117 気遣いの出来る男、ローマン、旅に出る。(3)
「何で君はこんなところにいるんだい?」
ローマンの問いに少し困ったように少女は答えた。
「・・・わかりません。気付いたら、ここに来ていて。どこか分からないから、馬車が通る度に乗せてもらおうとしたのですが、その・・・お金を持っていないので、断られ続けて・・・もう1ヵ月以上ここにいます。」
「1ヵ月以上こんなところにいるのかい?」
「はい。幸い、この少し奥に入った所に井戸のついているボロボロの家がありましたので、そこで夜は寝ることができたので、どうにか生きながらえることが出来ました。」
「それは、大変だったね。」
ローマンは、素直に少女の生命力というか生活力というか、生きていく力に驚いた。自らがこんなところに1ヵ月もいたら、すぐに死んでしまう自信があった。
「はい。でも・・・ひとりで過ごすのは慣れていますから。」
「・・・ごめん。何か悪いことを聞いたね。」
「いや、いいんですよ。ところで、ここどこなんですか?」
ローマンは、少女はここはアリステーゼ王国のフロレンツ伯爵領ということを説明してあげた。
「・・・やっぱり知らない土地です。」
残念そうに俯く少女。
「・・・あっ、もしよかったら、僕と一緒に来るかい?ちょうど、一人旅も寂しいと思ってたんだ。少しお金も余裕があるし、君の分くらいは出してあげられると思うけど?」
ローマンを含め元王子は、実はかなりお金を使えるように国王陛下であるイグナーツが融通していた。
この世界、各地に存在する冒険者組合や傭兵組合が銀行のような機能も持っているのだが、ローマンも王都を出てくる前に冒険者組合に登録して冒険者組合のカードを作ってきていた。
「・・・いいんですか?」
少女は上目遣いでローマンを見上げてきた。
「いいよ。」
ローマン得意の爽やかな笑顔を少女に向ける。
「・・・やっぱりちょっと怪しいです。」
少女は、ローマンから5m後ろに下がった。
「・・・さすがにちょっと・・・自信無くすな・・・。」
爽やかな笑顔だけは自信があったローマンの頬が、ピクピクしていた。
「・・・・でも、・・・お兄さんを信じてみます。ここは例えお兄さんが悪人でもついていかないと、私、一生ここから出れない気がするので。」
少女は意を決した表情で一歩ローマンの方へ踏み出した。
「・・・だから、僕は悪人じゃないよ?」
ローマンはもうどういう表情をすればよいかわからなかった。
「私、知ってます。悪人は、みんなそう言うんですよね。」
「・・・もういいよ。僕と一緒に行動すれば、僕のこと悪人じゃないと分かるはずだから。・・・僕の名前はローマン。30歳だよ。」
「えっ!30歳なんですか!おじさんじゃないですか!若作りですね!」
少女は純粋に驚いているようだが、ローマンは少し、いやかなり傷ついた。
「・・・うん。そうだね。おじさんだね・・・。」
「あっ、ごめんなさい。若作りをしているってことは、若く見られたいんですよね?私、そういうこと気付かないってよく言われるんですよね。」
「うん・・・もう、やめてもらっていいかな?本気で悲しくなってくるから・・・。」
ローマンは今にも泣きそうな顔をしていた。
「わかりました。おじさ・・・お兄さんには、若作りやおじさんって単語は言ってはいけないんですね。」
少女は顔一杯に笑みを浮かべ、悪気はひとつも見当たらなかった・・・それだけに余計たちが悪いとも言えたが。
「・・・本当にもう勘弁してもらえるかな?それより、君の名前は何て言うんだい?」
「私ですか?私は、ギルド『エル・ブランシュ・アンジェ・フォル』のギルドマスターの『シーニュ・ルミエール』です。14歳です。」
少女はペコリと頭を下げた。
「ギルドって?」
「あっ、そう言えば、ここ現実でした。でしたら、とりあえず、シーニュと呼んでください。知らない人に気軽に名前を名乗らないように両親に言われていますので。」
「・・・警戒・・・されているんだね。」
「えっ!何で警戒されてないと思ったんですか?普通、警戒しますよ?こんな森で出会った人なんて。」
「・・・うん、いい心がけだね。」
ローマンの心のライフポイントはすでに限界だった。
「はい。よく近所のおばさんにも、いい子ね、ルミちゃんと言われます。」
「・・・名前・・・言っちゃってるよ?」
「あっ!間違えました。私は、シーニュです。」
「・・・うん。じゃ、行こうか。」
こうして、ローマンとシーニュは、乗り合い馬車の走り去った方向へ歩き出した。
歩き出したローマンの足取りは、いつもより重そうに見えた。
「たぶん、少し歩けば、誰かいるはずだから。」
ローマンは、自らの監視役が、乗り合い馬車から降りて、偶然を装って接触してくるはずだと思っていた。
そうでなければ、一応、剣術をやっていたとはいえ、あまり実戦経験のないローマンには、いくら強い魔物がいないとはいえ、少し心細かった。
「んっ?誰か待ち合わせですか?」
「そうだね。そんな感じかな。」
「・・・もしかして、2人になったとたん私を襲うつもりですか?」
「・・・そんな人間に見える?」
「見えます。」
「・・・安心して・・・僕は、少女に興味ないから。」
さすがに少し頭に来たのか、ローマンが言い返した。
「そうですか。でも、もし、襲ってきても無駄ですよ?」
「・・・絶対に襲わないけど、理由を教えてくれるかな?」
一呼吸置いてから、自信満々にシーニュが言った。
「私、こう見えても、かなり強いですから。」
「ハハハハハハッ。それは心強いね。」
「あっ、絶対信じてないでしょ?」
「信じていますよ、お嬢様。」
ローマンとシーニュは、軽口を叩き合いながら歩き続けた。
ここまでお読みいただきましてありがとうございます。
シーニュのギルド『エル・ブランシュ・アンジェ・フォル』はフランス語の『白い翼』と『狂った天使』を調べてあわせた言葉なんです。
本当は、『白い翼の狂った天使』をフランス語にしたかったんですが、翻訳サイトで調べても、全部、フランス語に変換してるのにできないからか、英語に変換されてしまって・・・。
で、出てきた英語をフランス語に変換したら、なぜか日本語に変換されるし・・・。
しょうがなく、単語を続けるという恥ずかしい名前になっています。
あと、本当は、シーニュの人格をどちらにしようか迷ったものがあるんですが、もうひとつの方は、今考えてる『グランベルグ大陸』の別の人間の話(別の独立した小説として書く予定です。)の方に回そうと思い、普通の少女にしました。
まぁ、もうひとつの人格はちょっと濃い性格だったので、ローマンには、こっちの方がいいかなとは思っています。
それでは、引き続き、暇な時にでもお読みいただければ幸いです。