職人と商人
残り二日。
「申し訳ないのですが、急ぎでお願いします」
鍛冶師の元へ向かい、リントウから預かったダマスカスハウルと刻印の浮かぶ真銀板を渡す。
工場は炉の熱で夏のように暑く、火の明るさが少し目に染みた。
「はいよ。話は弟子から聞いている」
返事をしてくれたのは、短く刈り込んだ白髪交じりの頭。鋭い目の上に火花避けの分厚い耐熱眼鏡を装着した、鍛冶一筋四十年の専門家。一流の職人らしいこだわりが顔にも顕れているのか、気難しい印象を見る人に与えがちなダイスムさんだった。
私はダイスムさんに設計図を渡し、要望を伝える。
「わかった」
寡黙なダイスムさんは短く返事をすると、指をくいと折り曲げ、ダマスカスハウルと真銀板を渡せと促してくる。
「その……出来そうですか?」
名工と呼ばれるダイスムさんにそれを聞くのは失礼かと思ったが、どうしても心配だったので遠慮がちに聞く。
「俺は無理な仕事は引き受けない。明日の夕方辺りに取りに来い」
仏頂面で答えたダイスムさんだったが、特に気分を害した様子はなかった。
この人はいつも機嫌が悪そうなのだ。
「ありがとうございます!」
「おまえさんは仕事に見合う金を払うのだから、礼なんて言わなくていい。俺はもう仕事に取り掛かるぞ」
素気無い言葉を述べ、ダイスムさんは背を向けて行ってしまった。
職人は口よりも仕事の出来で語る。
私には彼の背中がそう言っているように思えた。
ぺこりと頭を下げ、私はその場を離れる。
ガーノックさんが根っからの商人ならば、ダイスムさんは生粋の職人だ。
続いてガーノックさんの元へ向かう。
獣人と結界女の正体についての手がかりとなりそうな物を捜してもらっていたが、よもやと思う巻物が見つかったらしい。
「手を尽くして方々を捜した結果、それらしい巻物が一つ手に入りました」
皺の刻まれた顔を綻ばせ、ガーノックさんが告げる。
「ありがとうございます。さっそく読んでもいいですか?」
私は古めかしい巻物を受け取るとり、紐に手をかける。
「もちろんです、さあ」
ガーノックさんから了解を得ると、さっそく巻物を縛っている紐を解いて中の文字に目を落とし読み始めていく。
巻物はところどころ文字が掠れており、とても読みづらかった。が、ゆっくりと目を滑らせていくと内容が頭の中に入ってきた。
「これは……⁉」
頭の中に衝撃が走る。
巻物には、獣人タイガガについて驚くべき記述があった。
外界と内界の境には守り人が存在する。
守り人は霧の向こうに広がる世界と、こちらの世界との境界に居座り、渡界する者を選定し、時には追い返す番人の役割を果たす。
番人は人に見えるが人間ではない。亜人といわれる種族である。
「あの獣人は亜人といわれる、二つの世界の行き来を監視する番人なのではないかしら?」
巻物の記述からそう予想をした私は、急いでリントウの元に向かい、彼に話した。
「本人に会った時に問い質してみよう!」
瞳を爛々と輝かせ、私の話を興味深そうに聞くリントウはまるで子供みたいだった。
「そうね」
期待通りの反応。わざわざ走って来た甲斐があるというものだ。
「上手くいけば、皆の危険を排除出来るし、俺たちの夢にも手が届く。一石二鳥になりそうだな!」
興奮を隠さずに喜びを身体全体で示すリントウ。
「ギルドからの報酬というおまけまでつくしね」
微笑ましい彼の言葉に合いの手を入れるのが楽しい。
「はは」
「ふふ」
長年の夢だった外界進出。その手がかりが向こうの方からやって来た。
「ねえ、リントウはもし夢が叶って外界に行くことが出来たら、次はどうしたい?」
念願が目の届く位置まで舞い降りてきたことで、是非聞いてみたくなった。
「そんなの、決まっている。今度は外界を旅して次の夢を探しにいく!」
期待通りの言葉。リントウならきっとそう言うと思った。
「あなたらしいわね。そうなったら未踏の地を二人で旅することになるのだから、私はより一層しっかりしないと駄目ね」
見知らぬ世界を旅するのは大変だと思うが、だからといって苦にはならないだろう。
なにせリントウと一緒なのだから。
「ありがとうシャミナ。キミがいたからここまでやって来れた」
控え目な笑みを私へと向けるリントウ。
「どうしたのよ、急に?」
突然の感謝の言葉に少し戸惑う。
「なんでもないよ。これからもよろしく」
首を振って、右手を差し出すリントウ。
「へんなの」
私は左手を差出し彼の手を握る。思ったよりもごつごつしていて、男の子の手だった。
リントウは自分の夢に私を巻き込んでいることに、心の隅の方で申し訳なく思っている。気がする。
それを口にしないのは、言ったところで自分への慰めにしかならないと分かっているからだろう。
「でもまあ、これからもずっとよろしく、リントウ」
私はこれ以上にないくらい満面の笑みに、「あなたらしくないから申し訳ないなんて思わないでよね」という意思を込めてリントウに見せつける。
実際に、リントウが傍にいない生活など、私は微塵も考えていない。
私は自らの意思で、彼の夢に巻き込まれているのだ。
リントウの横で彼と同じ景色を見る為に。
「ああ」
私の心意気が伝わったのか、控え目だったリントウの笑みが自然なものになってくる。
「念のため言っておくけど、私を置いていったら一生許さないわよ」
冗談めかした言い方で、相方にくぎを刺しておく。
「分かっているよ」
すると、ようやく私の好きなリントウの笑顔が返ってきた。
「むしろ俺の方が置いていかれたりしてな」
併せて余計なひと言をおまけとして付けてくるのが、なんとも彼らしい。
「つまらない冗談」
いらないおまけなど切って捨ててしまえ。
「シャミナ、冗談っていうのは基本的につまらないものだよ」
こちらが切ったと思っても、たまに切り返してくるから、リントウという男は侮れない。
「まあ……確かにそうかも。リントウにしてはなかなか鋭いわね」
だが私とて彼に翻弄されてばかりではない。
「褒められている気がしないな」
「ええ、褒めてないもの」
他愛もない会話の中で、やられたりやり返したりするのが私は好きだ。
「はは」
リントウは降参とばかりに手を上げて肩をすくめる。
それは怠惰で柔らかな日差しが降り注ぐ、午後の一時だった。
こういう時間がずっと続いたのなら、いいなあ。
甘い感情に浸っていると、次第に意識が白濁していった。




