夢の終わりとはじまり
俺たちの切り札がきられる。
白金珠の先、宙に描かれた朱色の式から、白い極光が波濤となってイスズズへと放射。
灼光魔法<霧払極大光波>
元々は、抜けることも越えることも不可能な霧に対処する方法として、いっそなぎ払ってしまおうという発想でシャミナが戯れに思いついた魔法だった。
始めは遊び感覚だったようだが、元来凝り性である彼女は、新たな魔法を構築するということに熱中し、ついにはどうにか魔法組成式を組み上げてしまった。
だが、出来たのはそこまで。火に光という二つの系統を合成した魔法を発動させるためには、化物じみた量のプラーナが必要になり、とても人間に扱える代物ではなかったのだ。
故に、シャミナが作り上げたこの魔法はあくまで机上のものだった。
が、ここでもしプラーナだけは人間離れした量を持つ、俺の力が流用出来れば話は変わってくる。
そこでシャミナは、ダマスカスハウル・白金の指輪で造りだす杖に、プラーナ変換という能力を付すことに挑戦したのだ。
シャミナが、アリスの元で学んだ魔文字の知識などを活かすことによって、白金杖は俺の送ったプラーナを限りなくシャミナのプラーナへと似せる能力を授かった。
問題が解決したことにより、理論上だけであった魔法が現実のものとなり、この土壇場で初お披露目と相成ったわけだ。
永い間晴れることのない霧を無理矢理払う為に生み出された極大魔法が、イスズズへ向かって直進。
白い超熱線が鮮やかに大気を駆け抜けていく。
反動でシャミナの身体が後ろに流れ、支える俺は重みを感じる。
魔法の行使に集中する相棒を支えるため、俺は地を踏みしめてシャミナの身体をその場に縫いとめる。
一方で、イスズズも展開していた式を完成させ、魔法を放つ。
束ねられた蒼炎の外側に雷が巻きつくと、俺たちへ向かって真っすぐに飛来。
双方から放たれた雷蒼炎と白い灼光の進路がぶつかり、イスズズと俺たちの間で激突。
「くっ!」
二つの力が噛みあい、使い手であるシャミナを後ろへ押す力が劇的に強くなる。
彼女を支える俺の戦闘靴の踵が石畳を削り、火花を散らせつつじりじりと後退していく。
そんな中でも、シャミナは送り込まれたプラーナを調律し、一心に魔法を発動し続けていた。
「お・れ・た・ち・をなめるなあああっ!」」
俺は踵を地面へと抉り込むことによって、後退していた身体を再び地面に縫いとめ、雄叫びと共に全てのプラーナを杖にぶち込む。
乱暴にプラーナを送り込まれた白金杖が、拒否反応を示すかのように激しく振動するが、俺とシャミナの四つの手が強引に押さえつけ辛うじて固定。
「いけええっ!」
嵐の如く暴れ狂うプラーナをシャミナが調律し、火に薪をくべるように組成式へ燃料として送り込む。
すると、朱色の輝きがさらに強くなり、白い波濤の勢いが増した。
せめぎあっていた青と白の波。
さらなる白い極光が根本から送り届けられ、状況が一変。
青の炎が白い灼光に飲み込まれていく。
瞬く間に青を塗りつぶした白い波が、今度はその先に存在する黒い竜をも包み込んでいく。
おそらく最大攻撃を破られたイスズズは、声をあげることもなくなすがままに俺たちの放った魔法をその身に受けていた。
まもなくして一条の閃光が止む。
魔法の通った跡は、石の地面が飴のように溶け、白煙を燻らせていた。
「我ながら、とんでもない魔法を作り出しちゃったわね」
極大魔法の行使を終えたシャミナが脱力し、俺の胸へともたれかかってくる。
「そうだな」
力無く笑うシャミナに、疲労している俺も同じような笑みを返す。
<霧払極光破>の余波だけで地形の一部変えてしまったという事実に、俺も驚くほかない。
「イスズズはどこ?」
「そばまで行ってみよう」
戦いの決着に安堵したのも束の間、シャミナは対戦相手のことを気にかけた。
蒼炎と灼光の衝突の残滓ともいえる熱気を肌に感じつつ、俺とシャミナは先程まで黒竜が存在していた場所へと歩いていく。
「死んでないわよね?」
道中、不安を吐露するシャミナ。
今になって気が付いたが、イスズズはむしろ俺たちに倒されることを望んでいたのかもしれない。
戦う前の彼女は、殉教者が信仰を抱いて自ら命を投げ出そうとしているような姿にも見えた。
「あいつは不死身といってもいいくらいの治癒力を持っていたし、きっと生きているさ」
浮かんだ懸念はあったが、口にはしない。代わりに願望を声に出した。
「あ、いた!」
程なくして竜から人の姿に戻り、仰臥したイスズズの姿をシャミナが発見。
仰向けのイスズズは右手と左足が消し飛び、顔にも覇気がなかった。
持ち前の超回復力を発揮できないほどに消耗しているのだろう。
「おつかれさま、さすがにもう気は済んだだろう?」
力なく空を見上げるイスズズ。魔法行使の影響で周りの霧を凪いだせいか、彼女の見上げる空は蒼く澄み渡っていた。
「ふふ、私もこれだけお前たち二人の雄姿を見ることが出来たなら満足すると思ったのだが。実際は違った。むしろもっとリントウとシャミナの、困難に立ち向かう姿を見ていたくなってしまった。まったく、我ながら欲深いな」
訥々と語るイスズズはなんとも寂しそうに笑った。
「イスズズが言ったことが欲深いというなら、俺も似たようなものだ。死ぬかもしれないというのに、未知の世界に挑みたいと思ってしまうのだからな」
命を賭けてまでカンドーシアという新世界に赴こうとする俺たちこそ、自らの欲望に忠実だと言える。
イスズズが俺たちの雄姿をまた見たいと望むなら、敵として相対するのではなく今度は仲間として並んで横から見てほしいものだ。
「私たちは欲深い。だから他人から託された希望すら叶えてしまおうとするし、あなたのことだって助けたいと思うの」
俺の言葉を継いだシャミナがイスズズをじっと見つめて言葉を紡ぐ。
「ふふ、私の認識ではそれは慈悲深いと言うのだが?」
「なんだっていいのよ。とにかくあなたは負けたのだから勝者の言うことを聞きくこと」
「強引な奴だな」
俺には血の気が失せたイスズズの、何かを悟ったような顔に見覚えがあった。
これは、死に瀕し、受け入れた者が作りだす表情だ。
「時間がない、手短に言う。神殿の奥に転送魔法陣があり、呪印を刻まれた者が上に乗れば、カンドーシアへと転送される。向こうの世界ことは私ももう覚えていないが、お前たち二人ならきっとどうにかなるだろう」
伝えるべきことを必死に伝えるイスズズの様子を見て、経験による予測が確信へと変わった。
「重傷なのだから、あまり喋らない方が良い。私たちが呪いを解く方法を見つけてくるから、それまでの間、罪を償いおとなしく待っていなさい」
間違いない。イスズズはもう間もなく死ぬ。
「お前たちの旅に幸あれ」
「いいからおとなしくする」
イスズズと言葉を交わすシャミナも、既に気が付いているだろう。
なにせ彼女も、俺の横でたくさんの人間の死を見届けてきた。
「願わくは、自分自身の為の冒険を繰り広げてくれ」
「聞き分けのない人ね」
きつい口調とは裏腹に、イスズズの手を握るシャミナは優しさに溢れていた。
「すまない、そしてありがとう」
イスズズが呟くと、ゆっくりと瞼が閉じられ、虚脱した。
静謐が場を支配、
そこへ一陣の風が吹き、イスズズの身体が崩れ淡く光る砂となって空へ舞い上がっていく。
砂は細かな粒子となって天高く舞い上がり、やがて蒼穹へと溶け込んでいった。
「勝手に死ぬな、馬鹿」
シャミナは空の彼方を見つめ、静かに呟く。
「ひょっとしたら、イスズズは、俺たちと一緒に冒険をしたかったのかもな」
イスズズは、もしかすると新世界の門番ではなく、ただ一緒に旅する仲間を待ち望んでいたのかもしれない。
彼女と交わした会話を思い出しているうちに、俺はそう思った。
「そうだったかもしれないわね」
伏し目になり、膝をついて手を組んで哀悼の意を表するシャミナ。
こういうところで涙を見せないのが俺の相棒だった。
「せっかちだったイスズズに、戻ってきたら自慢話をたくさん聞かせてあげましょう」
危険を伴う冒険者という職を生業としている以上、人の死に触れてきたことは何度もある。
だからといって慣れることはない。シャミナもそうだろう。
ただ俺たちが悲しんだとしても、故人が喜ぶわけではない。ならばイスズズが最後に残した言葉に従い、冒険することが彼女への一番の餞になるだろう。
シャミナはそれを分かっているのだ。
「そうだな。死んだことを後悔するくらいの胸躍る冒険譚を土産に持って帰ろう」
晴れていた霧が再びうっすらと立ち込める中、俺とシャミナは白い霧によって徐々に霞んでいく空を見上げながら言葉を交わした。




