無法者対選定者
「ここはどこなの?」
周りを見渡すシャミナ。
折れた柱が等間隔で並び立ち、亀裂の入った石の地面からは草が飛び出ている。
それは冒険者である俺に馴染みの深い、古びた遺跡だった。
「ここは二つの世界の境目。普段は霧に隠されているが、今は私の力で抑えている」
どこか超然とした雰囲気を醸すイスズズが告げる。
「レッシュとアリスはどこだ?」
世界の境目に到達したという驚きよりも、霧が晴れると同時に二人の姿も消えてしまっていたという不可解が先んじた。
「あの呪い使いと魔女はタイガガと一緒に居る。安心しろ、私が取って食った訳ではない」
「教えてもらおう。なぜ俺たちに興味を抱く?」
「よかろう。お前の名はリントウといったか?」
頷いて肯定。
「お前たちが世界を超えようとしているからだ。私はそれを見定める役を担う者。選定者なのだ」
音吐朗々と語るイスズズ。
淀みなく力強いその声から、選定者という自分の役目をイスズズは誇りに思っているのだと感じた。
「俺たちが外界に行くのにふさわしい人物か、あんたが見極めるのか?」
選定者。シャミナが調べた通りの情報だ。
「ああ。だから覚悟と力を私に示せ。その両方が無ければ、我々にとってお前は無価値な存在となる」
尊大な物言いだったが、イスズズの瞳には使命を全うする者が宿す真摯さがあった。
「ならなぜ人を襲った? 俺たちからすればあんたは選定者ではなく単なる殺戮者だぞ」
だが実際には、イスズズは門を守るわけでもなく、人を選ぶわけでもなかった。
彼女は俺たち人間に危害を加えてきたのだ。
「…………待ちくたびれたのだ。いつまで経っても見定めるべき人間が私の元へやって来なかったからな」
僅かな沈黙のあとに、しめやかな声が紡がれる。
「あなた、ひょっとして暇つぶしの為に人間を殺したの?」
哀切な声にシャミナが反応。
「……そうだ。私にとって暇を持て余すということは死に値するほどの苦痛。待てども待てども変わらない現状に、私は耐えられなくなったのだ」
「ずいぶんと自分勝手な選定者ね」
シャミナがイスズズを咎めようと、怒りを皮肉にして返す。
「そなたの主張を認めよう。私は手前勝手な輩である」
言い訳をせず、人間如きがと嘲るわけでもなく、素直に己の非を認めるスズズ。
「イスズズ。こっちは同胞を何人かやられた。選定どうこうの前に、まずは人間の流儀に従ってけじめをつけさせてもらう。俺と一緒に街へ来い」
ひょっとしたらイスズズにも何か事情があるのかもしれない。
が、話を聞く前にまずは被害者の家族や仲間に詫びてもらいたい。
「そなたの言う道理は理解するが、断る。悪いがこちらの流儀を通させてもらうぞ」
「……そうか」
お互いの視線が真っ直ぐにぶつかる。微塵も揺がない。イスズズの眼には神を信じる殉教者の如き京子決意が滲んでいた。
「冒険者よ、全てを捨て、命懸けになるとしても世界を渡る覚悟はあるか?」
「我侭なあんたの問いに答えたくはないが特別に教えてやる――――望むところだ。そして殺戮者に選んでもらわずとも、自分の力で世界を渡ってやるさ」
「良い返事だ。女子のほうも同じか?」
「くだらないことを聞くわね。私はお人よしなリントウとは違うから、つまらない質問には答えないわ。
――――ただ慈悲の心から一つだけ忠告しておいてあげる。覚悟をするのはあなたの方よ!」
シャミナが杖を構え、対峙する麗人へと向ける。
「その勇敢さと覚悟。気に入ったぞ、お前たち」
イスズズが微笑む。それは見る者を見惚れさせる、美しくも儚い笑顔だった。
「霧の向こうに行く前に、落とし前はつけさせてもらうぞ、イスズズ」
「望むところだ。かかってこい、リントウにシャミナよ」
「シャミナ。あいつを倒し、引きずってでも街へ連れて行く!」
「骨が折れそうだけど、やりましょう」
「その勇気と気高い心、尊敬に値する。あとは実力があればなお良し!」
イスズズガから放たれる圧が増す。同時に彼女が右手に持った錫杖で床を叩くと、杖の先に付いた鈴がしゃらんと鳴る。
イスズズの身体からプラーナが迸り、逆巻いた風が対峙する俺の前髪を靡かせる。
「いくぞシャミナ!」
腑に落ちないことはあったが、相手は既に臨戦態勢。ならば俺も疑問を飲み込み戦うしかない。
「ええ!」
返事と共に、後衛のシャミナが後ろに飛び退いて距離をとる。
対になる形で、俺はイスズズの元へ駆け出し距離を詰める。
素早く銀指輪をダマスカスハウルに重ね片手剣を生成。柄を引き抜き、そのまま弧を描く斬撃をイスズズへお見舞いしてやる。
「ぬるい!」
イスズズの錫杖が俺の剣を受け止める。
弧閃の風圧で、イスズズの着ている民族衣装風の服のゆったりとした裾がはためく。
「お得意の干渉結界は張らなくて平気か?」
刃を押し込みながら、俺は不敵な笑みを浮かべてやる。
「必要になるまで追い込んでみせろ、人間!」
愉しそうに答えるイスズズが、錫杖の先にプラーナが収束させる。
――魔法が来る!
嫌な予感に怖気が奔る――――同時に刃を引き、俺は限界まで身体を後ろへと仰け反らせる。
空いた空間に稲妻が迸った。
「良い勘をしている」
顔に余裕の笑みを湛えるイスズズ。
「姿勢そのまま!」
シャミナの声。同時に稲妻が過ぎ去ったあとの虚空へ、反対方向から火球が飛来。
俺は仰け反ったまま、反転した視界でシャミナが火系魔法《赤炎球撃》を紡いでいたことを確認。言われた通り仰け反ったままで姿勢を維持していた。
魔法の撃ち終わりを狙ったシャミナの一撃が、イスズズへ向かって放たれた。
「連携も見事だ」
瞬間、俺の頭上を水球が通過し、シャミナの放った火球に向かっていった。
水と火が重なり、二つの魔法が相殺、火と水は水蒸気となって消失。
イスズズは、雷撃魔法から間を置かずに連続して水系魔法を使ってきた。
魔法の発動時間が恐ろしく早い。このぶんだと二重同時発動も可能とみて間違いないだろう。
それは高位の魔物でも、とりわけ魔法が得意な種族だけが出来る芸当であり、人間離れした技術だ。
「ふん!」
俺は魔法合戦の隙間を狙い、仰け反ったまま、強引に剣を縦に振り上げる
「さらに抜け目もない。それでこそ私が求めた冒険者だ」
切っ先に固い感触。俺の剣はイスズズが斜めに構えた錫杖によって受け流された。
ならばと思い、背筋に力を入れて勢いよく身体を起こし、そのままの勢いでイスズズの空いた右側面を左拳で狙う。
イスズズの手首が捻られ錫杖が旋回。鈴が鳴るとともに、杖の円運動によって俺の拳が弾かれる。
――――こいつ、俺たちに上から物を言うだけの実力を備えている。
イスズズは魔法も得意だが、近接戦においても錫杖の扱いが巧みで防御が固い。
少し手を合わせただけだが、この段階で技と魔法の練度が極めて高いと判断できる。
厄介な相手だ。




