預かれるのって、この都市では私のマブダチの市長様ぐらいでしょ?他の人が持っていたら、死刑になるし。だから、よろしくね。」
ミサキは得意技のひとつ、悪意を感じさせない笑顔を発動した。ちなみにスキルではない。美少女ゆえの特典である。なお、ミサキの本性を知っている人間には恐怖しか感じられないらしいが。
「・・・フー、仕方がないな。少しの間なら預かっておこう。」
「ありがとうにゃ。ミルミルは高価な果物が好物だから、食事に高価な果物をあげて欲しいにゃ。」
ニーナは、ミルミルの入った虫かごをグアルディに渡した。
「これで、用事はお済かな?だったら、私も忙しいので、できれば帰って欲しいのだが?」
つれない態度のグアルディ。
「わかったわ。ニーナ、帰りましょ。」
「わかったにゃ、」
ニーナはミサキに促され先に部屋を出た。
ミサキは、ニーナが部屋を出たのを確認すると、グアルディの側に寄っていった。
「何かな?」
グアルディは、ミサキの本性を知っているため、背中に冷や汗が流れるのを感じていたが、さすが大商会の会長だけあり、顔にはまったく汗ひとつかいてなかった。
「・・・このクソ妖精、私達がいない間に、逃がそうが、殺そうが、どこかに売り飛ばそうが、自由にしていいから。」
「・・・いいのか?」
「むしろ、私的には、内臓抉り出して、中に綿をつめて、妖精人形にするのがお勧め。」
「・・・それは・・・遠慮させてもらおう。」
「残念。・・・というわけだから、よろしく。」
それだけグアルディに伝えるとミサキも部屋を出て行った。
「・・・何だったんだ。」
グアルディが、テーブルの上の虫かごを見ると、妖精がヨダレを大量に流しながら、寝ているのが見えた。
「・・・妖精に対する幻想が消滅する光景だな・・・。」
それだけ言うと、グアルディは、執務のための机に戻り、仕事を続けた。