雷と蒼炎の竜
一目で彼女が戦闘不能状態であるということが分かった。
堂やら俺は集中し過ぎて周りが見えていなかったらしい。
杭打機を金の指輪に戻し、乱れた息を整えていく。
「もういいだろう? イスズズ」
薄く開かれた黄色の瞳に向かって問いかける。
俺たちと戦いたがっていたイスズズ。彼女の望み通り闘争し、決着もついた。
ならば今度こそもう命のやり取りをする理由などないはず。
だがしかし、俺の考えを否定するかのように、竜の首が弱々しく左右に振られた。
「叶わない夢を諦めたからこそ、夢想にふける我儘を許してくれ」
「何を言っている? 俺にも分かるように話してくれ」
「素直に伝えてしまったら、そなた等の戦う気持ちが鈍るかもしれない。特にシャミナは罪を犯した私にも優しいからな」
緩慢な動きで首を横に振るイスズズの身体が、淡い輝きを帯び始める。
すると、俺の攻撃によって大穴の空いた胴体が急速に修復されていき、みるみるうちに傷がふさがっていく。
「リントウよ。今の攻撃はたいしたものだが、それでも竜族の中でも無二の再生力を誇る私を倒すことは出来ないぞ。ふふ」
竜の身体にプラーナが満ちていき、活力が戻る。
「あんた、とことんまでやるつもりなんだな」
竜の口が開き、俺に向かって不敵な笑みを浮かべた。
俺たちからすれば不毛極まりないこの戦いも、イスズズにとっては譲れないものらしい。
「私の夢に巻き込んですまないな」
ならば俺も、その想いに応えてやらねばならない。
物事の善悪は別にして、断固たる決意で戦いに挑むこの相手には、それだけの価値がある。
「底知れぬ冒険者よ。死力を尽くして私を滅してみろ!」
「俺の知る中で最強最大の竜よ。倒してやるから本気で向かって来い!」
このくだらない戦いはイスズズにとって神聖なものらしい。ならば俺は迎え撃つ。
尊敬に値する強さを持つ彼女が望む私闘に、俺もまた身を投じたくなったのだ。
理由は好奇心。
それを下らない感情だと切って捨てることも出来るだろうが、俺にとってなくてはならない心だ。
――――なぜなら俺は冒険者だから!
「このお馬鹿共! 死んだら承知しないからね!」
それまで黙って会話を聞いていたシャミナが呆れて怒り、最後に自分の意見を叩きつける。
優しき俺の相棒も、しぶしぶイスズズと戦うことを認めてくれたようだ。
「ヴォルルルウゥゥッ!」
竜の咆哮が開戦の合図となった。
俺は地に落ちていた銀の指輪を拾ってすぐに銀剣を生成。蒼炎の息吹の的になりにくい至近距離で、イスズズに攻撃を仕掛ける。
先制の刺突を竜の足元に放つ。
「硬っ!」
黒い鱗に剣の切っ先が触れると、鋼鉄の盾に弾かれたような感触が右手に伝わる。
どうやら俺の剣ではこの黒竜に傷を与えることは困難なようだ。
刺突をものともせず、竜の右足が掲げられ、すぐさま振り下される。
俺は、イスズズの太い足が持ち上げられた瞬間に前方へと全力疾走。
空いた空間を駆け抜け竜の後ろへ回り込み、大足の踏みつけを回避。
すると、踏みつけられた石の地面が陥没しひびが入った。
――くらったらおしまいだ。
地を砕く天災の如き一撃を目にし、改めて目の前の相手の強大さを知る。
だが後ろはとった!
竜はその巨体さ故に、どうしても身のこなしでは人間である俺に劣る。
すぐに金の指輪をダマスカスハウルに重ね左腕に杭打機を顕現。間髪入れず、竜の踵に一刺し打ちこむ。
鋼の如き鱗を貫き奥へと杭が撃ち込まれていく手応え。
同時に竜の尾が振られ、隙が出来た俺の身体が薙ぎ払われる。
「くうっ!」
杭打ちを使った時点で、俺の方も隙を狙われることは覚悟していた。
故に尾が身体に触れる直前、自ら横に飛んで極太の丸太を叩きつけられたような衝撃を和らげることが出来た。
身体が真横に跳ね飛ばされる最中、痛みが全身に広がり骨がバラバラになりそうな錯覚を覚える。
それでも痛みを無視し、受け身をとり地面に着地、すぐさま竜の元へと駆け出していく。
接近すると、竜の重い一撃を受ける対価として与えたはずの踵の傷が、既に完全に治癒されていることに気が付く。
「反則だろうその治癒力は!」
驚愕と共に頭の中で作戦を立てる。
やはり俺が竜と近接戦闘を繰り広げ、その間にシャミナが魔法を紡ぐ。シャミナの魔法によって竜の隙を作り出し、その間に俺が杭を連続して叩き込むしかない、か。
「シャミナ!」
相棒の名前を叫ぶとともに視線を合わせて意思の疎通を図る。
頷いた彼女は既に魔法を放とうとしていた。
連携の起点を潰そうとするイスズズが、シャミナの魔法を阻止するべく青い炎を吹きかける。
シャミナは避けることなく式を紡ぎ続け魔法を発動。
風系風大魔法《陣風破刃》による形を持たない無数の風の刃と暴風が、迫りくる炎を押し返しつつ、竜の巨体を切り刻んでいく。
一方の俺も、シャミナの魔法攻撃に便乗し竜へと接近。横から杭を突きたてようと左腕を引く。
杭を鱗に穿とうとした瞬間、一条の光が天から降り注いだ。
「ぐっ!」
生まれた光が脳天から足先へと突きぬけていく。遅れて天からの光を受け止めた大地が悲鳴をあげ、重い音が響き渡る。
身体を苛む痺れや痛みと同時に、雷を身に受けたと理解した。
動け身体!
痺れる肉体を無理矢理動かし、なんとか緊急退避。
すると、避けた先に追い討ちの息吹が放たれていた。
俺は鉄の指輪をダマスカスハウルに重ね盾を生成。 大量のプラーナを流し込み、瞬時に巨大化させ防御壁を作り出す。
蒼炎が壁盾に吹きかかり、灼熱を超える青い炎に炙られていく。
プラーナを注ぎ続け融解する盾をすぐに再構築して凌ぐ。が、炎が放つ熱によって、盾の内側に居る俺の身体に水膨れが出来てしまう。
炎自体はなんとか盾で凌げるが、この超温度は内側にいる俺を容赦なく炙ってくる。
「リントウ、逃げて!」
シャミナが魔法によって盾を掲げる俺の前に石の壁を作り出し、炎を遮断。
俺は壁を鉄の指輪に戻し、その場からさらに後ろへと下がる。
距離をとって本気のイスズズを観ると、竜の周りには野放図にいくつもの稲光が発生していた。
雷は時に、イスズズの身体をも掠めていたが、それでもお構いなしに大地に降り注いでいる。
雷で受けた傷は、彼女の超回復力によってたちまちに治っていた。
この異常な回復力があるからこそ、自身も射程に含めた全方位への雷撃という無茶な攻撃が可能なのだ。
「――――出鱈目過ぎだろう」
怪物にしても異常に過ぎるその力に脱帽するしかない。
もはや隙を作り出すどうこうの問題ではない。というか、近づくことすらままならない。
反則的な治癒力を持つ、雷炎の黒竜を相手にどう立ち回ればいい。
元から負傷していたところにさらに竜の尾撃を受け、雷を浴び、炎に炙られた俺の身体も限界が近い。
強いて言うなら、今の俺が人並み以上なのは、身に宿るプラーナ量くらいのものだ。
息をつく暇もなく、ひた走る俺をイスズズの吐き出す青い炎が追い回す。
俺の中にある手札では、残念ながらイスズズを倒すことは不可能。
シャミナにしても、あの驚異的な治癒能力を凌ぐほどの人間離れした魔法攻撃は扱えない。
――――だが。俺とシャミナの二人ならば、まだ賭けるに値する切り札がある。




