解析
「ダマスカスハウルを貸してもらえる?」
「はいよ」
お腹が膨れたところで、もう一仕事することにした。
ダマスカスハウルと指輪を受け取った私は、再び工房の扉を開く。
結果を記した本を広げ、昨日の実験結果を復習。
「うーん」
唸りながら新たな調合の組み合わせを捻りだそうとする。
考えた結果、プラーナを加えた際に起こる、水鉄の変化を顕著にするために、亜瀝青炭を加えてみることにした。
調合した溶液を硝子容器の中に注ぎ、銀指輪をそっと入れる。
「お」
瞬間、硝子容器を満たしていた黒い液体が、銀指輪に飲み込まれていく。
変化が起こり、硝子容器の中には銀に光る指輪だけがぽつんと残った。
「試してもらってみるかな」
顕著な反応を目にし、実験の成否を使い手であるリントウに確かめてもらうべきと判断。
「リントウ、ちょっと試してみてもらえる」
彼を庭に呼び、銀剣を使ってもらうことにした。
「いくよシャミナ」
ダマスカスハウルを装備したリントウが、銀の指輪を重ねる。
複合手甲がリントウのプラーナに反応。
剣の柄と鍔部分を吐き出す。
「せーの!」
右手で柄を握ったリントウが、銀剣にプラーナを込める。
彼のプラーナに呼応し、横に広がる鍔がさらに横へと広がり始める。
横に長い鍔の根本から剣身が顕れ、上へと伸びていく。
石竜と戦った時は、家の屋根程の長さが限界だった。
この限界が伸びれば、リントウの要望を叶えたことになり、ダマスカスハウルが改良されたということになる。
それは即ち、私の実験の成功をも示す。
「いけ」
固唾をのんで光景を見守っていた私は、思わず想いを口に出してしまう。
「お、前よりでっかくなった!」
二階建ての家程に伸びた剣を右手一本で高々と掲げるリントウ。
なんという怪力。
この馬鹿がつくほどに大きな剣を扱える人間などそうそういないだろう。
「ありがとう、シャミナ!」
顔を綻ばせ喜びを表すリントウ。
「うーん……」
私は複雑な想いで笑顔の相方を見つめる。
本来ならばリントウと同じように私も嬉しいはずなのだが……
「確かにプラーナの需要限界量は上がった。だけどその代わりに、リントウがプラーナを柄に注いでから、剣として完成するまでの時間が以前よりも遅くなってしまったわね」
課題はクリアしたが、そのせいで新たな問題が勃発してしまった。
三歩進んで二歩下がってしまった感じだ。
「これじゃあ実戦で使えないでしょう」
武器として形を成すのが遅いということは、戦いの道具として致命的な欠点だと思う。
「でも、そこは俺の腕の見せ所で、上手く工夫して戦っていけばなんとかなるさ」
リントウは剣を一般的な片手剣の大きさに縮めてからそう言った。
「戦う為の道具として用いるのが武器なのに、それを用いる為に使い手がいちいち気を遣っていたら、本末転倒でしょう」
私は武器の役割を相方に説く。
「む」
私の言葉に反応し、口をひき結ぶリントウ。
きっと彼は、私をがっかりさせない為に大丈夫だと声を掛けてくれたのだろう。
その優しさには素直に感謝を示しておく。
だが、リントウの慰めに甘えるようでは、彼の相方として失格だ。
思いやりを備えた相手と一緒に生きているからこそ、毅然とした態度で駄目なものは駄目と判断しなければならない時がある。
そうしないと、きっと私はあっという間に堕落してしまうから。
そんな風に私がリントウの言葉を聞き、想いに耽っている時だった。
「シャミナ、俺は戦いの最中に、転倒なんかしないぞ」
彼は心外だと言わんばかりに、口をへの字に曲げてそう言った。
「は?」
言葉を聞いた、私の方が思わず心の中で盛大にずっこける。
――――返しなさい、私の決意を!
思わずそう叫びだしてしまいそうになる。
やはりこの男は、乙女の繊細な気持ちなどには無縁。
「まあ何があろうとも、俺はシャミナの造ったこいつを使って戦うだけだから」
なんてこともないのかな?
心の中で彼を弾劾していると、今度は聞いているこちらが恥ずかしくなるような臭い台詞を臆面もなく言い放つ。
この相方は、無意識のうちに私の心をかき乱すことが得意らしい。
「やれやれ、私の責任は重大ってわけね」
照れ臭さを覆い隠すべく、手のひらを汲んで上に向けてため息を吐く。
「頼りにしているよ、シャミナ」
「はいはい」
にやつきそうになるのを抑え込み、平静を保った。
頼りにされるのは、悪い気がしない。というか嬉しい。
私はリントウの後ろに控える保護対象ではなく、横に並び立つ相方なのだから。
剣の生成速度を落とさずに、プラーナの需要限界も上げる。
新たな目標に対し、私はやる気を漲らせた。
翌朝も、私たちは二手に分かれて各々行動することになった。
私はリントウを見送った後、書籍商であるガーノックさんの元へと向かった。
昨日思いついた推論について、意見を聞いてみようと思ったのだ。
「なるほど。この得体の知れない紙が、外界にある得体の知れない樹の皮から出来ているのではないかという仮説ですな」
私の話を聞いたガーノックさんが髭を扱きながら瞠目する。
「ええ、どう思います?」
私は、自分の意見が客観的にどうなのか確かめたかった。
「そうですな。率直に言ってその線で調べてみる価値はあるかと。もしそれが的外れな予想だったとしても、無駄ではないでしょう?」
「あ、言われてみればそうですね」
ガーノックさんに言われ、外界について調べる行為自体が有意義なことであるということに気が付く。
私とリントウは渡界するために、霧の向こうに広がる世界について様々な情報を欲しているのだ。
よって、たとえ私の外界樹皮説が外れていたとしても、調べることが無駄になるわけではない。
「ガーノックさん、外界の植物について記されている巻物や本が欲しいのですけど、手に入りそうですか?」
となれば、考え付いた説について、さらに踏み込んで調べるべきだ。
「それがですねえ……」
髭から手を放し、渋面をつくるガーノックさん。
豊富な人脈を持つ彼ですら、外界の植物について記されている資料を手に入れることは難しいのだろうか?
「現在シャミナさんが欲しているだろう類の本を、先日レッシュさんにお売りしてしまったばかりなのですよ」
「げ」
思わず声がでてしまう。
よりにもよって、あいつの手に渡ってしまったとは……
「再入荷はかなり先になるかと」
「げげ」
追い討ちの如きガーノックさんの言葉に、さらなる声が出た。
「私が言うのもなんですが、すぐに調べたいのであればレッシュさんに本をお借りした方がよろしいかと」
商売人であるガーノックさんが己の職務を放棄。おそらく一人の馴染みに対しての親切心から、こうした方が良いと教えてくれているのだろう。
ありがたい話だ。
「そう、ですよね」
しかしながら、同時に面倒な話でもある。
何故ならレッシュという人間が、素直に本を貸してくれるとはまったく思えないからだ。
「ありがとうございます。ガーノックさん」
商人という看板を外し、個人的な厚意を示してくれた彼に対し、礼を述べる。
「いえいえ、今後ともよろしくお願いします」
すると商売人に戻ったガーノックさんが接客用の笑みを貼りつける。
そろそろお客と店主の関係に戻り、お互いにするべきことをしましょうという、彼の意思表示だろう。
「気が進まないけど。レッシュのところに行ってきますね」
受け取った私は、ガーノックさんの言葉に背中を押され自分の意思を示す。
「いってらっしゃい。幸運を祈っております」
丁寧なお辞儀とささやかな応援に見送られ、私は店を出た。