悪魔契約的なおもてなし
翌日、朝早くからリントウとレッシュは工房の向かい側にある広場に集まり何かやっていた。
友達というだけあって、なんだかんだ仲が良いのだあの二人は。
私も後五日の内にやるべきことを整理。
其の一。獣人と結界女について調べ、打倒する手がかりになりそうなものがないかを探す。
其の二。結界を突破する術を身に着ける。
其の三。ダマスカスハウルの新しい指輪を完成させる。昨日の夜、リントウと話したことで新しい指輪の役目もだいたい決まった。
まずは其の一から手を付けることにしよう。
ということで、さっそくガーノックさんの元へ向かった。
「ふむ、獣のような人と玉に化ける女性ですか。聞いたことはありませんが、それらしき資料が無いか調べてみましょう。もちろんシャミナさんのお望み通り急ぎでね」
ガーノックさんは白い髭をさすりながら、私の話を興味深そうに聞いていた。
「ありがとうございます。すぐにでもギルドから正式に依頼が入ると思います。しっかり儲けてください」
ドモスさんに私が事情を説明すれば、ギルドからの仕事としてガーノックさんに依頼がいくはず。
「なんともありがたいことです。シャミナさんのおかげで良い商いに巡り合えそうですな」
ガーノックさんは商売人の笑みを浮かべる。
時間が無いので、調べものは知識の宝庫であるガーノックさんに全て委託した。
ひとまずこれで其の一については完了。あとは報告待ちとなる。
次は其の二。結界を破る方法を考えなければ。
「私にリントウ並みのプラーナがあればなあ」
願望が独り言となってこぼれる。
私の魔法は、結界によって威力が減衰されるどころか、魔法そのものが無効化されてしまった。
攻撃が届かないのなら、いっそのこと補助と回復に注力するという選択肢もあるだろう。もしくは搦め手を使って間接的に魔法を当てる。
実際、獣人と戦った時の私は、リントウの補助をし、石壁を造り出して敵の妨害をしていた。
今度も同じように、補助と妨害に徹すればよいのではという想いが頭をよぎる。
「いや、それは駄目」
頭を振って甘い考えを押し出す。
リントウの背中を遠く後ろから見つめるだけならば補助でもいいが、それは私が望むところではない。
私は、彼の隣で一緒に戦う相方でありたいのだ。
それに、リントウは今現在も精一杯頑張っているそれなのに私だけが初めから妥協してどうする。
そう思った私は、彼と対等の存在である為にはどうすればいいのかを考える。
結果、良い考えは浮かばなかった。
世の中そう甘くはないらしい。
「よし、切り替えよう!」
考えても良い案が浮かばないときは、他のことをやるにかぎる。
というわけで、其の二は保留とし、其の三に取り掛かることにした。
切り替えは大事だ。
というわけで、その日は工房の中でダマスカスハウルの新指輪開発に時間を費やしていった。
夜ご飯は、南の国の香辛料をふんだんに使ったカリーという料理だった。炒めた野菜を煮詰め香辛料を加えると、茶に近い小金色のとろみのある出汁が出来上がる。それをパンや米につけて食べると、美味しいのだこれが。
「今日はどうだった?」
カリーに夢中になっているリントウに、時を見計らって声を掛ける。
「実はレッシュに頼んで呪術を教えてもらおうとしたのだけどさ……」
ん? この人、さらっととんでもないことを口にしなかった?
「どうせ断られたのでしょう? というより怒られたでしょう?」
リントウの面の皮の厚さには驚くほかない。
が、レッシュは絶対に断ったはず、どころか怒っただろう。
呪術とはおいそれと人に教えるようなものではないのだ。
「む、その通り。よく分かったね」
喉の奥で唸るリントウ。
「レッシュの扱う呪術というのはね、他人に教えるようなものではないのよ。呪術を扱うには、精霊契約とは別の契約が必要になるの」
私は呪術について自分が知っている知識を彼に教えることにした。
「ああ。だからこそ、精霊と全く契約出来なかった俺でも扱えるかもしれないだろう?」
どうやら単なる思い付きではなく、リントウなりに考えた結果、呪術に手を伸ばそうとしたらしい。
「でもね、リントウ。呪術を扱う為には、代償を伴う代償契約というものを得体の知れない悪魔としなければならないのよ。代償を支払うって意味分かっている?」
彼の心意気は尊重したいのだが、呪術を覚えることについて、私には容認できない。
「む、それくらい俺だって知っているよ。何かを得る為に、大切なものを差し出すってことだろう?」
心外だと言わんばかりに代償というものについて説明を始めるリントウ。
「そうね。だから私はレッシュが呪術を覚えることに断固反対します」
むしろ意味を分かっていながらも呪術を覚えようとする彼の姿勢に私の方が心外だ。
レッシュは呪いの力を得る為に、相応の対価となるものを差し出している。どんなものを差し出したのかはよく知らないが、彼の肌が常に病的なまでに白いのも、もしかしたら呪いのせいかもしれない。
「ああ、呪術はもう諦めたよ」
肩を落とし、残念そうに息を吐くリントウ。
可愛そうだけど、それでいい。
「賢明ね。ちなみにリントウは呪いの力を得る代償として何を差し出すつもりだったの?」
話に区切りはついたが、彼の大切なものに興味があったので、話を蒸し返す危険は承知の上でも我慢出来ずに質問してしまった。
「ああ。色々考えてみたのだけど、やっぱり金かな。幸いなことに臨時収入も入ったことだし」
「はあ?」
想像の斜め上をいく素っ頓狂な答えに、私は思わず聞き返してしまう。
「だって俺は悪魔なんて奴に会ったこともないし、何者かも分からない。そんな得体の知れない奴が何を欲しがるかなんて分かるわけがないだろう? だったら実用的で汎用性の高い金が差し出すものとしては妥当なところかと思うけどな」
あろうことかこの男は、季節の贈り物でも渡す感覚で悪魔契約の代償を支払おうとしていたらしい。
リントウの中で、悪魔とはどのような存在なのだろうか?
「あなたとは、悪魔の方が契約お断りね、きっと」
「む。なら手料理でもてなすっていうのはどうだ? 俺、料理はそこそこ得意だし」
むきになったリントウが別の案を提案。
残念ながら、代償を支払うことをおもてなしと考える時点で既に間違っている。
「駄目だと思うわよ」
あくまで真面目に答えるリントウがちょっぴり微笑ましい。
「そうかなあ……ちなみにシャミナの知り合いに悪魔っぽい奴っている?」
「残念ながらいません」
悪魔も嫌がりそうな人なら目の前にいるけど。
「く、最後の望みが絶たれた!」
テーブルに突っ伏すリントウ。
「あはは」
私は笑って眺めていた。
「リントウは、なんで呪術を覚えようとしたの?」
「ああ。レッシュは呪術によって身体能力が強化されているだろう? 俺も同じように身体を強化したいと思ったんだ」
「なるほど」
前衛の多くは契約精霊の加護を肉体に付し、運動能力や筋力を高めている。さらに自身に向かって強化魔法を使うことでさらなる身体能力の向上が一時的に可能となる。
私がいるので、今でも強化魔法をリントウにかけてあげることは出来る。が、精霊の加護だけはどうにもならない。
元から驚異的な身体能力を持っているリントウなので忘れがちだったが、契約している精霊が皆無な彼には一切の加護がないのだ。
「今さら精霊契約出来ないことを卑下しているわけでもない。だけど今回は時間がないからさ。なりふりかまっていられないだろう?」
顔を上げ、熱っぽく語るリントウの瞳には、困難に立ち向かう者の力強さが宿っていた。
「そうね、あなたの言うとおりだわ」
彼の熱を間近で感じ、私の気持ちが浮かんでいく。
困難に立ち向かうのはリントウ一人だけではなく、私も一緒でなければならない。
そうであるために、私もなりふりかまわずやってみよう。




