120 ローマンとシーニュとフロレンツ伯爵領の魔術師部隊
「何があったんですか?」
ローマンは、近くにいた人に聞いてみた。
「詳しくは分からないけど、何か魔物が出たとか衛兵が騒いでいるのか聞こえたんだけどね。」
どうやら、通りにいる人達も詳しい状況を知っている人はいない様子だった。
その時、一台の真っ黒い馬車が、通りの真ん中を走り抜けていった。
その馬車を見た人が口々に「おー、あれは、フロレンツ伯爵様が誇る魔術師部隊の馬車だよ。」と話しているのが聞こえた。
「あれがそうか・・・。」
ローマンも話には聞いた事があった。
フロレンツ伯爵は、火の魔法が使える魔術師を集めているということを。
「ロマ兄、ロマ兄、あれ何だったんですか?」
シーニュは、ローマンの服の裾を引っ張っていた。
「ああ、今のは、魔術師が乗っていたんだ。」
「魔術師ですか!見たいです!」
シーニュは興奮気味になっていた。
「いや、もう通り過ぎてしまったから。」
「追いかけましょう、ロマ兄。」
そう言うやいなや、さっさと走り始めてしまう、シーニュ。仕方なく、ローマンはシーニュを追いかけ始めた。
街の出入り口である門のところまで走ってきた2人は、夜にも関わらず、門は開いており、衛兵達がどんどん門の外に出て行くのが見えた。
「私達も行きましょう!」
「あっ、待って、シーニュ・・・・・。」
危ないからと言いたかったローマンの言葉などどこ吹く風で、門の外に衛兵達に混じって外に出て行くシーニュ。
「はぁー。」
ため息をつくと、しょうがなく、ローマンもシーニュの後を追いかけた。
そこで見た光景は、街に入る時に見た牧場の中にいる巨大な一匹のスライムだった。
「な、何だ、あれは?」
驚くローマンに隣の衛兵が説明してくれた。
「あれは、タークースライムだ。」
「タークースライム?」
ローマンは、その名前のスライムを聞いた事がなかった。
「ああ、あのスライムは、集団で暮らす魔物に擬態して近づき、夜、その魔物が寝ると一気に集団ごと食べ尽くす魔物だ。」
「・・・だったら、あの場所で飼育されていたシマシマブーは・・・。」
「全滅だろうな・・・せっかく、魔物の飼育も軌道に乗ってきたところだったのに、残念なことだ・・。しかし、今は、それどころではない。この巨大なタークースライムをどうにかしないと。」
タークースライムは、この場所で飼育されていたシマシマブーを50匹以上食べており、体の大きさは、すでに20mを超えていた。
城壁と比べてみても、遜色ない高さであった。
「ロマ兄、城壁の上に誰かいます。」
いつの間にか、ローマンの横に立っていたシーニュは、右手で城壁の上を指差していた。
ローマンが、城壁の上を見上げると、確かに城壁に設置された明かりの中に10人くらい立ってるのが見えた。
「あれは?」
「あれは、我がフロレンツ伯爵領が誇る魔術師部隊さ。」
ローマンの隣の衛兵は誇らしげだった。
「あれが、魔術師部隊ですか!凄いです!」
シーニュはうれしそうにキャッキャ、キャッキャとローマンの横で飛び跳ねていた。
ローマンも魔術師部隊を見上げていたが、その魔術師部隊が城壁の上に並びタークースライムに攻撃をはじめた。
魔術師の前に魔法陣が浮かび、魔法陣からは、30cm程度の大きさの球状の炎が飛び出し、タークースライムに何個も飛んでいった。
炎の玉は、タークースライムに当たる度にドフッと鈍い音をあげて破裂した。
実際の魔術師の攻撃をあまり見たことの無いローマンにとって、その光景は凄いの一言だった。
「どうだ!凄いだろ!」
隣の衛兵も鼻高々な様子だった。
「・・・あの~、これどこから本気でやり始めるんですか?」
やり始める前は、楽しそうだったシーニュはちょっと不満そうに衛兵を見上げた。
「やり始めるって、もう始めてるじゃないか?」
「でも、これじゃ、倒せないですよね?ぜんぜん効いてませんし。」
シーニュの言うとおり、タークースライムは、確かに表面こそ爆発でちょっと吹き飛んでいるようだが、これだけとんでもない大きさのタークースライムだとダメージが本当にあるのかは疑問だった。
「・・・もしかして、効いてないのか?」
ようやく気付いたらしい衛兵達が、ジワリジワリと後ろに下がり始める。
そして、タークースライムの体から触手のようなものが伸びて、城壁の上に立っていた魔術師達を容赦なく吹き飛ばした瞬間、一斉に街の中へと逃げ始めた。
「ほら~、やっぱり、全然効いてませんよ?ね?」
シーニュは落ち着いて文句を言っていたが、ローマンにとってはそれどころではなかった。
「い、いや、シーニュ、早く逃げないと。」
タークースライムは、再び触手のようなものを出すと、勢いをつけて城壁に叩きつけた。
ガツンッと大きな音がして、もの凄い衝撃が、城壁を襲う。
幸い、城壁が破壊されることはなかったが、これでは、あと何発防ぎきれるかわかったものではなかった。
「う~ん。これって、まずくないですか?」
かわいいしかめっ面を作り、ローマンを見上げるシーニュ。
「ま、まずいね。非常にまずいよ。」
ローマンの声も震えを含んでいた。
「おい!お前達、早く門の中に逃げろ!門を閉めちまうぞ!」
門の入り口の所で、先ほどまでいろいろ教えてくれていた衛兵が必死の表情でローマンとシーニュを呼んでいた。
「あっ、閉めていいですよ。」
笑顔で衛兵に手を振る、シーニュ。
「えっ?」
いきなりのことで固まるローマン。
「本当にいいんだな!」
「OKです!」
シーニュは、自らのマントに隠れた背中から一本の杖を出した。
杖の先には、真ん丸い透明なガラス球のようなものがついていた。
その杖を右手に持ち、シーニュは、「フライ。」と言うと、シーニュとローマンの体は宙に浮いた。
「な、こ、これは?」
いきなり体が宙に浮き驚くローマン。しかし、そんなローマンの気持ちなど関係なしに、ローマンの左手を掴むと、シーニュは空高く一気に昇っていった。
当然、手を掴まれているローマンも一緒だった。
「ウワァァァァァァー!」
いきなりのことで心の準備も出来ずに、叫び声を上げるローマン。そんなローマンに「あれ?もしかして、絶叫系苦手でした?」と普通にシーニュは話しかけていた。