錬金師の心意気
「というわけでこれから六日間、俺とレッシュは共に腕を磨いておくよ」
「いいだろう」
リントウの一言で脱線しかけた話が元に戻る。
「私は、規格外の相手に対策を講じ、準備しておくわ」、
自分も彼に倣ってやるべきことを宣言。
「それなら私は頑張って、愛の巣であるこの家を守るわ」
アリスも良く分からないが、宣言。
こうして、それぞれのやるべきことが決まった。
あとは六日後、やるべきことを終えて出発するだけだ。
私とリントウはギルドへ赴き支部長のドモスさんと面会することにした。
「なるほど。こちらとしては願ってもない申し出だが、街全体・いやこの世界全体に関わるような問題をキミたちだけに押し付けてしまっていいのだろうか?」
私たちは六日間後、イスズズたちの追跡へ向かう旨をドモスさんに伝えたのだが、彼は渋面を作った。
「平気ですよ。下手に数を揃えても、返り討ちにあって命を落とすのが関の山ですし。俺は少数精鋭で行くべきだと思います」
「すまない。不撓不屈のイゾルデ組は遠征で当分は戻らないようだし、キミたちと同程度の冒険者を揃えることは、現状は難しいのだ」
深々と頭を下げるドモスさん。
「その代り、報酬は弾んでくださいね」
私は気落ちするドモスさんに、冗談めかした物言いで気にしないでくださいと告げる。
父親ほど年齢の離れた人に頭を下げられることに恐縮したのだ。
「ああ、それは約束しよう」
顔を上げたドモスさんが目尻に皺を作り、微かに笑った。
「この街の安全……いや、私たちが住まう世界の為に頑張ってくれ。健闘を祈っているよ」
ドモスさんが握手を求め、手を差し出す。
「やるからにはやりますよ」
リントウがドモスさんの黒い手を握る。
「おおげさですよ」
彼に続いて、私も手を握った。
「じゃあ、またあとでな」
「ええ、がんばってね」
ギルドから出た私たちはその場で分かれ、それぞれのやるべき行動をとることにした。
リントウはさっそくレッシュと一緒に鍛錬に励むらしい。
一方の私は、これから行うであろう数々の実験に必要な素材を調達しに買い物へと向かった。
錬金術の実験にはけっこうなお金がかかるのだ。
その日の夜。
露店で買った、茹でたジャガイモとひき肉をこね合わせ、衣をつけて揚げた食べ物を二人で食べている最中。
「シャミナの意見を聞きたいのだけど。あの結界女に負けない為にはどうしたらいいと思う?」
初日の鍛錬を終えたリントウが質問をしてきた。
「ひとまず、結界を破らないことには始まらないわね」
思ったことをひとまず述べる。
最低限、こちらの攻撃が届かないことにはどうしようもないだろう。
「そりゃそうか。うーん」
腕を組み唸るリントウ。
「リントウは、結界を突破できそうな手段を持っているじゃない。金指輪の杭打ちならあの結界も破れるのでは?」
考え込む彼に私は伝える。
あの一点突破攻撃なら、イスズズの結界を突き破ることが可能ではないだろうか?
というか、突破できなかった場合を想像したくない。
「やはりシャミナもそう思うか」
「ええ。だから杭打ちの一撃をいかに当てるかが重要かもね。相手に動き回られたのでは、当てづらいでしょう?」
杭打ちは、野太い杭とそれを打ち出す巨大な発射台を左腕に装着するため、重さと大きさで動きが鈍り、制限もされる。
「そうなんだよな。いつもなら相手の動きを魔法で止めてもらってから杭打ちを当てるのだが……今回の相手はそもそもの足止めができないから問題なのだよな」
「確かに…………」
彼の言うとおり、結界突破のための一撃を当てるには、まず結界を突破する攻撃で相手の足を止めなくてはならないというジレンマが生ずるのだ。
「まあ時間はある。色々やってみるさ。シャミナはもし何か助言を思いついたら教えてくれ」
リントウの快活な声が沈黙を破る。
「わかったわ、頑張ってね」
あくまで前向きなリントウに答える。
せっかくだから自分も彼に意見を聞いておこうかしら。
「私はどうしたらいいかな? 魔法も通用しないし、このままでは役立たずかも」
場が暗くならないように、明るい声で言った。
イスズズに有効打となりえる方法を持つリントウと違い、私には効果がありそうな手札がない。
組成式だけは完成させた、伝承に記された極大術並みの強力な魔法があるにはあるが……残念ながら魔法を発動させる為の莫大なプラーナが私にはない。というか普通の人間には無い。
もし、私にリントウ並みのプラーナがあれば……結界を吹き飛ばすような魔法を使えるのだけどな。
「そんな悲しいこと言うなって。シャミナが役に立たないことなんて有りえないよ」
心の中で無い物ねだりをしていると、リントウが私の顔を見つめて言った。
「ごめん、ちょっと卑屈だったわね」
励ましの言葉に少し申し訳なくなる。
「いいか、俺たちはもう二人で一人みたいなものだろう? 俺からすると、役に立つとかいう言葉自体がそもそも間違っている」
「そうね、私が間違っていた」
「シャミナ、役にはなりきるものだよ」
「はい? まあいっか」
彼の言っている言葉の意味が良く分からなかったが、私に対する思いやり来ている言葉だとは理解したので、自然に笑顔になれた。
「失敗から学びとって成長するのがシャミナという人間だろう? ならあと六日のうちにたくさん実験して失敗すれば、今までみたいに道は拓けると思うよ」
「ああ、そうだったわね」
数々の実験を重ね、同じくらいの失敗をしてきたことで、私の錬金技術は向上してきた。
ならばこれからも、失敗を糧に成長していけばいいのだ。
いつの間にか心配事がなくなり、心が軽くなっていた。
「それにさ、俺もいる。もしシャミナがどうにもならなくなったら、そのぶんは俺が踏ん張るよ。相棒ってそういうことだろう?」
「頼もしいわね、相棒さん」
彼が相方。いや、幼なじみでよかった。
リントウの言葉により、私のやる気に火が点く。
彼の厚意に甘んずることなく、あと六日の間に、絶対に結界を突破する方法を編み出してやる。
そして、万が一リントウが駄目だった場合、むしろ相方である私がそのぶん踏ん張ってやるのだ。




