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鈴の音

「お返しだ」


 刃の先に炎が集まり、獲物に襲い掛かる蛇の如くシャミナの元へと放たれる。


「シャミナ!」

「平気!」


 俺の声に相棒はすぐに反応。彼女の目の前に石壁がそびえ立つ。

 紡いでいた魔法を上手く使い、炎蛇に対応したようだ。

 俺は炎の蛇が石壁にぶつかり散っていく。ことは確認せず、すぐさまイスズズの下段へ切り込む。

 イスズズは左手に握った鞘で俺の剣を受け流し、そのまま踊るように風雅に回転。

 円運動の勢いから錫杖刀の一閃を見舞ってくる。

 俺は左に跳ね、イスズズの斬撃を回避――しつつ引き鉄を引き手裏剣を発射。

 イスズズは左右の鞘と刀を使い、乱射される手裏剣を弾いていく。

 金属が弾かれる音に錫杖の鈴の音が加わり、戦いに相応しい鋼の音楽を再び奏でられていく。


「巧い」


 見惚れてしまうような精緻な手捌きに、思わず賛美の声が漏れてしまう。


「押し込むわよ、リントウ!」


 攻めあぐねているところへシャミナの援護が追加。手裏剣の刃に石の礫が加わった。


「ぬ」


 殺到する刃と礫にイスズズが苦悶の声を挙げる。

 別方向から放たれる刃と礫を完全に回避することは難しいらしく、幾つかの攻撃がイスズズの肌を裂いた。

 二本の腕で攻撃を防ぐことを諦めたイスズズが再び結界を張り巡らせる。


「読み通り!」


 俺は瞬時に距離を詰め、結界もろともイスズズを斬り裂くべく、渾身の力を込めて剣を振る。

 分厚い壁の手応えを斬り越え、イスズズの肩口から真下に剣を振り下す。

 錫杖刀を握った腕を切断すると、鮮血が飛び散った。


「見事だ」 


 イスズズが飛び退き鞘を水平に構える。

 すぐに追撃に移ろうかと思ったが、目の前に落ちたはずのイスズズの右腕が動きだすという奇怪さによって足が地面に縫いとめられた。

 斬り飛ばしたイスズズの右腕が宙に浮き、肩の切断面とくっついていく。


「そっちもな」


 刀捌きもたいしたものだし、手品さながらに腕が接着させるという奇術じみた芸当とも見事というほかない。

「お前たちは個々の実力もたいしたものだが、二人になると厄介極まりないな」


 イスズズが錫杖刀を鞘に納める。


「ここらで俺たちの言うことを聞く気になったか?」

「残念ながら私は昔から聞き分けが悪くてな」


 首を振るイスズズが錫杖を地面に突き立てると再び鈴が鳴り響く。

「それに、仕込みがようやく整ってきた。ここからが本番だ」 


 嫣然と微笑んだイスズズがプラーナを錫杖に注ぎこみ抜刀。すると今度は炎ではなく、紫電が刀身に絡みついていた。

 魔法の力を再び刀身に宿したらしい。

 明滅する光の筋がうねり刃を駆け巡る。雷を帯びた錫杖刀が軽く振られると、鍔の先に付いた鈴が周囲に音を撒く。


「うっ!」


 鈴の音に続いて、シャミナの悲鳴。

 思わず振り返ると、頭を押さえてうずくまっていた。


「シャミナに何をした?」


 俺の気が付かない間に、状態異常を付与する魔法を発動したとでもいうのか?

 嫌な予感に冷や汗が出る。 


「敵に教えてやるほどお人よしではない。それよりも何故お前は平気なのだ?」

「俺としても不親切な輩に教える義理はない」


 俺は、不可視の魔法によって相棒を攻撃したイスズズを眇め見る。


「シャミナ! 平気か?」

「……なんとか、ね。 でも頭が痛くてしばらく魔法は使えそうにないわ」


 状況を確認。すると、おそらく生命の危機ではないと分かった。だが魔法の援護は期待できそうにない。 


「ここからは一対一の勝負になるが、よいか?」


 不敵な笑いが俺に向けられると、刀の上を雷が奔る。


「よくないな!」


 イスズズの言葉に抗い、俺は距離を詰めていく。

 敵の言葉に従ういわれはない!

 俺は前に出ながらも、シャミナに魔法を停止させるほどの頭痛を引き起こした原因を分析していく。イスズズの口ぶりからするに、彼女はシャミナだけを狙ったのではなく、俺にも状態異常魔法を掛けようとしていたようだ。

どうやって? 状態異常を引き起こす魔法を使う素振りはなかったはずだ。

 考える。イスズズの一挙手一投足に何か不自然な所はなかっただろうか?

 目まぐるしく、イスズズと対峙してから今までの記憶が再生される。錫杖をかざし、錫杖刀を振る彼女。そして目まぐるしい攻防を繰り広げる中でしゃらんとなる鈴。

 ――違和感に気が付た。鈴の音か!

 戦闘の邪魔にしかならないはずの鈴が錫杖の先に付いていることに違和感があった。だが、錫杖の先に付いた鈴を鳴らすことによって音を聞いた者に異常をきたす仕組みであったのならば納得がいく。

 つまり、シャミナを苦しめる原因はあの鈴にあるのではないか?

 イスズズにとって不運だったのは、俺がすこぶる状態異常系の魔法に強いということだった。

 魔法が使えないおかげなのか知らないが、俺は昔から人体の器官などに影響を及ぼす状態異常系の魔法に対して耐性があった。

 引き伸ばされた時間の中で閃いたことを信じ、俺はイスズズの身体ではなく錫杖刀に付いている鈴に狙いを定める。

 一刻も早くシャミナを苦しみから解放しなければ!

 雷光を帯びたイスズズの斬撃に、剣を合わせて受け止める。 


「はっ!」


 同時に空いている左手で錫杖刀の柄に付いている鈴を引きちぎって奪う。


「ほう、相方の不調の原因を鈴の音と判断したか。――――ご名答」


 重なる刃の向こうでイスズズは余裕の笑み。


「種は壊したし、もう迷惑千万な手品は使えないぞ」


 負けずに俺も不敵に笑って返してやる。


「ならこういう手はどうだ?」


 イスズズが半月型に口元を吊り上げると、帯電している錫杖刀から、絡み合う刃を伝わって俺の握る剣へと紫電が伝わる。


「いいっ!」


 刹那、雷撃の衝撃が剣から右手へ。右手から全身へと広がる。

 脳が震え身体が痺れる。

 身体が硬直し身動きがとれない。ついでに声も出せない。瞬間的に無防備となってしまった。

 考えるまでもなく、近接戦闘の最中で出来た一拍の空白は致命的。

 事実、イスズズが好機とばかりに大きく踏み込んで錫杖刀を大きく振る。

 俺は動かない身体を使っての、防御や回避という選択を即座に放棄。代わりに、唯一平気な意思を使って、身に宿るプラーナを左手のダマスカスハウルに猛烈に流し込む。

 加護の力が全開発動。魔文字が浮かび上がり、身体に精霊の力が付される。万全ではないがなんとか身を守る態勢は作れた。

――――ところにイスズズの腕がしなり銀の刃が閃く。


「っつ!」


 身体の戒め解けると同時に声が漏れてしまう。

 自分の身体を見ると、左肩から右わき腹へと、錫杖刀が振り抜かれた跡があった。

 視界に飛び散る鮮血が映ると、焼けるような痛みが身体を苛む。


「せいっ!」


 ――――痛くても、死にたくないからやり返す!

 俺は傷を無視し、即座に反撃。 

 追い太刀が来る前に、前蹴りを放ちイスズズを後方へ蹴り飛ばした。


「両断するつもりだったのだが断ち切れなかったか。なかなか頑丈な身体をしている。うらやましいことだ」


 イスズズが錫杖刀を振って血を払いつつ、納刀。


「冗談にしても笑えないな」


 もしシャミナにダマスカスハウルを改良してもらっていなければ、今ので本当に身体が二つに分れていたかもしれない。


「皮肉や冗談ではない。心からの賛辞だ。困難や痛みに屈しないお前は、お伽噺の冒険者や勇者のようだ」


 イスズズが熱のこもった視線で俺をじっと見つめる。


「お褒めに預かった俺は、絶賛出血大奉仕中だがな」


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