魔改造開始
ここ二日、お世話になりっぱなしの少女にお礼を述べ、その日から私は魔文字に魔法組成式を組み込む練習に励んだ。
この魔文字を使いこなせるようになれば、ダマスカスハウルに魔法の組成式を組み込むことが出来るようになる。
そうなれば、リントウはプラーナを捧げることで魔法を使う。まではいかなくても基本式でも組み込めれば加護の恩恵くらいは受けられるようになるかもしれない。その為にはさらにもう一つ工夫が必要になるが……
でもやってみる価値はある。
想像を繋いでいくうちに、私は俄然やる気になった。
成功した場合、ダマスカスハウルを扱う際のプラーナ消費量が増大してしまうという損失が生ずるが、彼ならばまだ平気だろう。
リントウの戦い方は、彼の宿す莫大なプラーナに依存している。
錬金武具ダマスカスハウルは指輪と併せプラーナを注いで使うことを前提にしており、枯渇してしまえばただの飾りとなってしまう。
元々は、魔法を使えないという欠点を、リントウの驚異的なプラーナを活かすことによって補おうという発想から生まれたのがダマスカスハウルなのだ。
結果として欠点を補うどころか、前衛として一流の力を手にすることにはなったが。
ダマスカスハウルに改良を加えることで、リントウはさらなる力を手に出来るかもしれない。
そんな日が来たら、私は嬉しい。
その日の夜、私はさっそくリントウに思いついた構想を報告した。
「おお、よく分からないけどすごいな、シャミナ」
よく分からないのにすごいと言えてしまうリントウの神経の方が私はすごいと思う。
「つまり、あなたの望んでいた身体強化が可能になるかもってことよ。そのぶんプラーナの消耗が激しくなるけど」
無神経の相方に、私は掻い摘んで要点だけを説明。
「おお、やった!」
目を見開き、興奮するリントウ。
今度は理解してくれたようだ。よかった。
「ええ、あとは期日までに完成させないとね。構想だけあっても実戦で使えなくては意味がないわ。これから忙しくなりそう」
やるべきことは多い。が、やりがいはある。
私の頑張りが、リントウの為にもなるのだ。
大切な人の力になれるのだから、とことんやってやろうという気にもなる。
「シャミナ、目が生き生きしているな」
私の心情を読み取ったリントウが、微笑みかけてくる。
「ふふ。この感じ、冒険者に成り立ての頃を思い出すわね」
「ああ。お互い必死だったよな、あの頃は」
駆け出しの時の思い出は苦いものが多かった。
「だからこそ、今の私たちが居ると思うけどね」
だが今となっては笑って話せる。
拙い私たちは、毎日もがき苦しみながら、なんとか死線を乗り越えて今まで生き抜いてきた。
その頃と今は、状況がちょっとだけ似ている。
「言うとおりだ。俺も昔を思い出して、必死になってやってみるか。ひとまず、さらに大食いになるダマスカスハウルに負けないよう、プラーナの量をもっと増やしておくよ」
黒曜石の瞳に意思の光が煌めく。
リントウもやる気は充分のようだ。
プラーナは筋肉と似ていて、使い続けて鍛えれば、個人差はあれ扱える限界量が増えていく。
「長所を伸ばすことは昔から得意でしょう?」
「さすが相棒。俺のことをよく分かっていらっしゃる」
大げさに頭を下げ、芝居がかった返事をしてくるリントウ。
会話を楽しむうちに、私は戯れにリントウをからかいたくなってきた。
いつも私の方が驚かされてばかりなのだし、たまにはやり返してやりたって罰は当たらないだろう。
「まあね。ただ私のごく身近に居る人は、残念ながら物分りが悪かったり、鈍感だったりするのよね」
だからくさい芝居の対価として妥当な、皮肉をこめた言葉を贈る。
「シャミナの言いたいことは俺もわかるけど、レッシュへの愚痴はあいつの目の前で言ってやった方がいいと思うぞ」
私の言いたいことを欠片ほども分かっていないリントウの鈍さに脱帽。
ここまでくると、むしろ彼の錆びついたた鋼の如き精神を褒めたくなってくる。
「あなたに言っているのよ!」
なんてことは、あるはずなかった。
「さてと、そろそろ工房に行こうかな」
「いってらっしゃい」
パートナーからの温かい声に見送られた私は名残惜しい憩いの時に別れを告げ、錬金術師の戦場である工房へと向かう。
「さて、やるか」
腕手を組んで伸びをして気分転換。
それから予備の杖を手に持ち、普段から愛用している杖の方に魔法《造物使役》をかけ続ける。
愛着がある道具の方が使い魔化するのに向いているというのなら、これほどふさわしいものはないだろう。
造物使役を使い続けていると、徐々に身体と頭に倦怠感が蓄積されていく。
「ふう」
大きく息を吐き出し深呼吸。
長い時間魔法を発動し続け、プラーナが空っぽになってしまったらしい。
重くなった頭を左右に振って意識をはっきりさせる。
今度は魔文字の中で移動や物事の変化を示すMに、風魔法基本式式を組み込もうと試みる。
組成式を石版に彫ったMの魔文字に向かって近づけるが、アリスのように上手く組み込むことが出来ない。
彼女に教わった通り、魔文字の示す意味と同系等の魔法を使っているのだが……
「簡単にはいかないものね」
それでも一筋縄ではいかない。
となれば、繰り返し練習するしかない。
私は夜を徹して魔文字に魔法組成式を組み込もうとする作業に没頭した。
外の景色が宵の闇から黎明の朝へと変わる頃。
「やっと出来た」
遂に魔文字に魔法組成式を組み込むことに成功。
あとは魔法と相性の良い金属の真銀に魔文字を彫り込んで式を組み込めばいい。
そして魔文字を刻んだ真銀を鍛冶師に頼んでダマスカスハウルに追加鍛造してもらい、調整をすれば完成だ。
頑張った甲斐があった。
気が抜けると溜まっていた疲れがどっと出てきた。
期日まで残り三日。私は眠気と疲れをおして、アリスの元へと向かった。
「そう魔文字の使い方は覚えたのね」
報告を聞いたアリスは驚きも喜びもせずに平淡な声で返事をする。
私の成長に興味はないのかもしれない。
「ええ、おかげさまでね」
「使い魔の方はどう?」
と思ったが、ほんの少しくらいは気にかかるのかな?
表情の変化に乏しいアリスは感情が分かりづらい。
「そっちはまだ」
私は首を左右に振ってから、使い魔を創造すべくさっそく愛用している杖に向かって《造物使役》をかけ始める。
アリスは眠たそうな眼で、私の様子を見守り続けていた。
「ふう」
プラーナが尽き、疲労の波が押し寄せてくるのを感じる。
今度は持ってきた真銀に幾つかの魔文字を刻印し、一つずつにそれぞれ魔法組成式を組み込んでいく。
「分かっていると思うけれど、魔文字の数を増やすと、いざ使う時にはそれだけプラーナの消費量も多くなるわよ」
私の作業を見つめるアリスがふと口を開いて助言をくれた。
「ええ。ありがとう」
察してはいたが、お礼は言っておく。
気にかけてくれることに感謝したからだ。
「それにしてもあなた、よくやるわね」
私の顔を無遠慮に見つめる緑の瞳の持ち主が感心する。
どうやら疲労困憊なのは隠せていないらしい。
「出来ることはやれる時にしておきたいの」
会話の流れで自然と言葉が出る。
「そこまでやるのはリントウのため?」
アリスが目をしばたかせ、興味深そうに問いかけてくる。
「そうよ。と言いたいところだけど本音を言えば自分の為かな」
「そう、なの?」
訝るように澄んだ緑眼が私の瞳をじっと見つめてくる。
私の答えに納得していないのか、続きを話しなさいと無言で訴えかけられている気がした。




