帰還分析
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街に着いた私たちはレッシュと別れ、ギルドに戻ってことのあらましを報告することにした。
建物の中に入ると、ヨモスグルムギルドの長であるドモスさんが私たちを迎え、奥の支部長室へと通してくれた。
「……そうか、ひとまず礼を言わせてくれ。キミたちのおかげで被害の拡大を食い止めることが出来た。誠意として、報酬は弾ませてもらうよ」
机の上にある書類の山からぬっと顔を出すドモスさん。
禿頭の浅黒い肌。厳めしい顔にはそれなりの皺が刻まれており、ギルドの支部長として威厳を放っていた。
「ありがとうございます。亡くなった方々にご冥福を」
報酬はありがたいが、死者も出ているため素直に嬉しいという気持ちにはなれなかった。
「すまないが、このことは他言無用でお願い出来るかな?」
ドモスさんが私たちの顔を窺いながら、要求してきた。
「分かりました」
本人は意識していないのだろうが、様々な冒険者を束ねる役職に就く壮年の男から発せられる言葉には、有無を言わせぬ圧力がある。
「ありがとう、我々としても無用な混乱を避けたいのでね」
私の返事を聞いたドモスさんは目尻に皺を作り、微かに顔を綻ばせた。
「俺は、みんなにもことのあらましを説明した方が良いと思うけどな」
話はそれで終わったかと思いきや、それまで黙していたリントウが急に口を開いた。
「既に目撃者が何人か出ているのだろう? 隠そうとするのは難しい気がする。むしろ黙っていたらギルドに対する不信を招くことになりかねないのでは?」
リントウは顎に手を当て、自分の意見を滔々と述べる。
この相方は常にすっとぼけているようで、たまに鋭いことを言ったりもするから侮れない。
「…………」
リントウの意見を聞いたドモスさんが目を瞑り、黙り込む。
「一理あるな。それなら、然るべき時が来たら公表すると約束しよう。それでいかがかな?」
言われた内容を頭の中で吟味したらしいドモスさんは、たっぷり三拍の間を置いてから口を開いた。
「まあ、ひた隠しにするよりは良いと思う」
「率直な意見をありがとう、リントウくん」
リントウがひとまず納得したところで、私たちは家へと戻った。
「大変だったわね、今日は」
夕食の席で、私は一日を振り返って相方に感想を伝える。
「ああ。それにしてもあいつ等は何者だったのだろう?」
リントウは咀嚼したパンを飲み込むと、空いた口から言葉を発した。
「分からない。からこそ調べてみた方がいいわよね」
獣のような人。若しくは人のような獣とも形容できる、タイガガと呼ばれていた亜人。
もう一方は、人間離れした美貌と雰囲気を持つ、人の形をした何者か。
私たちに驚異的な力を見せつけたこの二者が何者であるか、気にならないわけがなかった。
実を言えば、この二者が何者なのか、既に私なりの予想があったのだが、確証があるわけでもなく漠然としすぎている考えだったので、リントウに告げるかどうか迷っていた。
彼を変に興奮させるのも悪いし。
「思うのだけど、あいつ等二人は霧の向こう側の世界からやって来たのではないかな?」
料理に手をつけることを止め、リントウが私へと疑問を投げる。
「え?」
今まさに自分が思っていた考えを口にするリントウに驚く私。
まさか、彼も私と同じようなことを思っていたとは……
「なんでそう思うの?」
気になった私の口は、半ば無意識のうちに言葉を発していた。
「これまで色々な土地を巡って来たけど、あんな奴等は見たことなかっただろう? だったらあいつ等が、俺たちがまだ行ったことの無い場所からやって来たと考えるのは、別におかしなことではないさ」
「確かに、リントウの言うとおりね」
彼の言った事は、子供が思いついたように単純な理屈だが、考え方としてなんらおかしいことはなかった。
「リントウらしいモノの考え方ね」
というより、考えてみれば素直な性根の彼らしい意見だ。
「じゃあ、その線で調べてみる?」
「ああ、そうしよう」
私の提案にリントウが頷く。
「そういえば、タイガガとイスズズは私たちと同じ言語を使っていたわね」
二者と遭遇し、戦った時のことを思い出す。
「ああ。ということは、向こうの方は俺たちについてある程度のことは知っていると考えるべきだな」
「そう考えるのが自然よね」
私は頷いて同意を示す。
この相方は、女心以外のことには、たまに察しが良い。
「話が少し変わるが、倒したタイガガは復活すると考えたほうがよいと思う」
「少なくともイスズズは蘇生させると言っていたわね」
死者蘇生魔法など聞いたこともないし、実現出来るとも思えない。
だが、イスズズは得体が知れない結界を使っていた。私の知らない類の魔法を使えると考えるべきだろう。であれば、死者の蘇生という大それた奇跡を引き起こす可能性すらあるかもしれない。
「いずれにせよ、次にあいつ等と会った時にはっきりするか」
リントウが暢気に頭の後ろで手を組む。
「……そうね」
超人的な身体能力を誇るタイガガ。
鉄壁の結界と強力な治癒能力を持ち未だに底の見えないイスズズ。
正直言って二度とこんな規格外な相手とは二度と会いたくない。
だが、私たちはこの強敵と再び合間見える。
少なくとも、リントウは既に覚悟を決めていると思う。
「未知の能力を持つ、得体の知れない敵。何よりも、相手の目的が不明だし、どことなくきな臭いわね」
状況を整理したところで、ふと気がつく。
どうせリントウは、
「ん? 俺はきなの匂いを嗅いだことはないが、今は特に何の匂いもしないと思うが?」というかんじのすっとぼけたことを言うのだろうな。
「ん? 俺はきなの匂いを嗅いだことはないが、今は特に何の匂いもしないと思うが?」
ほら言った。
「まあ、匂いの話は置いておくとして」
期待を裏切らないリントウの反応に呆れた顔で応えてやると、彼が咳払いをして仕切り直した。
「奴等が再び襲ってくる可能性も考慮すると、やはりこちらから仕掛けた方がよいだろうな」
「確かに、被害が出ないようにするには、待つよりも先制した方が良いわね。幸いなことに、私たちはおおまかになら相手の追跡が出来るわけだし」
獣人に追跡粉をふりかけることが出来たので、私たちはその気になれば相手を追うことが出来る。
ならばその優位性を活かすべきと考えるのは至極当然。
「だがはっきりいって、このまま対策無しであいつ等と戦うのは分が悪い気がする。出来る限りの準備をしてから挑むべきだろう」
彼我の戦力を落ち着いて分析するリントウは一流の冒険者と呼ばれるだけの雰囲気を醸し出していた。
「魔法が効かないのは痛いわよね」
後衛たる私としては、手足を縛られて戦えと言われているようなものだ。
「そうだな。……シャミナ、追跡粉の効果はどのくらい持つ?」
目を伏せ、思案するリントウ。
「そうねえ。何事もなければ、だいたい七日くらいかな」
「幸運なことにイスズズが待つと言っていた時間と同じか。よし、ならその期間にやれることをやっておこう。奴等を追うのは準備を整えてからだ」
顔を上げ、真っ直ぐ私を見つめてリントウが言った。
「了解。異論はないわ」
彼がやるというのなら、私もやるしかない。
「は、不謹慎だが興奮してきた」
リントウの黒い瞳が、黒曜石の輝きを帯びる。
「どうしたのよ?」
聞きはしたが、私は彼がどんな時に瞳を輝かせるのが知っている。
「だって、あの獣人と女は外界の住人かもしれないだろう? つまりあいつ等と会って話せば、念願である外界に渡れるかもしれないってことさ」
リントウにとっては、得体の知れない敵愾心をもった相手すらも、興味の対象と成り得るのだ。
未踏やの地や未知の相手は、彼の大好物。
だからリントウは己を殺しかねない相手と対峙できることにすら、目を輝かせ楽しみにしている。
「前向きなのね」
呆れるほどのひたむきさに、私は微笑むしかない。
「ああ、横にはシャミナがいるからな。俺は前だけを気にしていればいい」
そういう意味で言ったのではないのだけど……
「まあ、リントウはそうでなくっちゃね」
嬉しいから訂正はしないでおこう。




