黒幕ならぬ黒い玉
「レッシュ!」
俺は黒獣人と熾烈な戦いを繰り広げているレッシュに合図を送る。
「今回は美味しいところをお前に譲ってやる! 尤も、その前に私が倒してしまうかもしれないがな!」
レッシュが俺の姿を見ずに、声を返してきた。
どうやらこちらの意図は伝わった模様。
「来い、獣ビトよ!」
レッシュが四振りの分身剣を消し、大きく後ろへと跳ねると、すぐさま前へと追い縋る黒獣人。
レッシュは不敵な笑みを浮かべ、後ろに飛び退きながらも握った剣の赤い切っ先を黒獣人に向けていた。
「貴様に――――これが捌けるかっ!」
アゾット剣が血よりも濃い赤色となり、レッシュの銀髪も紅に変色していく。
同時に、虚空よりアゾット剣の分身が出現し、間近に迫る黒獣人へと真っ直ぐ飛んでゆく。
その数は四本、どころではない。
幾十、幾百本もの剣の波濤が黒獣人を滅多刺しにしていく。
「グオオオオッ!」
傷だらけとなった黒獣人がたまらず苦悶の声を喚き散らす。
恐ろしいことに、肌に突き刺さり役目を終えた分身剣はその場に留まらず、すぐに消え。空いた場所に、すぐさま新たな剣が突き刺さるという無限連鎖が起こっていた。
猛烈な勢いでレッシュを追いかけようとした黒獣人が、間隙のない剣の驟雨にさらされ、なすがままとなってしまう。
普通であればすぐに死亡するはずだが、黒い宝珠が強烈に輝き、驚くことに黒獣人の傷をたちどころに塞いでいった。
「ふん、玉の癖に生意気な奴め」
レッシュはおかまいなしに塞がった傷を無尽の剣で再び斬り拓いていく。
いつの間にか、黒獣人との戦いが、黒宝珠とレッシュの戦いに成り代わっていた。
――――好機は今、駆け抜ける時が来た!
判断を下した俺は、大気を裂いて全力疾走。
自らも一つの武器となって身動きの取れない黒獣人の元へと疾駆する。
「斬って駄目なら打ち貫く!」
剣の瀑布によって無防備となっている黒獣人に接近。
大きく踏み込み、神殿を支える柱の如き太い杭を黒獣人の腹へと突き立て、そのまま大地へと押し倒した。
俺の動きに合わせて、剣の驟雨がぴたりと止む。
一瞬の静寂。
「うおおおっ!」
杭を黒獣人に打ち刺した俺は裂帛の気合を込めて、四本の指を使い重い引き鉄を引く。
瞬間――――重い衝撃音が周囲に響き渡る。
弾層に込めたプラーナが筒の中で炸裂し筒の内部で圧縮されたプラーナが弾けた結果、密室内で爆発が起こる。起こった衝撃が円筒の内部で収斂し、散らばった熱量が杭の根元へと一点に収束。
指向性を持った爆発の衝撃が機械的に杭を押しこむと、突き出された杭が鋼の如き黒獣人の腹をいともたやすく貫いた。どころか杭が大きすぎた為、胴体に大きな風穴を開けてしてしまった。
俺はぴくりとも動かない黒獣人の様子を観察する。
黒獣人の目には既に生気がなかった。
「とったか」
弾倉の内部で弾けたプラーナが外部へと撥ねあがり、粒子となって消えてゆく。
出来れば生かしておきたかったが、生け捕りに出来るほど、生易しい相手ではなかった。
それにしてもこの黒獣人は何者だったのだろう。
「やったようだな」
傍にいるレッシュが声を掛けてくる。
「いや、まだだ」
俺はすぐに否定。
敵はまだ残っている。
厄介な魔法のようなもので黒獣人を補助した黒玉は未だ健在している。
俺は視線を黒獣人の傍に佇む物体へと向ける。
黒い宝珠は静かに空を漂っていた。
「見事だ」
黒い宝珠から突然声が発せられる。
「!」「!」
レッシュと俺は意表を突かれながらもすぐ反応し、油断なく武器を構える
「良い反応だ。さすがタイガガを打ち倒しただけのことはある」
黒宝珠が膨張し、割れると、中から人が生まれた。
「お前たちのような輩を、ずっと探していた」
艶やかな赤い唇から言葉を紡ぐ女は、不自然なまでに整った顔をしていた。高名な画家の描いた理想の女性が具現化したかのような、完璧な美しさを備えていた。
浮世離れした雰囲気を醸す妙齢の女が嫣然と微笑む。
「今はタイガガを蘇生しなくてはならない。後日仕切り直しといこうではないか」
「貴様、何を言っている?」
疑問の答えを待たずに、レッシュが分身剣を顕現させ、黒玉から生まれた女に向かって投射。
「せっかちだな」
女が手を前に翳すと、レッシュの放った剣は、見えない壁に阻まれ止まってしまった。
魔法だけでなく、物理攻撃に対する結界も張るというのか?
「よく言われるよ!」
驚きを隠し、俺も片手剣を振って女を斬りつけようとするも、当たる直前で見えない障壁にかち当たり、それ以上は刃が前に進まなかった。
「先ほどの戦いも悪くなかったし、参加していなかった女子も只ならぬ力を持っていると見える。お前たちのようなものこそ、本物の冒険者なのかもな」
「リントウ!」「レッシュ」
異常を察知したシャミナとアリスが駆け寄ってくる。
「シャミナ!」
俺は刃を障壁に押し込みながら、シャミナに目と声で合図を送る。
「お前たちともっと言葉を交わしたいが、タイガガを蘇生するためには、すぐに退かねばならない」
シャミナは俺の意図を理解し、微かに頷く。
「貴様の都合など知ったことではない!」
レッシュは自らの剣でも女に斬りかかるが、やはりその刃が相手に達することはなかった。
「さりとて、私の方もそちらの希望に従う道理はない。そうだな、七日ほどしたら私を追って来るがよい。
また戯れようではないか」
女は刃を押し込もうとする俺たちを無視し、タイガガと呼ばれた黒獣人の身体を抱え上げた、
「それ以上は待たせるなよ。うっかりしてまた破壊をまき散らしてしまうかもしれないぞ。」
空高く舞い上がる女とタイガガ。
「私はイスズズ。再び会えることを楽しみにしている。ではな」
少女のように無垢な微笑みを浮かべ、女は再び黒い宝珠となって彼方へと飛んでいってしまった。
「何者なのだ、あいつは?」
黒玉の飛んでいった方を見つめ、レッシュが呟く。
「わからないわ」
シャミナが左右に首を振る。
博識である二人が知らないのなら、俺に分かるはずもない。
「底知れぬ力を感じた。リントウよ、お前は何か感じたことはないのか?」
レッシュがイスズズと名乗った女と対峙した感想を漏らす。
そして、同じように間近でイスズズと向き合った俺に、言葉を求めてきた。
「わからないが、とにかく綺麗な人だったな」
率直に思ったことを述べる。
するとそれまで強張っていたシャミナが珍妙な顔をし、すぐに呆れ顔となった。
「リントウ、無理にしゃべらなくてもいいわよ」
「……」
顔を縦に振って了解したと伝える。
有無を言わせない相棒の迫力に俺は従うほかなかった。
「レッシュ、終わったのならお家に帰りましょう」
手を口に当て欠伸をするアリス。
彼女は今ここで行われたことの全てに興味がなさそうだった。
アリスはどんな時でも、やはりアリスなのだろう




