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調べもの

 私は大通りを抜け、街の隅にある石作りの無骨な蔵の前へと赴いた。

 古めかしい木の扉を開け、蔵の中に入っていく。


「おはようございます、ガーノックさん」


 私は馴染みの書籍商に挨拶をする。

 自分で考えても分からないのなら、他人の意見を聞いてみようと思ったのだ。

 ちなみに此処は蔵ではない。一応お店だ。


「おはようございますシャミナさん。今日はどんな御用で?」


 目尻を下げて、ガーノックさんが挨拶を返す。口元に長い白髭を蓄えた、壮年の男性である彼は、本を扱う商人として長年生計を立てて生きている。


「今回の冒険で人工遺物らしきものを手に入れたのですが、それがどんなものなのか調べたいのです」

「ふむ。なるほどなるほど。それで私の意見を聞きに来たのですな」


 髭を撫でながら、ガーノックさんが私の用向きを察知。 

「はい。お手間かけてすいません」

「いやいや、なんのなんの。飯の種になりそうな話なら大歓迎ですぞ」


 愛想の良い笑顔を振りまくガーノックさん。この辺りはさすが商売人だ。


「では、その遺物を見せてもらえますかな?」


 私は石小箱の蓋を開き、中に入っている一枚の紙きれを彼に見せた。


「ほう」


 興味深そうに紙を見つめるガーノックさん。


「どうです?」

「ただの紙のようですが、見たことのない材質の紙きれですな」


 ガーノックさんも私と同じ感想を抱いていた。


「はい。私もそう思います」


 三人が同じ意見というのなら、きっとそれは見間違いではないのだろう。


「ただの商売人である私には、この不思議な輝きを帯びた紙切れが一体何であるか見当がつきません」


 知識の泉ともいえる本の商人から淀みのない、穏やかな声が紡がれていく。


「そうですか」


 思わず声の音が下がる。

 ガーノックさんに聞いて手がかりなしだとすると……あとはあの人を頼るしかない。が、それは非情に気が進まない。


「しかしながら、この人工遺物が紙のようなものであるということは、不肖な私にも分かります」

「……」


 肩を落とし、がっかりした様子の私を見つめていたガーノックさんが、さらなる言葉を継ぎ足していく。

 結局この人は何と言いたいのだろうか? 


「というわけで、まずは紙そのものについて調べてみてはいかがです?」


 ガーノックさんは思索に耽る賢人の顔から、本を売る商売人の笑顔に表情を変えた。


「なるほど。そういうことですか」


 私は彼の言わんとしていることに気が付き、納得すると同時に感心もする。

 この人は紙というモノについて記されている本を私に売りつけるつもりなのだ。

 話を聞いて、需要を察知し提案・供給しようとする。

 それこそまさに、商売人の姿なのかもしれない。


「では、シャミナさんご所望の本を用意しますので、しばしおまちを」

「はい、お願いします」


 老獪な商人であるガーノックさんの手管に敬意を示し、丁寧にお辞儀する。

 なんであれ、自分の職務をまっとうする姿はかっこいいものだ。

 ガーノックさんは、おびただしい数の本が眠る薄暗い蔵の奥へと消えていった。


「お待たせしました。こちらの本などいかがでしょう?」


 ほどなくして戻ってきたガーノックさんの手には表紙の赤い一冊の本。


「買います」


 私は中身を確かめることはせず、即決した。

 お得意の私たちを謀るような真似はしないだろうと、ガーノックさんのことを信頼しているからだ。


「まいどありがとうございます」


 商売上手な彼に、お金を渡し、会計を済ませる。


「新しい本は入荷しています?」


 買い物を終えたところで。かねがねお願いしている事柄について確認しておく。

 私たちはガーノックさんに、霧の向こうに広がる外の世界について記された類の本をずっと探してもらっているのだ。


「いえ、まだですな。だが、近日中には入ってくると思いますよ」

「分かりました。では、また寄らせてもらいますね」

「ええ、心よりお待ちしています」


 深々とお辞儀をするガーノックさん。

 良い商売人というのは、礼儀も重んじるらしい。

 

 私は工房に篭り、買ってきた本を読みこんでいくことにした。

 ページを捲り、本を読んでいくうちに分かったことが幾つか。

 その中でも気になったのは、紙の材料には大きく分けて二種類あるということだった。

 一つは動物の皮を原料とした羊皮紙。なめすと皮にすることも可能で、丈夫なのが特徴らしい。

 もう一つは木の皮を原料とした樹皮紙。非常に薄く作ることも出来るらしい。

 その二つを理解してから、石の箱に納められた紙を観察してみると、その薄さから樹皮紙の方に近いのではないかという結論に至った。


「木の皮といってもねえ」


 ただの木の皮から作った紙であれば、この人工遺物のように淡い光を帯びるはずなどない。


「別物よね。やっぱり」


光り輝く樹の皮を原料としたのならば輝く紙が造れるかもしれないが、そんな木の存在など見たことも聞いたこともない。

 つまり、この世界に存在などしないだろう。もしそのような特徴的な樹が在るのだとしたら、私も知っているだろうし。


「ふう」


 ため息を吐き出す。と、


「あ」


 一つの可能性に気が付く。

 もしや手に入れた紙は、この世界ではなく、外界に存在する樹の皮から作られたものではないか?

 外界には未知の輝く樹が存在し、その皮から作られたのがこの紙なのではないかという推論だ。

 そう仮定すると、この遺物が樹皮紙に近いが、同時に不可思議な性質も併せ持つ紙であるということにも納得はいく。

 一つの可能性として考えるのは有りだろう。 


「ただいまー」


 ちょうど一つの予想が浮かんだ時。

 リントウの声が表から聞こえた。

 仕事を終えて帰ってきたらしい。


「おかえりなさい」


 私は思考を止め、工房を出てリントウを迎える。

 今日の調べものはここで切り上げよう。

 家に戻り、テーブルを挟んで座り向かいあう私とリントウ。 


「おお、シャミナの方は進展ありか」


 夕食を摂りながら、今日の報告会が始まる。 


「ほんの少しだけ。リントウはどうだった?」

「ああ、わりの良い依頼があってけっこう稼げたかな」

「よかったわね」

「ああ。明日も張り切っていくさ」 


 相方と一緒に夕飯を食べながら談笑する。

 何気ない一時だが、私にとっては心が休まる大切な時間だ。


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