106 独立の気配(2)
登場人物
イグナーツ・・・アリステーゼ国王
ギャラン・・・アリステーゼ王国冒険者組合組合長
ヴァイアード・・・アリステーゼ王国王都アウグスティンの鍛冶組合組合長。ドワーフ。
影翼・・・アリステーゼ王国国王直属の情報機関。スパイ組織みたいなもの。
サイラス伯爵領・・・エストラ男爵領の南。
テトリナ子爵領・・・エストラ男爵領の東。
ケイティート子爵領・・・サイラス伯爵領の南。
「他の貴族はどうなのじゃ?」
ヴァイアードは真剣な表情でイグナーツを見ている。
「北西部の貴族は、もしかしたらまずいかもしれぬ。サイラス伯爵に借金をしている貴族がかなりの数いるのでな。」
「んっ?それでは、先日、王宮に来たエストラ男爵というのは、確か、アリステーゼ王国で一番北西部であったはずだが?」
ギャランは、直接調査しただけあって、エストラ男爵領の位置を覚えていた。
「ああ、それなのだが、どうやら、エストラ男爵は、数年に渡り、サイラス伯爵から嫌がらせを受けてはいたみたいなのだが、最近、その借金を全額まとめて返金できたらしい。」
「ほう、ということは、エストラ男爵は一番北西部にありながら、彼奴らの息がかかってない貴族ということか?」
ギャランは、感心したという表情になっていた。そのような状況でありながら、借金を返すことができるということは賞賛に値すると思っていたからだ。
「そういうことだ。そこで、幸いにも一番北西部にあるにも関わらず、息がかかってないエストラ男爵に協力をしてもらう。」
「どういう作戦じゃ。」
ヴァイアードが、やや体を前に倒した。
「まず、ドワーフ達の救出と確保を優先させる。」
「当然じゃ。」
「ちょうど、王子付きだった騎士団、総数4,000人程度が現在余った状況にある。これを、順次、エストラ男爵領に送り込む。」
「さすがにそれは周辺の領主にはバレるんじゃねぇーか?」
ギャランが疑問を呈したが、イグナーツは話を続けた。
「そこら辺は、考えておる。懇意にしておる商人や旅人に変装させて、一気にではなく、少しずつ送り込む。あっ、当然、お前の冒険者組合も協力してくれるのだろ?」
「まあー、仕方ねぇーな。本来、冒険者組合は、こういうことには力をかさねぇーんだがな。今回は状況が状況だ。」
ギャランの言葉に少し安心した顔を見せたイグナーツ。
「冒険者としても、少しずつ送り込み、兵士4,000人をエストラ男爵領に潜伏もしくは、エストラ男爵に仕官させる。」
「それは、エストラ男爵の許可は取れているのか?」
「明日、謁見予定だからな。まだ取っては無いが、さすがに断りはできぬよ。」
男爵程度が国王の頼み事を断ることができるわけはないということである。
「まあ、そうだろうな。」
ギャランも納得といった顔だ。
「それで、4,000人の兵士達の潜伏もしくは仕官が完了した時点で、ガジール山脈のドワーフの鉱山を秘密裏に調査に入り、奴隷にされているドワーフの証拠を掴む。たぶん、他の人間にドワーフを見られるわけにはいかぬから、鍛冶もその鉱山でやっておるだろうから。その証拠もな。」
「・・・すぐに同胞達を助けてはくれんのか?」
少し試すような表情でイグナーツを見るヴァイアード。
「当然、助けはするが、助ける前にこちらの行動を察知されれば、先ほどの話したとおり、証拠隠滅をされて終わりだ。」
「皆殺しということか・・・。」
ヴァイアードは、深くため息をひとつついた。
「そうだ。そうなるともう手出しはできん。だから、ヴァイアードの気持ちもよくわかるが、どうかここは余を信じて、奴らを刺激するような行動は避けてもらえんか?」
ヴァイアードに深く、深く、今にもテーブルに頭が着きそうなくらい下げるイグナーツ。そんなイグナーツをヴァイアードはしばらく眺めていたが、「・・・わかった。」と短く答えた。
「わかってもらえたか、ヴァイアード。」
ようやく安心した表情に変わるイグナーツ。
「ただし、今回の件に絡んでおると思われるアリステーゼ王国北西部からはワシの影響が及ぶドワーフ達には、別の地域に行くように呼びかけさせてもらうぞ?」
「ああ、それは構わん。むしろ、第2段階に合致する行動だ。」
「第2段階ってのは何だ?」
「まず、最初の第1段階の詳しい話を説明させてくれ。まず、鉱山のドワーフの調査と救出は、出来れば優秀な冒険者の頼みたい。どうしても、騎士には難しい仕事になるからな。」
「任せろ。最高の冒険者を送り込んでやるぜ。」
ギャランが、強くガッツポーズをした。
「その後、ドワーフの救出が終わり次第、テトリナ子爵領へ4,000人の騎士達が進軍する。奴隷になったドワーフさえ証拠として押さえられれば、いくらでも攻められるからの。」
「ドワーフの奴隷化を禁止する法律か・・・。」
自らが尽力した法律が役に立つことが、少しヴァイアードはうれしそうだった。
「そうだ。そして、テトリナ子爵領を抑えた後は、テトリナ子爵領の没収、もしくは首のすげ替えをし、とりあえず、テトリナ子爵領についてはこれで終了じゃ。」
「・・・テトリナ子爵の首はワシらにくれるんじゃろうの?」
「安心しろ。」
イグナーツの言葉にうれしそうにヴァイアードは頷いた。
「その後、第2段階に移行し、騎士4,000人をエストラ男爵領へと戻し、サイラス伯爵領と交易都市グロースの交易の邪魔をする。まあ、サイラス伯爵領へ向かう馬車の妨害じゃな。」
「そんなことして大丈夫なのか?」
「見つからなければ問題ない。」
「要するに大問題なんだな。」
イグナーツの言葉に呆れたギャラン。
「なに、余の騎士達ではない。あくまで、エストラ男爵の騎士達が勝手にやったことだ。余が知らぬのも当然のことだろう。」
「・・・そのために騎士達をエストラ男爵に召抱えさせるのか?」
「ああ、その方が、何か起こった時に問題がなくて済むであろう。エストラ男爵と他の貴族の問題だからの。」
「悪い顔してんな・・・。」
「それが国王というものだ。」
苦々しい表情でイグナーツの顔を見るギャラン。
「そして、サイラス伯爵の最大の儲けは交易都市グロースとの交易というかグロースの商人達だ。ここさえ潰せば、いずれサイラス伯爵の資金も底をつく。もとより兵士を多く雇っておるからの。資金の減りも早い。あと、当然、北西部以外の貴族には、サイラス伯爵、ケイティート子爵との交易を強くやめるように言っておくがの。」
「孤立させるというわけじゃな。」
ヴァイアードも納得の表情だ。
「そうじゃ。ケイティート子爵は、元よりまだクルワラ共和国のクーデターが成功しない限りは、ただ食料が少し多く取れる程度の領地でしかないからの。サイラス伯爵領を経済的に潰せば、それでこの独立計画は頓挫するはずじゃ。」
「だが、もし、サイラス伯爵が爆発して、エストラ男爵領へ侵攻して、エストラ男爵領を攻め落としたらどうするのだ?そもそも、テトリナ子爵領を攻める段階でサイラス伯爵が蜂起したらどうなるのじゃ?」
イグナーツは、ヴァイアードの疑問にうれしそうに答えた。
「それこそ、待ってましただ。むしろ、そうなってエストラ男爵でも殺した日には、こちらが大義名分を得て、成敗することができる。後顧の憂いなく他の貴族達と団結して攻め滅ぼせるというものよ。」
「もしかして、それを狙っているのか?」
ギャランのいぶかしげな顔を見ながら、イグナーツは断言した。
「そうだ。むしろ、ドワーフの奴隷化の情報を確保できた時点で向こうが暴発してくれるのが一番早く問題を解決できる方法だ。」
「・・・この作戦で一番割りに合わないのは、エストラ男爵だな。危険は犯さないといけないが、見入りがないどころか、国王には命を奪われることを望まれている。・・・可哀想なものだ。」
「何、命を奪われてくれとは言わぬし、作戦の内容すべてを説明するわけでもない。それに男爵が国王の命令を断れはせぬよ。任せておけ。」
ギャランは、その言葉を聞いて、エストラ男爵の不運を可哀想に思った。
「それで、どのくらいの期間で行う作戦だ?どう考えても、かなり長くなりそうだが?」
「そうだな。騎士達がバラバラでエストラ男爵領に行くまでが1ヵ月ちょっととして、その後、冒険者による調査と救出で2ヶ月くらいかの。ヴァイアードには本当に申し訳ないが、同胞の救出を二ヶ月我慢してくれ。」
「・・・仕方が無い。よろしく頼むぞ。」
ヴァイアードが出した手を、イグナーツは真剣な表情で強く握った。
簡単にいうと、アリステーゼ王国内では、入ってはいけない土地に勝手に入り込んだドワーフを殺すのはOK
でも、奴隷化するのはNG という感じです。
まあ、実際には、殺せば問題が出てくるんでしょうけど、それは、その領地とドワーフ達の問題なので。