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夜語り

 思いに耽ることを終えた俺は、じきに戻ってくる相棒の為にすることをすべく立ち上がる。 

 たき火を熾す為に、薪を広いに森へと歩き出した。


「ただいま」


 集めた薪を山なりに並べて火を熾していると、暗がりの中からシャミナが戻ってきた。


「おかえり。湯冷めするから座って温まった方が良いよ」


 シャミナの肌からほんのりと湯気が立ち上り、濡れた亜麻色の髪が頬に張り付いていた。  

 頬の真ん中には形の良い唇があり、艶っぽく濡れている。

 小さな頃からいつも顔を合わせているので普段はなんとも思わないが、最近はふとした時にシャミナから女性らしさを感じてしまう。


「うん。ありがと」


 シャミナは俺と向かいあうようにして尻を地面に着け膝を抱えた。

 相棒の礼に俺は微笑みを返す。

 宵闇に、火が弾け橙の粉が舞う。

 紺碧の瞳はたき火の揺らめきに注がれていた。


「あったかい」


 相棒がぽつりと言葉を漏らす。

 焚き火に手を翳し、温もりというには熱すぎる暖かさで濡れそぼった身体を乾かしている。

 シャミナは、儚い美女の可憐さと冒険者に必要な力強さを併せ持った、しなやかな女だった。


「よし、ご飯にするか」


 俺は鍋に放り込んだ、塩漬け肉と豆と干し野菜の入ったスープがぐつぐつと煮立っていることを確認してから告げる。


「うん」


 鍋から木の椀によそい、相棒に手渡す。


「良い香りね」


 鼻をひくつかせたシャミナの頬が僅かに緩む。


「いただきます」


 食事の準備が整ったところで、木の匙をだし汁に突っ込んだ。

 口に含むと、途端に出汁の旨みが舌に広がる。臭みは無く、豆と干し野菜が良い塩梅で味付けをしていた。肉は柔らかく、食べ応えもなかなかのもの。だし汁に溶けた塩が、味を整え、調和を司っていた。


「おいしい」


 顔を綻ばせ、喜びを露わにするシャミナ。


「ああ、うまいね」


 俺も同じような顔をしているだろう。

 たとえ豪華ではなくとも、それなりの手間をかけた美味しい食事は過酷な冒険の大きな楽しみなのだ。


「街に戻ったら、今日見つけた人工遺物らしきものをちゃんと調べないとね」


 食事を終え、一服ついたところでシャミナが石箱の蓋を開けた。


「だな。もしかしたらこの人工遺物っぽいものが、霧の向こう側に行く手助けになるかもしれない」


 俺とシャミナは世界中をくまなく探検したが、それは霧の壁の内側にある、このアストランテ内に限っての話だった。


「そうなったらいいわね」


 俺たちの住む世界アストランテは、果てが霧に覆われており、そこから先に進むことができなかった。いくら進んでも、立ち込める霧を抜けることが出来ないのだ。

 もしかしたらどこかに霧を超えて外の世界に進出した冒険者もいるかもしれないが、還ってきた者は誰もいない。と俺は聞いている。


「ああ。色々あったがここまで来れた。シャミナ、ありがとう」


 数々の苦難を共に乗り越えてきた相棒に、感謝の気持ちが溢れる。

 俺とシャミナは霧を超えた外界に行くことを夢見ていた。

 未踏の地を切り拓くことこそが、冒険者の本分なのだ。

 幾つかの古い書物には、外界に俺たちの知らない技術や知識が溢れているということが示されている。

 故に、俺たちが霧を超えて外界への道筋をつけることが出来たなら、その意味はこの世界にとっても甚だ大きい。


「そうね。ただの夢見る子供だったあなたが、まさかここまでの期待を背負うことになるとはね。なんだか笑える」  


 俺たちは冒険の最中、不治の病に悩む者や貪欲な技術者など、様々な人々から希望を受け取ってきた。

 未知の世界に眠ると言われる、新薬や新技術を探し出して欲しいという、彼らの願いを俺たちは託された。

 あくまで個人の夢だった外界進出は、冒険者として活躍し名声を広げると共に、いつの間にか俺たちだけのものではなくなっていた。


「期待されるのも、誰からも見向きもされなかった昔を思えばまあ悪くはないさ。それにみんなの希望を背負っているのは、錬金術師の異名を持つシャミナもだろう?」

 

 精霊に愛された術師たる彼女は、恵まれた才能に甘んずることなく意欲的に知識を貪り、魔術だけでなく錬金術をも修めていった。

 その結果シャミナは、もはや俺にとって欠かせない得物となった複合手甲<ダマスカスハウル>を造りだすに至った。

 誇張ではなく、彼女の存在なくして、一線で活躍する今の俺は有り得なかった。


「まったく、大層な肩書きよね。私なんか、ただ契約出来た精霊の数が多いだけなのに。リントウの方がよっぽど凄いと思うわ。なにせあなたのプラーナ量は、竜にも負けなかったのだから」


 贔屓目なしに彼女は凄いと思う。が、当の本人は名声や肩書きにまったく執着がないらしい。


「出来ることをいつもやっているだけだ」 


 俺は傍らに置いたダマスカスハウルに手を添え、自分の役割を示す。

 奇跡の力である魔法が一切使えない俺。だが、奇跡の源であるプラーナの総量だけは人一倍恵まれていた。

 神様の意地悪なのか知らないが、それはとても滑稽だった。

 吹き荒ぶ風の如き力があっても、それを活かすための風車を作る資格が俺には無い。  

 昔は宝の持ち腐れとよく言われたものだ。


「リントウは変なところで謙虚よね」


 その言葉……


「シャミナもな」


 そっくりそのままお返ししたい――だから返した。


「はは」


 お互いに笑い合う。

 闇を照らすのは焚き火の灯り。心を和ませるのは相棒の笑顔。


「そういえば、ダマスカスハウルの調子はどうだった? 今後のために使用感を教えて欲しいのだけど」


 向上心の強いシャミナは、己の知識と技術の結晶である錬金武具のことが気になるらしい。


「そうだな―。俺のプラーナに対する金属の反応も良かったし、前よりも扱いやすかったかな」


 正直に思ったことを述べる。

 そもそも使い道がなかった俺のプラーナ。

 行き場の無かった力の使いどころを、ダマスカスハウルという複合手甲が与えてくれた。

 故にその製作者であるシャミナには感謝してもしきれない。


「うーん。出来れば、改善点を聞きたいのだけどなあ」


 俺の感想を聞いたシャミナは顎に手を当て考え込む。

 現状に決して満足しない姿勢は、未知の冒険を繰り広げる冒険者として真っ当だと思う。


「そうだな。もっとたくさんのプラーナをつぎ込めてもいいかな」


 俺は石竜との戦いでプラーナを注ぎ込み、剣を大剣へと変えた。

 しかしながら、もっと多量のプラーナを供給し、更なる巨大な剣を生み出すことも俺には出来た。

 だが、剣の方がプラーナ需要限界に達してしまい、三メーテル程の大きさに留まったのだ。


「まだ容量が足りないの? 分かった、次の課題にしておくわ。他には何かないかな?」


 驚きに目をしばたかせるシャミナ。


「例のやつはどんな感じ?」


 感想ではないが、気になっていたことを聞く。


「そっちはまだ試作中。なるべく早めに仕上げるつもりだけど、もう少し待っていてね」


 ダマスカスハウルが新たな能力を得るのはまだ先らしい。 


「了解。無理しないように」


 根を詰め過ぎるところがある相棒に注意を促しておく。


「ええ。ありがとう。リントウも無茶しないでよね」

「ああ」


 はにかむシャミナに俺は応える。


「ダマスカスハウルの整備改良に、手に入れた人工遺物らしきものの解析か……やるべきことが多い。早く街に戻りたいわね」


「働き者だな。せっかくだからヤモスグルムに戻るまでの道中も楽しめばいいさ」


 真面目な相棒に、街へ帰るまでの道のりを満喫しようと具申する。

 寄り道はしないが、急ぐ必要もないだろう。何より気の張り過ぎは良くない。


「何を呑気な――と言いたいところだけど、淑女たる者、心にゆとりは持っていないとね」


 俺の意図を察したのか、シャミナは素直に言葉を受け入れてくれた。 

 地図を広げ、此処に遺跡神殿が在るとあたりをつけたのが五日前。

 準備を整え、街を出発したのが三日前。

 人の手が入ってないこの遺跡を発見したのが今日。

 そして、無事にお宝を見つけ脱出し今に至る。

 途中、避けられぬ戦いはあったが、今回の冒険は順調と評していいだろう。


「そういえばさ――」


 焚き火に新たな薪をくべていると、気が付いたことが一つ。


「ん、何?」


 火の暖かさに溶かされ、柔らかな笑みを作るシャミナ。


「本物の淑女は、自分のことを淑女たる者なんて言わないと思うよ」


 そんな彼女に助言を贈る。


「うるさい」


 急転する相棒の顔。

 氷点下の瞳に射すくめられる俺。

 良かれと思って教えたのだが……どうやら余計なお世話だったようだ。

 やれやれ、女心は難しい。


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