10 『ほっかほっかのかぼちゃ』こと『ミサキ』 狼の獣人『ハイド』に出会う
「海かぁー。」
頭にハロウィンのパンプキンヘッドを被り、体は黒いマントで覆われてどのような輪郭さえもわからない。
手には、2mはあろうかという漆黒のデスサイズを軽々持っている。
身長は、150cmというところだろうか、デスサイズとのあまりのアンバランスさに、危険というよりは可愛らしさを感じてしまう。
そんなまったく場にそぐわない格好で、『グランベルグ大陸』のギルド『パンプキン・サーカス』のギルドマスター『ほっかほっかのかぼちゃ』は浜辺にたたずんでいた。
「海。私と海。接点ゼロどころかマイナスだね。」
文句を言いながらも、海から視線をそらさないのは、彼女が生まれて初めて実物の海を見たからであろう。
彼女は、日本では生粋のインドア派であった。
両親ともに仕事が忙しく、彼女の夏休みだろうが、冬休みだろうが、家族旅行など「なにそれおいしいの?」的な態度で過ごしてきたため、一度も海や山に言ったことが無かった。
また、学校行事でも、自主的に学校外の活動は休んできたため、彼女は生まれて一度も自分の住んでいる町を出たことがなかったのだ。
そんな性格の彼女だから、当然友達は出来たこともなく、必要ともしていなかったとまで言うのは言い過ぎかもしれないが。
なぜなら、現実世界での友達はいなかったが、ヴァーチャル世界では、『グランベルグ大陸』の有名ギルドのひとつである『パンプキン・サーカス』のギルドマスターであり、当然、仲間は大勢居たからだ。
「おい、もう、海に入るには時期を過ぎてるぜ。」
彼女が振り返ると、そこには、まるで狼を大きくして、二足歩行にしたかのような生き物が立っていた。
身長は180cmといったところだろうか、体中から生えている毛は青みがかった黒色で、左目には眼帯をしていた。
彼女は知らなかったが、この世界の冒険者が一般的に着ている安い革製の防具をつけており、腰には、普通のナイフより一回り大きく厚い刃物を差しており、右手にはサンドバックを半分にしたような鞄らしきものを抱えていた。
「お手。」
彼女が自分の左手を前に出す。
「・・・犬じゃねぇーぞ。」
「大丈夫、私、ネコ派だから。」
「意味わからねぇーよ。それより、お前、変な面つけてるけど、人間だろ?確かに生き辛い世の中だがよ、自ら死ぬこたねぇーよ。」
「意味わからない。」
「なんだ、ずっと海眺めてるから、てっきり自殺すんのかと思ったぜ。」
「珍しいから、ただ眺めていただけ。ところで、ずっと海を眺めていた私を眺めてるなんて、暇人?いや、暇狼?」
「くっ、わ、悪かったな、確かに今はある意味暇人だが、目的がないわけじゃねー。邪魔したな。」
狼の獣人は、彼女を放っておいて歩き出したが、その歩みと同じくして、5m後を彼女もついていく。
100mぐらい歩いたところで、さすがに不快に思った狼の獣人は後を振り返り、「何でついて来るんだよ。海が珍しいから眺めるんじゃなかったのかよ?」と話しかけた。
「今は、珍しい狼見つけたから眺めてるの。」
「・・・・・・狼の獣人見たことねぇーのか?」
「現実に見たのは、初めてかな。」
「チッ、じゃあ、仕方ねぇーな。ほら、しっかりと見ろ。」
この狼の獣人は意外にいい奴だったのだろう、好きなように見ろとばかりに仁王立ちで立っている。
「触ってもいい?」
「かまわねぇーよ。好きに触れ。」
彼女はまず手を触り、それから、尻尾をモフモフし、さらに、狼の獣人に屈んでもらい、耳をワサワサした。
「気が済んだか?」
「大体、満足。」
「それじゃあ、気をつけて帰れよ。」
狼の獣人は、再び歩き始めるが、その後を先ほどと同じように彼女はついて来た。
「・・・だから、何でついて来るんだよ?」
「帰る場所がわからないんだよね。」
「な、なんだよ。帰る場所がなかったのかよ?」
「うん。そうとも言う。」
「・・・しょ、しょうがねぇーな。旅は道連れっていうからな。俺は今から、交易都市グロースに行くんだが、お前もついてくるか?」
「・・・うん。死にそうなら、自爆で道連れ。」
「・・・怖えーよ。死にそうなら、一人で死ねよ。まったく、大丈夫かこいつ。・・・俺は、狼族の獣人ハイドだ。こう見えても、傭兵ギルド『抗う心臓』のメンバーだ。」
狼の獣人ハイドは、ポケットから銀色のカードを彼女に見せた。
この銀色のカードは、傭兵組合に属する傭兵が持っているカードだが、当然彼女は知らない。
「私は、ギルド『パンプキン・サーカス』のギルドマスター『ほっかほっかのかぼちゃ』さんこと・・・ミサキ。」
「ギルドって何のギルドだ?」
「さあ?」
「カードは持ってるんだろ?」
「さあ?」
「・・・」
「・・・」
「考えても仕方がねぇー。行くぞ、ミサキ。」とハイドは声を掛けて歩き出した。従来、獣人は、人間に比べて細かいことは気にしない性格である。ハイドもそれに漏れず、考えても無駄と割り切ったのであろう。
「ついてこい、ハイド。」
「お前がついて来るんだよ、ミサキ。」
行き先と逆に歩き出したミサキを捕まえ、ハイドは、遠くに見える交易都市グロースへと向い浜辺を歩き出した。