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帰り道

「お! ならこの紙には重要な手がかりが隠されている?」


 単純――もとい素直な彼は顔をあげて喜ぶ。


「リントウ、あくまで可能性が少しだけあるってだけよ」


 予想以上の反応に、慌てて言葉を足しておく。

「シャミナ、それはつまりなんだかんだ夢へと繋がる希望があるってことだよな?」

「モノは言い様ね」


 この男は時々、おそろしく前向きになる。

「なら早く街に戻って調べないと」


 足を止め、振り向いたリントウの顔がぱっと輝く。

 どうやらやる気になってしまったらしい。


「よし、そうと決まれば急いで帰ろう!」


 彼が再び前を向くと、胸を張って早足で歩き始めた。 


「リントウ、昨日あなたが私に向かってなんて言ったか覚えている?」

「ん?」


 歩速を緩めずリントウは首を傾げる。


「せっかくだから、街までの道のりをゆっくり楽しんで帰ろうって、あなた言ったわよね?」


 清々しいくらいの矛盾を指摘。


「むむ」


 口ごもるリントウ。

 彼だって昨日の発言くらいはさすがに覚えがあるのだろう。


「シャミナ、屁理屈は良くないよ」

「リントウ、そういうのを屁理屈って言うのよ」


 言葉に詰まった彼は、謎理論を展開し、すぐさま私に論破された。


「参りました」

 

 降参とばかりに両手を挙げるリントウ。 


「分かればよろしい」

 

 とりとめのない会話をかわすうちに、自然と笑みがこぼれる。

 ただ森の中を歩いているだけなのだが、私にはそれが楽しかった。 

 他愛もないことをリントウと話しているだけで、幸せを感じてしまうのだ。

 リントウと同じように、案外私も単純なのかも。

 いや、きっと彼の馬鹿がつくほどの単純さがいつの間にか私にもうつったのだ。そういうことにしておこう。

 リントウは例えるならば春の麗らかな日差しみたいな人間だ。

 暖かく、優しい光を放っている。私はほんのり輝く彼を、隣で見ているのが好きだった。

 プラーナという奇跡の源を人並み以上に身に宿しながら、それを行使する魔法の素質を与えられなかったリントウは、神に見放された男と揶揄されることがままあった。

 だが彼は、魔法を使えないという致命的な枷をものともしなかった。

 それどころか、


「魔法が使えない分、やることが単純で楽だな」


 と言い放った。

 それは単なる強がりではない。

 事実として、彼は前衛として技を磨き続け、今では無法のリントウという異名で呼ばれるちょっとした有名人になった。

 困難に屈しない力強さをリントウは持っていたのだ。

 今となっては腕利きの彼だが、真に評価されるべきは戦う力ではなく、そのしなやかで力強い精神だと私は思っている。 

 危機的状況でも、リントウが居ればなんとかなる気がしてしまう。

 彼にはそう思わせる何かが在るのだ。


「よし、ちょっと休憩しようか」


 木の葉から漏れる日差しがひときわ強くなってきた頃、リントウが立ち止まった。


「了解」


 急ぐとは言っても、なんだかんだ私の体力を気にしているのだ、この男は。

――――そういうところが憎めないのよね。

 拓けた場所を探し、二人並んで腰を下ろす。

 リントウは水筒に口をつけ、がぶがぶと水を飲んでいた。


「ん、シャミナも飲む?」


 私の視線に気が付いた彼は、無垢な瞳で見つめてきた。


「ええ。ありがとう」


 水筒を手渡されると、私は僅かに口をつけ、ちびりと中の水を飲む。


「このままいけば今日中に街へ戻れそうかな?」

「ええ。たぶん行けると思うわ」


 潤いを感じつつ、意見を述べる。

 このまま何事もなければ、夕方くらいにはヨモスグルムに帰れるだろう。


「よし、街に着いたらすぐに手に入れた紙きれについて調べよう!」


 話を聞いたリントウが、今後の予定を提案。


「水を差すようで悪いけど、そろそろ蓄えが底を尽くわよ。調べるのもいいけど、まずはお金を稼がないと」

 黒い澄んだ瞳を輝かせ己の願望を語る相方に、私は厳然たる現実を教えて差し上げる。

 生きていくためにはお金が必要だし、冒険するのならばさらなるお金が必要になる。


「なるほど。よく分かった」


 首肯するリントウ。

 珍しく、彼は私の小言を素直に受け入れてくれたようだ。


「いつになく物分りが良くて助かるわ」


 家計を預かる者として、お金のありがたみを懇々と彼に説いてきたのが、ついに通じたらしい。


「水は差されるよりも、飲む方がいいね」


 なんてことはあるはずもなかった。


「御託はいいから、街に戻ったらお金を稼ぐわよ」

「はあ、しょうがないか」


 肩を落とし、ため息を吐き出すリントウ。

 少し気の毒ではあるが、夢を追うためにはお金が要るという、夢の無い現実がある。


「じゃあ俺がお金を稼いでくるから、遺物の解析はシャミナに任せる。それでどう?」


 彼は妥協案として、稼ぎと解析を二手に分かれてやるという提案を示してきた。


「私はいいけど……リントウはそれでいいの?」


 リントウの意見は建設的に思えるが、一方で私だけ美味しいところを持っていっているような気がする。


「ああ、俺が好きなのは冒険探索であって、お宝の鑑定ってわけではない。となれば、次の旅立ちに向けて


 先立つモノが必要なら、それを手に入れる方が俺にとっては重要なことだろう?」

 欲しいのは宝物ではなく、胸が躍るような未知との遭遇、か。 

 なんとも彼らしい言葉だ。


「わかったわ。人工遺物のことは私に任せて」


 心意気に感化され、私もやる気になる。


「ああ、任せた」


 私の肩にぽんと手を置くリントウ。微かな温もりを感じる。


「さてそろそろ行こうか」


 彼はそのまま立ち上がり、私の手を取って身体を引き起こしてくれた。


「ええ、行きましょう」


 やるべきことも確認し終わったところで、私とリントウは森の中を再び歩き始めた。


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