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報酬

「さて、苦労の対価を貰いにいこうか」

 

遺跡の奥に眠る秘宝を手に入れるという本来の目的を果たすべく、シャミナに顔を向ける。


「ええ、どんな遺物が眠っているのか楽しみね」


 シャミナの、夏の青空を想わせる濃い青の瞳に好奇心が宿る。綺麗な線を描いた鼻筋の下にある口元が緩んでいた。

 宝を手にするのが楽しみなのだろう。

 まあ、気持ちは分かる。

 普通の冒険者にとって、苦難を乗り越え報酬を手に入れる瞬間こそが、至福の時なのだ。   

 石竜が塞いでいた狭い通路を進んでいくと、まもなくして小さな部屋に辿り着いた。


「ここが最深部か? 暗くて中の様子が分からないな」

「明かり、点けるわね」


 シャミナが火系火魔法<篝火(プロ)(メー)()>を発動。杖の先に小さな火の玉が灯る。

 火の明りによって暗闇のベールが剥がされると、永らく人の立ち入った様子がない部屋が露わになっていく。

 砂埃にまみれ、伽藍とした部屋の真ん中には手の平に乗る大きさの小箱が一つ。

 他には何もない。


「あれがお宝?」


 思いのほか小さな箱に拍子抜け。


「だと思うけど……肝心の中身は資料が無くて見当がつかないのよね」


 下調べでは、この遺跡に何かが在るということまでは判明した。が、肝心の何が在るのかということまでは分からなかったのだ。


「とりあえず、箱を開けてみるか」


 俺は部屋に踏み入り、真ん中にある石の箱を掴む。


「ん、開かないな」


 力を加えて蓋を外そうとしてみるが、本体と密着しており、びくともしなかった。


「ちょっと貸して」


 俺はシャミアに箱を投げ渡す――――ことはせずに、彼女に近づいて手渡しする。

 投げたらきっとお宝をぞんざいに扱うなと怒られていただろう。


「ふむ。蓋に小さな窪みがあるわね」


 シャミアは石箱を観察し、親指の先が埋まる程の穴を発見した。


「そこに何かを嵌めろってことかな?」

「――あ、もしや」


 俺の言葉にはっとしたシャミナが、腰に下げた皮袋から赤い石を取り出す。


「シャミナ、それどこで?」

「ふふん。さっきの石竜の亡骸からちょろっとね」


 彼女が細い指で赤い石を摘み、石箱の窪みにあてがうとぴたりと嵌った。


「抜け目ないな」

「あら、そこはしっかり者と言って欲しいわね」


 石の蓋に嵌め込まれた赤い石が光り輝き明滅する。

 シャミナが蓋にゆっくりと手をかける。


「なにせ私のおかげで最後の仕掛けが解けたのだからね」 

 

 得意げに笑うシャミナの顔には、普段押し込められているあどけなさが滲みでていた。


「おっしゃる通り」


 機嫌が良さそうな相棒の顔を目にし、自然と俺の心も弾んでしまう。

 ――箱の中が露わになっていく。中には古びた紙切れが一枚。


「なんだこれ?」


 何も描かれていない、まっさらな紙に視線が釘付けになる。


人工(アーティ)遺物(ファクト)かしらね?」


 シャミナが紙を見つめ、意見を述べる。

 人工遺物とは、伝承に残る遥か昔の先人達が残した遺産で、現在の俺たちの世界には無い技術や素材によって造られたモノを示す。


「うっすら光を帯びているかな? ふむ。持ち帰って調べないと分からないわね」


 目を凝らして紙切れの価値を値踏みしていたシャミナが蓋を閉じる。


「そっか。なんていうか、地味なお宝だな」


 まさか、報酬が紙一枚だとは思わなかった。


「もっとこう、熱い水とか、冷たいお湯とか、不思議感満載の秘宝が欲しかったな」


「熱い水は単なるお湯で、冷たいお湯は、ぬるいだけでしょう。そんなのいる?」


 俺の発言に対し、呆れ顔の相棒が言葉を返してくる。


「シャミナは浪漫がないなあ」


 明け透けの無い物言いに俺は肩をすくめるしかない。


「リントウが夢見がちに過ぎるのよ。だからそのぶん、私は現実的にならないとね」


 お返しとばかりに、相棒もわざとらしく肩をすくめてきた。


「はは。俺は良い仲間に恵まれて幸せだな」


 俺は手を挙げて降参の意を示し、シャミナへささやかな皮肉の言葉を贈る。


「そうそう。だから果報者のリントウ君はもっと私に感謝するべきだ」


 遺跡から出ようと歩き始めた俺の背中に、贈った皮肉が突き返された。 

 俺の贈った皮の肉を、どうやらシャミナはお気に召さなかったらしい。

 あらかたの探索を終えた俺たちは、来た道を辿って遺跡から脱出した。

 朽ちた白亜石の建物の周りには木々が連なり、植物が鬱蒼と茂る森が目の前に広がる。


「今日はここで休んでいくか」

「そうね、もう夜だし。森を抜けるのは明日にしましょうか」


 俺たちは遺跡の入り口で休息することにした。


「ちょっと湯浴みしてくるわね」


 入り口付近に隠しておいた背嚢から荷物を取り出し、右手に杖を携えシャミナは独り遺跡の中へと戻って行った。

 魔法を使ってお湯を浴びるつもりなのだろう。便利なもんだ。


「ああ、ごゆっくり」


 手を振ってシャミナを見送る。

 独りになった俺は、ふと顔を上げて満天の星空を眺めた。


「魔法……か」


 ぽつりと言葉が漏れる。 


「ここまでやってきたが、結局俺には縁がなかったな」


 遥か彼方の綺羅星に向かってひっそりと呟く。

 相棒のシャミナと違い、俺は一切の魔法が使えなかった。魔法を使用する為に必要な、精霊との契約がまったく出来なかったのだ。

 火も風も水も光も闇も土も。俺は、全ての精霊との相性が絶望的に良くなかった。

 そしてそれは――悪い意味で稀有なことだった。

 普通の人間なら、どれか一つくらいは己と相性の良い精霊が見つかるはず。それが世界の常識。

 ちなみにシャミナは、六種全ての根源精霊と契約を成立させているが、それもまたよい意味で特異なことだ。

 つまりは、悪い例外と良い例外がこうして一緒に冒険をしている。

 因果なもんだ。

 が、ある意味釣り合いはとれているのかもしれない。

 なんにせよ。世界の果てまで辿り着いた腕利きと言われる冒険者たちの中で、魔法を一切使えない俺は絶滅危惧種みたいなものだという自覚がある。


「ならせめて、危惧種代表として頑張らないとだな」


 いつものように、魔法が使えないならそのぶん身体を張れば良いという結論に至る。

 見上げた星を掴もうと空へ向かって手を伸ばしてみる。が、当たり前に、手は届かない。

 世の中そんなものだ。


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