呼び水
「やったわ!」
窓から映る景色が橙から群青になり始めた頃、私はついに造物使役を成功させた。
「すごいわね。あなたのこと、単なる凡人かと思っていたけど違ったわ。どうやらそこらにいる秀才だったみたい」
「そ、それはどうも」
天才に秀才と言われてもまったく嬉しくはないが……
が、気難しいアリスが一日中私の練習に付き合ってくれたのだから感謝しなくては。
「今日はありがとうね。また来てもいいかな?」
「いいわよ。レッシュが家に居ない時ならね」
「わかっているわ。アリスとレッシュの邪魔をしちゃ悪いものね」
アリスがそうだとばかりに大きく頷く。
彼女の頭の中には常にレッシュがいるようだ。
だとすればこそ、気になる事が一つ。
「今日、レッシュの元へ行かなくてよかったの? 彼、リントウと一緒に私たちの家の広場に居ると思うけど」
やぶへびな質問だとは思ったが、同盟を結んだ仲間なので、レッシュの居場所を隠すことは不誠実だと思った。
「シャミナ、同盟を組んだ貴方に一つ助言をしてあげるわ」
少しは気を許してくれたのか、アリスが微かな笑みを私へ向ける
「何かな?」
普段見られない少女の表情を目にしたことで心が和む。
「良い女っていうのは、時に男の帰りを待つものなのよ」
少女は誇らしげに胸を張って言い放った。
「ふふ、参考にさせてもらうわね」
どこでそんな知識を仕入れたのかはしらないが、背伸びをするアリスは年相応の女の子らしく、可愛らしかった。
アリスたちの家を出ると、外は既に暗くなっていた。
今日習得した魔法《造物使役》を愛着のある道具に向かって使い続ければ、私の使い魔が誕生する。
思い切ってアリスに魔法を教えてもらってよかったと思う。
自分の知らない技術体系の魔法を習得するのは、とても新鮮な体験だった。
「ん?」
そして他分野の技術というのは、時として新たな発想を得る呼び水となる。
私は家へと向かう道すがら、閃いた。
アリスに教わった、道具を使い魔にする魔法を、何かに応用出来ないだろうか?
「というわけで、試してみたいことがあるので、ダマスカスハウルを借りるわね」
家に着くやいなや、私はリントウに事情を説明し、ダマスカスハウルを受け取る。
そして食事を摂ることも忘れて工房に篭り、錬金武具と向き合っていた。
「上手くすれば、リントウの望んでいたことを実現できるかも」
使い魔はプラーナを餌とすることで生命を得て動き出す。
指輪は、ダマスカスハウルに重ねプラーナを注ぐことで武器へと形を変える。
とすれば、ダマスカスハウル本体にプラーナを流し込むことで、使い手の身体能力を高める加護や魔法が発動する仕組みを作ることは出来ないだろうか?
プラーナを捧げることで、自己強化の恩恵を得ることが出来る仕組み。
完成すればリントウが諦めた望みを叶えてあげられることになる。
何より彼はさらなる力を掴むことにもなる。
だからこそ、この発想を、相方としてなんとか実現させたいところだ。
「魔法組成式を物質に固定化させ、精霊契約無しでもプラーナを与えることによって加護が発動する仕組みが必要か」
その仕掛けを組み込む為にはダマスカスハウル本体に手を加える必要があるだろう。
つまり一日以上は鍛冶師に預けなくてダマスカスハウルを打ち直してもらわないとならない。
とすれば、なるべく速やかにこの機構を形にし、完成させないと。
残された日はもうそんなにない。
とにかくますは魔法の組成式を固定化させる方法を考えねば。
魔法発動の際に紡ぐ組成式は、プラーナを注がなければたちどころに消えてしまう。そこが問題だ。
私は机の上で眼を瞑り、うんうん唸りながら考えを巡らせていく。
「よし、決めた」
長々と思考の海に沈んだ結果、一つの結論に至る。
「明日アリスに相談してみよう!」
いくら考えても分からないことは分からない。
よって、人を頼ろう。なりふりなど、既に忘却の彼方。
実際、アリスは道具にプラーナを捧げ仮初の命を与える魔法《造物使役》を使えるのだから、私が欲する情報を知っているかもしれない。
道具にプラーナを与えることで命を創りだすのと、道具にプラーナを与え加護発動させるという二つのことは、少なからず似ている部分があると思う。
出発まであと四日となった次の日、私はさっそくアリスの元へと向かった。
「魔法の組成式を魔文字として記すことで、モノに固定化させる方法なら知っているわ」
縋るような想いで事情を説明した私に、アリスはあくまで人形のような無表情で応える。
「え、本当に?」
少女とはいえ、魔女と呼ばれるアリスの深淵なる知識に驚きと感謝。日々知識を蓄えているはずの私ですら知らなかった。
「ただし魔文字は使い方を知らない人が書いても、ただの記号にしかならないわ」
何も知らない素人が扱っても、魔文字は意味を成さないらしい。
「魔文字の使い方教えてくれない?」
しかしながら玄人のアリスから教わることが出来れば、私も素人を脱却できるかもしれない。
という想いから、再び目の前の小さな先生に教えを乞う。
「いいけど……シャミナって意外と図々しいのね」
アリスの顔は決して不愉快そうではなかったが、少し意外そうだった。
「う、否定出来ない」
少女の言葉が胸に突き刺さる。
リントウと長いこと付き合ったせいで、いつの間にか私も図太くなってしまったらしい。
つまり、私が図々しいと言われたのは彼のせいだ。そういうことにしておこう。
まずはアリスから魔文字の形を教わる。
彼女の言った通り、珍妙な形の文字は何かの記号にしか見えなかった。
「魔文字は全部で二十四字あって一字ずつにそれぞれ意味があるの。覚えて」
「分かった」
二十四字の読み方と意味を一度に覚える。のは難しいので紙に記していく。
「文字の形と意味を理解したのならば、こうやって記した字に組成式を組み込めばいい」
アリスは紙に魔文字の一つである<(ケン)と書き込み、初歩の火魔法《篝火光(メ―)灯》の組成式を紡いだ。
アリスが、紡いだ魔法組成式に<(ケン)と書かれた紙くっつけると、式が文字の中に吸い込まれていく。同時に、黒いインクで書かれた<の文字が赤色となる。
「<は火を象徴する意味を持つから、火魔法と相性が良い。このように、文字に適した魔法の組成式を組み込むことがコツ。あとは簡単な魔法の方が、魔文字に組み込みやすいわね。頑張りなさい」
アリスが<と赤字で書かれた紙に向かってプラーナを流すと、文字から篝火光灯の魔法が発動。灯火が浮かびあがって、紙を燃やしてしまった。
「すごい、文字から魔法が現れた」
私は目の前の光景に驚く。
こんな方法で組成式を固定化できるとは思わなかった。
「<の文字が魔法組成式の役割を果たしたのよ、もっとも火の魔法を使ったから<と書いた紙は燃えてしまったけど」
「たとえば、石版に彫り込めば問題ないわけね」
紙に書いた字が火魔法を発動したならば、燃えてしまうのは道理であるが、石や鉄なら問題ないだろう。
「そういうこと」
小さく頷くアリス。
「ありがとう」
ここ二日、お世話になりっぱなしの少女にお礼を述べ、その日から私は魔文字に魔法組成式を組み込む練習に励んだ。




