こだわり
「いくぞ! リントウ」
「ああ!」
アゾット剣の切っ先が、俺の剣先と僅かに触れ合う。
無機質な金属のぶつかる音を合図に、俺とレッシュは戦いが始まる。
この五日間。俺は自分以上の実力を持つレッシュと剣を交えることで、戦う力を高めてきた。
レッシュの洗練された剣術は、理に適った動作の集合で、我流の俺には無い時代の重みが顕れていた。
俺たちは時間を忘れ、落日の橙が群青に変わる頃まで、はしゃぐ子供さながらに剣を交えた。
「様々な物事を置き去りにして考えれば、お前との闘争は良いものだ」
剣を納め、満足そうに口の端をあげつつ、手で汗を拭うレッシュ。
「はは。俺もレッシュと戦うのは楽しいよ。なんといっても新しい発見の連続だからな」
自分には無い未知の技を持つ相手だからこそ、俺は貪るように挑んで技術を吸収することが出来た。
俺の方としても、レッシュには感謝しなければならない。
「リントウよ、一つお前に良いことを教えておいてやる」
ふいにレッシュが口の端を上げる。
「ん、何だ?」
俺は半月のように唇をゆがめるレッシュをじっと見つめる。
「私は秘密の特訓により、新たな秘技を編み出すことに成功した」
レッシュはレッシュで、俺との合同訓練以外にも、独りで技の研鑽に勤しんでいたらしい。
「やるなあ」
無類の才能に加え、努力を怠らないその姿勢を、俺は素直に賞賛。
「予言しよう。今度の戦いでは、お前は私の新秘密技に驚くことになるだろう」
だが、この好敵手は一つ当たり前のことを忘れている。
「秘密の技があると暴露した時点で、俺を驚かせるのはかなり難しいと思うよ」
故に、その予言は外れるだろう。
レッシュが大げさな咳払いを一つ。
「……リントウよ。今のは忘れろ」
浮かび上がった朧月に視線を合わせ、か細い声でレッシュが呟く。
「善処はするよ」
思わぬ言動に俺の頬も少し緩む。
美の極致たる完璧な相貌に比べ、抜けているところの多い彼の内面が微笑ましい。
なので、忘却しようと努力することによって、逆に記憶に強く残るという現象が起こる気がしたが、それは言わないであげることにした。
「ところで、あの怪しい手甲の改良は間に合いそうなのか?」
話題を変えたかったらしいレッシュが、思い出したかのように問いかけてくる。
「ああ。もうシャミナの手は離れ、今は鍛冶師に預けてあるよ」
「ふん。お前はあの錬金具と噛みあってこそ、私が認める無法のリントウだからな」
きっと、彼なりに俺のことを気にかけてくれているのだろう。
「呪剣士たるレッシュに認めてもらえるとは光栄だな」
言葉通り、俺だけではなく、シャミナの造ったダマスカスハウルもレッシュに評価されているようで嬉しい。
「リントウ。私の足を引っ張らないよう、精々しっかりやれよ」
いささか尊大な物言いだが、レッシュなりに発破をかけてくれている。のだろう。
「やるさ」
それが分かるほどには、俺と彼との付き合いは長い。
「ついでだから、事が終わったらレッシュも一緒に霧の向こう側にある世界に行こう」
お返しに、俺もレッシュの励みになるような言葉を贈る。
「断る。私は、お前たちと一緒に外界に行くつもりはない」
だが、俺のささやかな贈り物はきっぱり突き返された。
「ならレッシュたちはどうやって渡界するつもりだ?」
彼が目指す場所は俺と同じはず。それにも係らず一緒に行くことを拒むというのなら、何かしらの理由があるのだろう。
「己の力で別の道を見つけるまでだ。私は、人の施しで道を往くことはしない」
迷いなく、力強くそう告げるレッシュの銀の瞳には、断固たる決意が顕れていた。
「……それは騎士の誇り故か?」
同じ場所を目指す者として、レッシュが示す確固たる意志の源泉を、俺は知りたくなった。
「個人的なこだわりだ。私の道は、私が見定め切り拓いていく」
レッシュが美しいのは見た目だけではない。その精神にも、磨き上げられた順銀の如き高潔な輝きがあった。
「そっか。それなら仕方ないな」
俺は身分ではなく、レッシュ個人の銀の意思を尊重する。
やはりこの男は格好いいな。
「ふん、戯れがすぎたな。私はもう帰るぞ。」
反転すると、月光を編み込んだような光沢を帯びた銀髪が靡いた。
こちらを振り返ることなく、颯爽とレッシュは去って行った。
「ん?」
独りになった俺は家に戻ろうとしたが、工房に灯りが見えたので寄ってみることにした。
「身体は平気なのか?」
愛用の杖をいじるシャミナに声を掛ける。
「ええ、もう大丈夫。心配かけてごめんね」
そう言いながらも、彼女は俺に視線を合わせることなく動作を続けている。
作業が佳境なのだろう。
俺はそれ以上シャミナに話しかけることはせず、静かにその場を後にした。
手伝えることがあるわけではないので、俺なりに彼女をもてなすことで苦労を労おうと思ったのだ。
「やるか」
台所に立った俺はシャミナの好きな料理を作るべく、材料を用意。
まずはオリーブの油を鍋に敷き、燻製肉を炒める。肉を軽く炙ったら、今度は玉葱人参キャベツなどの野菜を手頃な大きさに切って鍋に投入し水を流し込む。
そこに人参椎茸昆布ローリエなどを水分が抜けきるまで干し、ひからびたそれらを粉末になるまで砕き、香辛料を加えて作った自家製の調味料を投入。
湯が沸騰し、鍋の中の野菜が柔らかくなるまで煮詰める。頃合いになったら調味料で味を整え腸詰肉を加える。
その後再び鍋が煮立ったらシャミナの好きなポトフの完成だ。
今さら気が付いたのだが、彼女は煮込んだ料理が好きらしい。
「うん、おいしい」
湯気が立ち昇る椀の中のだし汁を匙で梳くい、口に流し込んだシャミナが顔を綻ばせる。
シャミナに続いて俺もだし汁を口に流し込む。
野菜と肉の旨みが調和し、手製の調味料が味に深みを与えている。
「うん、我ながらなかなか上手く出来た」
舌の上に広がる温かみとまろやかな味の二重奏に俺も満足。
「使い魔は造れそう?」
シャミナの努力が実を結ぶことを祈りながら俺は聞く。
「なんとか。今はどんな特徴を持つ使い魔にするのか考えているところ」
息を吐きだすシャミナ。
彼女の話し方から、目標達成までの道のりに終わりが見えたが、まだ乗り越えなければならない壁があるといった感じに思えた。
「ふむふむ」
俺には彼女に掛ける言葉が思いつかない。だが話を聞いているだけでも、多少の気晴らしになるだろう。
「ただ、杖を使い魔化させると、その後の魔法は杖なしで発動しなければならないのよね」
杖を別のモノに変えるのだから、それは仕方ないことではあるが……
「魔法の使用効率が落ちるということか」
杖という触媒が無くなれば、魔法をシャミナ個人のみの力で使うことになり、より多くのプラーナを消耗することになる。
「ええ。つまりは使い魔を創造する時はその後の危険もよく考えないと駄目ってこと」
使い所が難しいらしい。
「なるほど。切り札みたいなものか」
だが、危険があるならそれに見合う収穫もあるはず。
まだ想像するしかないが、シャミナの使い魔はきっと強力な魔生物なのだろう。
「……まあ、そうね」
やや間を置いてから、シャミナが首肯する。
「ならいいじゃないか」
問題はない。シャミナなら切り札を切るべき時を見誤ったりはしないだろう。
それに、個人的にも奥の手には浪漫があって良いと思う。
「ふふ、確かに造る前から気にしてもしょうがないわね」
話しているうちに何かが吹っ切れたようで、シャミナから笑みがこぼれる。
「きっとなるようになるさ」
俺は茹であがった腸詰肉を頬張る。
「お気楽者のリントウと話していると、悩んでいる自分が馬鹿らしくなるわね」
「それって褒めているのか、貶しているのかどっち?」
「両方」
いたずらっぽく舌をだすシャミナ。
褒められていようが貶されていようが、彼女が愉しそうなのでよしとしよう。




