122 フロレンツ伯爵の思惑
トントントンッ
「入れ。」
「失礼致します。」
シーニュが、タークースライムにとんでもない威力の魔法をぶっ放した翌日、フロレンツ伯爵の執務室に被害状況をまとめさせていた騎士が訪れて来ていた。
被害状況は、牧場方面の城壁の全壊、牧場のあった場所は深く大きい穴が開いており、全壊した城壁側の多くの民家は全壊した城壁の破片によって大きく被害を受けているということだった。
ただし、幸い、タークースライムが暴れだしてから少し時間があいていたため、その方面の住民の避難は完了しており、あの魔法らしきものによる人的被害はゼロということだった。
だが、タークースライムに城壁の上で攻撃された魔術師達10人は皆、死んでおり、それを考えれば、フロレンツ伯爵の受けた人的被害は甚大であると言えないこともなかった。
しかし、フロレンツ伯爵にとってそんなことはどうでもよかった。
いや、あの魔法をこのフロレンツ伯爵の城から見るまでは、どうでもよくない被害だったが、あの魔法を見てしまった後は、フロレンツ伯爵が抱える魔術師など意味のない存在にしか思えなかったのだ。
「・・・という被害状況であります。」
「それで、あの魔法を放った者の特定は済んだのか?」
フロレンツ伯爵は、騎士の報告を聞く間は、ずっと机の上を向いていたが、そこで初めて顔を上げた。
「はい、あの魔法を放ったと思われる人物を見たという衛兵に似顔絵を描かせております。」
騎士は、1枚の紙をフロレンツ伯爵に渡した。
「・・・ふむ、どこかで見たことがあるような顔だが・・・。」
フロレンツ伯爵は、1人の男性が描かれた似顔絵を見て考え込んだが、どこでこの人物を見たのかは思い出せなかった。
「いかが致しましょうか?」
フロレンツ伯爵が考え込んでいるので、しばらく時間を置いてから騎士はフロレンツ伯爵に尋ねた。
「当然、至急手配しろ。あと、冒険者組合にもこの似顔絵を回せ。金はいくらかかっても構わない。」
「はい、かしこまりました。」
騎士は、フロレンツ伯爵の執務室から出て行こうとするが、「あっ、絶対に生きて捕らえるのだぞ。」というフロレンツ伯爵の追加の言葉に、再度「かしこまりました。」と一礼をして出て行った。
騎士がその時見たフロレンツ伯爵は怒りに震えているように見えた。
「絶対に犯人を捕まえて、絞首台に送ってやる。」
騎士は、フロレンツ伯爵の部屋の前で呟いた。
この騎士は、他の騎士に説明する時に、「伯爵様も酷くお怒りだった。生きて捕まえろと言われたが、抵抗したら殺しても構わん。絶対に逃すな!」と強い口調で告げた。
当然、その言葉は、冒険者組合に依頼する時にも告げられており、さらにブラックリストハントと呼ばれる罪人を捕まえる依頼としては、大変高額な金額に設定されたため、各地のブラックリストハントを生業にしている冒険者達は非常に色めき立った。
そんなこととは知らず、フロレンツ伯爵は笑いを隠せなかった。
「あの魔法を放った魔術師を配下にできれば、私の王国内の地位もさらに上がるに違いない。これは、私が侯爵になる日も近いな、フフフ。」
騎士は間違えていたが、フロレンツ伯爵が騎士が出て行く時に震えていたのは、歓喜からだった。
それを怒りのあまり震えていると勘違いした騎士の勇み足だった。
決して、ブラックリストハントにして欲しかった訳ではなく、普通の捜索にして欲しかったのだ。
しかも、騎士が間違えてはいけないので、「絶対生きて捕らえるのだぞ。」と付け加えたのだ。
「あの魔法を放てる魔術師なら、魔術師10人分・・・いや20人分の給金を払っても惜しくはないわ。フフフ。」
フロレンツ伯爵の笑いが収まることはなかった。