帰還とこれから
空が茜色に染まる頃、私たちは果ての街<ヨモスグルム>に帰還した。
街に着いた私たちは寄り道することなく二人の住まいへ向かう。
「おつかれシャミナ」
「おつかれさま、リントウ」
そして無事に家の前に辿り着くと、お互いを労う。これにて今回の冒険はおしまいだ。
奮発して買った広い敷地の真ん中には、居住用の煉瓦造りの家。
左側にある殺風景な庭は、リントウが体術の訓練をするための場所。
反対の右側に建つ石造りの小屋は、錬金術師である私の工房だ。
「もう夜になるし、今日は休んで明日から本格的に動くか」
家の中に入った私たちは、丸い木卓に備え付いている木椅子に座って寛いだ。
「ん。だったらダマスカスハウルを私に預けてもらえる?」
リントウの言葉に反応し、改善するべき課題が浮き彫りになった複合手甲を整備するべくさっそく申し出る。
時間的にも、今から出来ることは人工遺物の解析ではなく錬金武具の強化だと判断したのだ。
「いいけど、もしかして今からいじるつもり?」
彼の顔に若干の驚き。
「ええ、思い立ったら即行動が我が家の信条でしょう?」
実際は我が家ではなくリントウの信条なのだが、たまには私が彼に倣ってみるのもいいだろう。
「働き者だな、シャミナは」
感心したのか、彼は小さく息を吐き出した。
「やりたいことをやるだけよ。リントウは休んでいて。明日からばりばり稼いでもらわないといけないのだから」
私は素直に心情を明かし、冗談めかした言い方ではっぱをかけておく。
「んー、こりゃ俺も気合い入れて働かないとだな」
手を組んで伸びをするリントウ。
「ふふ、期待しているわよ」
私はやる気になった相方をいたずらっぽく見つめる。
リントウは明日からギルドに赴き、依頼を斡旋してもらう。そこで人に害をなす怪物の討伐や、野盗などからの輸送護衛などの仕事を受け、達成することで報酬を受け取るのだ。
依頼を受けるにも条件がある場合が多いが、冒険者の位としても上位である白金級の彼ならば大抵は問題ないだろう。
「じゃあ、行ってくるわね」
席を立ちあがり、入口のドアへと向かう。
疲れてはいるが、一仕事しよう。
「ああ、ほどほどにな」
相方の言葉を背中に受けた私は、手のひらを仰いでありがとうと示し、自分の工房に向かった。
中に入り、蝋燭の群れに火を灯していく。
灯りによって薄闇がはだけていくと、壁に並んだ棚とその中にぎっしりと並んだ本達の姿が露わに。
これらは、錬金術師の端くれである私の大切な財産。
四角い卓の上にも何冊か本が積まれおり、幾つもの付箋が舌を出している。
これは、今研究中の錬金に用いている資料。
本以外にも、実験に使う丸や三角の硝子容器に、鉱石を砕く為の鎚なんかも卓の上に乗せてあった。
私は机の空いてい場所に、リントウから預かったダマスカスハウルと付属品である四つの指輪を置く。
私の発案・設計を元に、高名な鍛冶師が多種の金属を積層鍛造した結果、ダマスカスハウルが完成した。
複数の金属が重なり混じりあった複合手甲は、幾何学的な模様を造り、芸術的な黒い輝きを放っている。
私は持てる知識と技術と人脈を全て駆使し、リントウの為に造りだしたダマスカスハウルをそっと撫でる。
彼には内緒だが、私にとってこの錬金武具を整備するのはちっとも苦痛ではなかった。むしろ楽しい。
大切な人に力を与える複合手甲をいじるのは、私にとって至福のひと時なのだ。
喜びに浸りながら作業を始める。
まずは戦闘時、剣に変形する銀指輪を三角容器の中に置いた。
「えーと、プラーナの限界容量を上げるためには……」
複数の容器に、ドズエル鋼やガナサイト石を砕いたもの等を分け置く。
左右の手でそれぞれ火と水魔法の組成式を組み上げる。
私のちょっとした特技、魔法二重発動によって沸騰したお湯の玉が宙に出現。それを銀指輪の入った三角容器の中に流し入れる。
同時にプラーナも注ぐと、銀指輪の中に混ぜ合わされていた、水鉄という流体金属が反応。溶け出してお湯と交じり合い銀色に輝く液体となる。
それから先ほど砕いた石の粉末や、バターのように柔らかくなった鋼を混ぜ合わせ調合を開始。
「ん、変化はなしか」
フラスコの中には何事もなかったように銀の液体が漂う。
白本に結果を記し、次はどんな素材を調合しようかと考える。
錬金術は実験第一。
実験と失敗を繰り返しながら、少しずつ正解に歩み寄ってゆくもの。
私はそう思っている。
故に、結果を積み重ねることで、錬金武具は成長していく。
つまり、私が頑張ればそのぶんダマスカスハウルを扱うリントウの能力が上がり、より多くの人に彼が認められることになりえる。
そうなったら、私も嬉しい。
だから私はダマスカスハウルを改良整備することに、とてもやりがいを感じている。
幾度かの実験を経て結果を吟味した結果、新たに試したい調合方法が浮かび上がる。
思いついた調合方法を白本に書き留めていた時だった。
「シャミナ、ご飯出来たよ」
扉を叩く音にリントウの声が続く。
「わかった。今行くわ」
私は作業を中断し、工房を出た。
卓の上には食べ易いように小さく切り揃えられた野菜。真ん中には小さな鍋。中には薄黄色の粘度質な液体。顔を近づけてみると、芳しい香りがする。チーズだ。
「いただきます」
溶かしたチーズに茹でた人参を漬けて口に運ぶ。
野菜本来の味に濃厚なチーズの味が絡む。
「おいしい」
好物であるチーズを溶かしたものに野菜を付けて食べると、自然と頬が緩む。
「ならよかった」
リントウが麦パンを頬張りながら、満足そうに頷く。
家での食事により鋭気を養った私たちは、それぞれ仕度をしてから、明日に備えて寝ることにした。
「それじゃ、おやすみシャミナ」
「おやすみなさい」
二つ並んだベッドの上には私と既に寝息を立て始めたリントウの二人。
幼い頃から同じ部屋で寝ていたせいか、リントウには私という女性と並んで眠ることを何とも思っていない様子。
冒険の最中も同じだったが、それってちょっとどうなの?
年頃の女の子が傍にいるのだから、少しは照れくさそうにしても良いと思うのだが……
むしろちょっと寝付けないから、別々に寝ようという申し出があってもいいのではないだろうか?
まあ、別の部屋で寝るとなったら、それはそれで寂しいのだけど。
「ふふ」
女心は複雑であり、それを察するのは、リントウには無理だなという結論に行き着くと、穏やかな気持ちで眠りに就くことが出来た。
「じゃあ、いってくる」
「いってらっしゃい、リントウ」
翌朝、ギルドに向かうリントウをドアの前で見送る。
リントウはお金を稼ぎ、その間に私が人工遺物の解析とダマスカスハウルの整備改良をする。
異なる役割を担うことになった私たちは二手に分かれ、役目を遂行することにした。
「さて、まずは人工遺物の方を調べないとね」
遺物を調べる方法の一つとして、ギルドに解析を委託するという方法がある。
が、この方法を選択すると、手に入れた遺物の所有権が一部ギルドへと移行してしまうのでなるべく避けたい。
となれば、他の方法を選ばなければならないが……