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夢見る巫女

「シャミナ」


 俺とシャミナは再び目線を交わらせ、意思を確認する。

 長年の夢であった、霧の向こうに広がる世界に渡るということには、死の危険というとんでもないおまけが付いていた。


「リントウ」


 改めて新たな世界を目指す理由を考えてみる。

 俺とシャミナは多くの人々から、新たな世界を探索することによってこの世界では不治の病を治す手がかりを見つけることや、未知の技術・魔法などを発見することを期待されてはいた。

 閉塞を感じる時代となり、緩やかに衰退している現状を開拓によってどうにかしたいという王の願いを、受け取ったりもした。

 これまで様々な希望を託されてきた俺とシャミナ。

 カンドーシアに渡り探索することは俺の夢ではあるが、もはや個人のものだけではない。

 が、俺はともかくシャミナに命の刻限という枷を付けてまで、カンドーシアを目指すことは出来ない。

 シャミナは怒るかもしれないが、新世界へは俺独りで赴くべきだろう。


「言っておくけど、私を置いていくことは許さないわよ」


 考え込んでいると、見透かしたようにシャミナが言葉を被せてきた。


「俺の考えていることはお見通しか。相棒の勘が鋭いことを忘れていた」

「私の身の安全を危惧してくれたことには感謝するわ。けれどそれ以上に、リントウが独りでカンドーシアに行こうと考えていたことが腹立たしい」


 シャミナの冷え冷えとした視線が俺を射ぬく。


「ごめん」


 これはかなり怒っている。


「まあ今はいいわ。ということで、私とリントウは呪いを受けてもカンドーシアに行くわよ」

「感謝する」 

「そして死ぬことを受け入れたお馬鹿さんの元へ、呪いを解く方法を引っ提げて戻ってくる」

「え?」


 思いもよらない言葉に反応したイスズズが、反射的に顔をあげる。


「分からない? 澄ました顔して死を待つだけの、阿呆な美人さんを驚かせてあげようって言っているのよ」


 シャミナがイスズズを指差し、胸を張って答える。


「はは、そりゃ良い考えだ」


 呆気にとられ、口を開けているイスズズをよそに俺の方もシャミナに同調。

 相棒は、最高に愉快な発想の持ち主だと改めて実感した。


「これは驚いた。今しがたまで争っていた私のことを、お前たちは救ってくれるというのか?」

「それが人間ってものよ」

「昨日の敵は今日の友だ」

「はっ! これは愉快だ」


 どこか超然としていたイスズズの相好が崩れ、目尻に皺を寄せて大笑いする。


「あなた、そういう顔の方が親しみやすいわよ」

「そうか」

「イスズズ、通行証代わりの呪いをかけてくれ」

「分かった」


 返事をしたイスズズが両手を掲げると、黒い組成式が紡がれ、プラーナが満ちていく。

 黒い光の玉が俺とシャミナの身体を包む。

 首筋に漆黒の光が注ぎ、吸い込まれていった。


「これで、カンドーシアとかいう新世界に行けるのか」

「ああ」


 シャミナの首筋を見ると、黒い円の中に幾つもの線が交差し、中心で交わっている印が刻まれていた。


「へえ、不思議な呪文ね」


 シャミナが俺の首筋についた呪印を眺めながら感想をもらす。

 見知らぬ魔法とその効果に興味が沸いたのだろう。


「準備を整えたらすぐにカンドーシアに行こう」

「そうね、もたもたしていたら時間がもったいないわ」


 善は急げ。俺たちはさっそく旅に向けての段取りを始める。


「二人が旅立ってしまう前に、最後のお願いをしてもいいだろうか?」

「?」


 疑問を浮かべる俺とシャミナ。


「私に夢を見させてくれないだろうか?」


 イスズズの身体の周りを、黒い勾玉が螺旋を描いて飛びまわっていく。

 黒い幕がイスズズを覆い隠す。


「シャミナの申し出はとてもありがたいが、残念ながら私の命はもうごく僅かで、きっとそなた等の帰りを待つ時間は残されていない。それにもう、誰かを待つのは嫌なのだ」


 漆黒の幔幕から聞こえてくるのは、確かな意思のこもった凛とした声。


「やってみないとわからないでしょう! すぐに帰ってくるから少しだけ待っていろ!」


 イスズズの固い意思にシャミナの情がぶつかる。


「それに私とタイガガは、既に多くのあなたたちの同胞を殺めてしまった。それは許されないことだ」


 幔幕が黒水晶のように淡い輝きを放つ。


「裁きが欲しいなら、人間の法に則って罪を決め、罰を与えてやる。償う機会を用意するから大人しく待っていろ」


 俺は人の理を説き、人間の道理に従えとイスズズに迫る。そうすることで、俺たちの帰りを待たせようとした。


「私が好きな夢物語には、いつも絶望的な状況に立ち向かう人間たちの姿が描かれていた」


 黒い輝き強まり、強大なプラーナが黒幕の中で吹き荒れるのを感じる。


「何を言っているの⁉」


 もはや会話として成立しておらず、イスズズの独白となっていた。


「シャミナにリントウ。夢物語の主人公のように、今から二人で力を合わせて困難を乗り越えてくれないか? そなたたちと一緒に旅することが叶わない私に、一度だけ夢を見せてくれないだろうか?」


「イスズズ!」


 黒い塊となったイスズズの体積が急速に膨張し変形を始める。

 黒塊が俺たちを覆いつくし、あっという間に二階建ての家をも超える大きさへと膨む。

 黒い粘土のような立方体が形を成し、太い尾と足、鰐のような蜥蜴のような顔が造形されていく。

 顕れたのは化け物の中でも屈指の強さを誇る竜だった。


「黒い竜?」


 シャミナが異形、というよりも怪物に変身してしまったイスズズを見上げながら呆然と呟く。

 異様な圧力を放つ黒竜の瞳が開かれると黄色い光が宿る。

 太い足の先には真珠色に光る鋭利な爪が伸び、口には短剣の如き鋭き歯が並ぶ。


「イスズズ、どういうつもりだ?」


 人から竜へと姿を変えた超然とした存在に真意を問う。


「単なる我儘に過ぎないが、私はそなた等の雄姿をこの目に焼き付けたい。故に戦いを所望する」


 黒い鱗に覆われた長い首がゆっくりと上へと伸び、申し訳なさそうに先端の顔が下げられる。


「そう言われても、既にあなたと戦う理由が無い」


 シャミナは左右に首を振って、巨大な竜となったイスズズを真っ直ぐに見つめる。

 優しき彼女は、イスズズとの戦いに拒否を示した。


「すまないが、この我儘は押し通させてもらう。故にこれより先、私の心にはもはやどんな言葉も届きはしない。――――すまないな。」


 映る相手を慈しむ、柔らかな黄色い瞳が俺とシャミナを見つめる。

 問答をしてみたものの、イスズズがこの期に及んで俺とシャミナに戦いを挑んでくる理由が分からない。

 だが、彼女なりの決意と事情があるということだけは察することが出来た。


「グアアアアアアアッ!」


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