交渉人リントウ
私は彼のひたむきな心と困難を苦と思わない能天気さに、子供の頃からどれほど救われてきただろうか?
はっきりいって、リントウが私の傍にいないという状況は考えたくない。
だからこうして地の果てまで付いてきた。
此処まで来たのだから、例え果ての先にある未踏の世界だろうと、彼が行くのなら私も行く。独りでリントウの帰りを待つのはごめんだ。
大冒険家ジンスカ、賢者ムシフル、勇者カンムズ。過去に霧の向こう側にある世界に渡ったといわれる偉人たち。
だれ一人として還って来た者はいなかった。
ひょっとすると外界への道は、片道切符なのかもしれない。
ならば、渡界するということは、今の生活を全て捨てならなければならない可能性がある。
それでも、私はリントウと一緒に行くことに迷いはない。
私という人間は、残念ながらリントウという光がないともう生きてはいけないらしい。
もうとっくに、そういうところまできてしまっているのだ。
「レッシュたちとも一度話し合った方がいいな」
リントウの声で、私の思考が中断される。
「そうね。彼らの意見も一応は聞いておくべきね」
実のある話し合いになるかは定かではないが、共に戦った仲間への礼儀は通しておいた方がよいだろう。
「ああ、レッシュたちとは競い合う関係だが、それ以前に親友でもあるからな。相手がこれまでにない強敵である以上、出来れば今回は協力した方がいい」
リントウはレッシュたちと組むつもりらしい。
「そう……ね」
レッシュがすんなりその提案に承諾するとは思えないけど……
「そうと決まれば、今やるべきことは決まった!」
何かを思い立ったらしいリントウが席を立ちあがる。
「明日に備えて早く寝よう!」
それから間を置かずに元気よく言い放つ。
「まったく、お気楽者なのだから」
なんとも彼らしい言葉に和み、笑みがこぼれてしまう。
その夜、私たちはいつもより早めに寝床に就いた。
翌朝、私たちはさっそくレッシュの元へ向かった。
「断る、昨日は急のことだったので仕方なかったが、本来ならばお前たちと協力するなど有り得ない」
リントウの誘いを、レッシュはさっそく拒否した。
思った通りの反応。
「ならもしも俺とシャミナが討伐に失敗し、あいつ等が街に攻め込んで来たらどうする?」
「迎え討つ」
不敵に笑い、自信を見せつけるレッシュ。
「返り討ちにあうかもよ?」
「貴様、私を愚弄しているのか?」
感情を逆なでされたレッシュの銀の瞳が剣呑さを宿す。
やはり誇り高く高慢なこの男に協力を取り付けるのは困難だ。
隣に居るアリスも眉間に皺を寄せ、迷惑そうな顔をしている。
邪魔な訪問者は早く家に帰りなさいと今にも言い出しそうだ。
「そんなつもりはないさ。ただ今回の相手は俺たち四人で挑む価値のある敵だと思うけどな」
「リントウよ。お前は本当に節操がないな。普段はお互い競い合っているくせに、こんな時だけ協力を仰ぐとは」
口角を吊り上げ、皮肉めいた笑みを浮かべるレッシュ。
「逆だよ、レッシュ。こんな時だからこそ、お前を頼っているんだ。お前の力を認めているからこそ、一緒にやって欲しい」
しかしながら、リントウには皮肉が通用しない。
「む」
逆にリントウのあけすけない言葉が心に刺さったらしく、レッシュの表情が強張る。
「他の冒険者では、残念だけど力不足にすぎる。レッシュ、お前じゃなきゃ駄目なんだよ」
「むむ」
刺さった言葉の矢が、レッシュの胸に食い込んでゆく。
「はっきり言って今回の相手は俺の手に余る。だから助けてほしい。レッシュだってこれ以上関係ない人に被害がでるのは嫌だろう?」
リントウは恥ずかしげもなく、想いの丈を語る。
「仕方ない、そこまでお前が言うのならば、手を貸してやらんこともない。力無き者を守るのが強者の役目だからな」
あ、堕ちた。
難攻不落と思われたレッシュ城は、リントウの言葉の矢によって意外とあっさり陥落した。
二人のやり取りを見ていた私は、今後もレッシュとの交渉は全てリントウに任せた方が良いとつくづく思った。
「で、具体的にはどうするつもりなのだ? 私の気が変わらないうちに、さっさと話を続けるがよい」
気は変わったが尊大な態度は変わらぬレッシュが、偉そうに説明を求めてくる。
「獣人たちと戦った場所に行き、そこからシャミナの追跡粉を辿って追跡を始める。行動開始は今から六日後」
期間限定で仲間となったレッシュたちに、リントウは今後の行動指針を説明。
「話は分かった。だが今から六日の間、何をするつもりだ? まさか何もしないわけではないだろう?」
説明を聞いたレッシュが質問をぶつける。
すると、よくぞ聞いてくれましたとばかりに、リントウが満面の笑みを向ける。
「これから六日間よろしく」
レッシュの肩に手を置いたリントウが気安く言った。
「どういうことだ?」驚くレッシュに、リントウが「一緒に修行しようぜ」と誘う。断るレッシュをリントウが「一人で特訓するよりも、二人の方が捗るだろう」と強引に説き伏せていた。
というわけで、方針は決まった。
だが私たちは、あの獣人と結界治癒女に対抗できるのだろうか?
相手は強力な結界でこちらの攻撃を無効化してくる。
何か対策を講じなければ。
思索していると、目線が自然とアリスの方へ移ってしまう。
「?」
私からの視線に気づいたアリスが視線で「何か用?」と疑問を投げてくる。
「ごめん、なんでもない」
私が不躾に顔を見つめたことを謝ると、彼女は興味なさそうに視線を外した。
アリスが本気になればあの結界もあるいは……
「念の為、お前たちに忠告しておく。アリスの力を頼り、戦わせようとするのならば、この話から手を引かせてもらう」
私の心中を察したのか、レッシュが咎めるような視線を送ってきた。
「分かっているわ。たとえどんな窮地に追い込まれようと、アリスに戦って欲しいとは言わないし、思わないようにする」
「ふん、ならばいい」
レッシュが鼻を鳴らし納得する。
彼は決してアリスを戦わせようとしない。
ひょっとしたらこの中の誰よりも恐ろしい力を持っているかもしれないのに……
「一つ、私から確認しておきたいことがあるのだけど」
それまで黙していたアリスがふと右手を挙げた。
「レッシュが私に戦うなと言うのであれば従うわ。望むのなら、たとえ貴方が殺されそうになったとしても、私は戦わない」
アリスは自分の意思を声にし、相方のレッシュに聞かせた。
それにしても、希望するなら愛するレッシュを見殺しにすると言っているのだから、とんでもない宣言を彼女はしている。
はっきり言って私には理解が出来ない。
レッシュとアリス。この二人にも常人では窺い知れない絆があるらしい。
「でも、これだけは言わせて」
アリス咳払いをしてから話の穂を継いだ。
「恋の戦いについては、黙って見ているつもりはないから。レッシュを掠め取ろうとする泥棒猫がもし現れたら、私は断固として戦うつもりなのでよろしく」
並々ならぬ決意が無表情なアリスの口から語られていく。
「覚えておいて。私は愛の戦士よ」
独白を終えたアリスはとても満足そうな顔をしていた。
「……」
横で相方のお告げを聞いていたレッシュは、彼女とは対照的に苦虫を噛み潰したような顔をしている。
そして私は今、笑いを堪えた顔をしているはずだ。




