表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
35/49

無法者は錬金術師の為に

 食事を摂り休憩を終えたシャミナは再び工房へと向かっていった。

 俺は灯りの点いた工房に背を向け、広場へと向かう。

 誰もいない静かな広場には、藍色の天から月明かりがじんわりと注いでいた。

 俺は広場に立ち、プラーナを滾らせつつ頭の中に結界女と獣人のことを想う。

 まるで俺たちのような冒険者を待っていたかのような物言い。

 見たことも無い、強力な結界と治癒術。

 あの二人の瞳には、本気の人間が宿す苛烈な意思が宿っていた。

 謎が多すぎるが、指名された俺たちは誘いに乗り、向かっていくことを選んだ。

 柄ではないが、平和とやらのために行かねばならない。


「ふう」


 息を吐き出し思考を絶ち切って瞳を閉じる。

 頭の中に、ここ最近ずっと相手をしているレッシュを思い描く。

 彼の動きを思い出し、仮想の対戦相手として目の前に想像。

 俺は木剣を構え、想像の産物であるレッシュと対峙、攻防を繰り広げていく。

 三、四と剣戟を重ね、ここにはいない想像上の好敵手へと挑んでいく。


「やはり強いな」  


 余すことなく内に秘めたプラーナを出し尽くしたところで、仮想敵との勝負もついた。

 結果は俺の負け。

 単純な剣の腕では、今のところどうやっても俺はレッシュに勝てないらしい。 


「はは」


 だからこそ、自然と笑みが浮かんでしまう。

 レッシュという目標があるおかげで、俺はさらなる高みを目指せる。

 頂きに上り詰めれば、下の景色は良く見えるが、逆に見上げた先には空しか映らない。

 それでは面白くない。

 超えるべき相手がいるからこそ、超えてやろうという気になるものだ。

 心地よい疲労が身体を巡る。

 未踏の地を踏破したいし、剣の腕もいつかはレッシュを超えたい。

 他にも色々とやりたいことは多い。


「俺は欲張りだな」


 高揚する気持ちが珠の汗となって浮かびあがる。

 額の汗を拭っていると、心地の良い夜風が吹き、良い塩梅に火照った身体を冷やしてくれた。


 出立前の最終日。これまでと変わらずに、俺はレッシュと剣のぶつかる激しい逢瀬を重ねていた。


「ふん、この七日でまた剣の腕を上げたようだな、リントウ」


 レッシュが剣の切っ先を俺に向けて評を下す。 


「そうなのか? ありがとう」


 指摘されるまでまったく気が付かなかったので、素直に嬉しい。

 意外と己のことは自分自身では気が付かないものだ。


「まあ、その分私の剣も鋭さが増したがな」


 レッシュの場合は違うようだが…… 


「なら明日は、上達した剣を存分に振るうとしようか」


 俺は共に汗を流した好敵手に檄を贈り、この七日間の絞めとした。


「ふん、言われるまでもない」


 不敵に笑って応え、鞘に剣を納めるレッシュ。

 こうして俺とレッシュの剣の交わりは終わりを迎えた。

 

「リントウ、出来上がったわよ!」


 レッシュが去ると、シャミナがダマスカスハウルを胸に抱えて走って来た。


「おかえりシャミナ」


 息を弾ませる相棒の顔には、ありありと喜びの色が滲んでいた。

 目標が達成できたのだろう。


「さっそく試してみて」


 抱えていたダマスカスハウルを俺へと差し出す。 


「ああ」


 俺は漆黒の手甲を受け取り、さっそく左腕に装着。見た目は以前と変わっていないが……


「プラーナを流してみて」


 頷いた俺は、言われた通りプラーナをダマスカスハウルに注ぎこむ。

 暗黒色の装甲から幾何学的な模様の黒い光が放たれる。

 さらに見慣れぬ赤青緑黄の四つの文字が、黒色に光る金属の上に浮かび上がった。


「これが魔文字?」

「そうよ。どうかな? 四つの加護を得られるように基本式を組み込んでみたのだけど」


 俺は身体をほぐし、走る。

 身体がすこぶる軽い。シャミナに身体強化系の魔法をかけてもらっている時に近い感覚だ。


「良い感じ。身体は軽いし、力が漲ってくる」


 親指を立て、不安がる相棒を安心させる。


「ふう 成功ね。ちなみにリントウのプラーナを私のプラーナに似せることによって、疑似的に精霊契約の加護を発動させているのよ。あなたのプラーナを、私の質に似せるのはかなり大変だったのだから」


 ほっと胸を撫で下ろし、開発の苦労を語るシャミナ。


「ほんとうにありがとう」


 俺には彼女の言っている言葉の意味がよく分からないし、苦労も分かち合うことが出来ない。

 だからせめて真摯にお礼を述べる。


「いいって別に。それより話を続けるわよ」


 普段と様子の違う俺の態度にびっくりしたのか、相棒は両手を前に出して掌を揺らした。    


「長所としては、プラーナをダマスカスハウルに流し込んでいる間、恒常的に加護術式が発動し、身体能力が強化される。加えて外部からの攻撃に対しての防護効果も発現するわ。その代わりに注意してほしいのは、加護が発生している間中、プラーナを消耗してしまうということ」


 調子に乗って加護式を発動させ続けていると、大事な時にプラーナが空になってしまうかもしれないらしい。


「つまり、考えなしにずっと加護術式を発動させるなってことだな」

「その通り。プラーナの残存量を考えながら使うようにしてね」

「わかった」


 首を縦に振るシャミナに、俺も頷いて理解を示す。


「……おほん、あとこれも完成したわよ」


 一泊の間を置いた後、咳払いをしたシャミナが頬を赤く染め、俯きながら指輪を俺の掌に乗せる。


「おお、新しい指輪も完成したのか」


 白金に輝く指輪を受け取り、さっそく空いている左薬指へ嵌めてみる。

 大きさはぴったりで指によく馴染んだ。 


「で、これはどんな形状になるのかな?」


 左手に嵌めた白金指輪を眺めつつ、気になることを聞く。

「やはりリントウには、左手薬指に指輪を嵌めるということの意味は分からないか……」 


 ごく小さな声で呟くシャミナ。


「ん? なにか特別な意味があるのか?」

「なんでもないわ」


 首を左右に振り嘆息したシャミナが、どこか投げやりな態度での使い方について説明を始める。


「面白いな」


 話を聞いた俺はすぐにでも新指輪の性能を試してみたくなった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ