打ち貫く為に
「分かった!」
後ろのシャミナが返事をし、次なる魔法を組み立て始める。
「いざ参る!」
レッシュは自分の世界に浸りながらも、いちおうは応えてくれた。
厳しい戦いにはなりそうだが、光明が見えた。
この場にいる三人がそう思っただろう刹那、黒宝珠に異変が起こった。
黒玉が闇色の光を放ち、傍らにいる獣人を暗黒のカーテンにくるんでいったのだ。
黒よりも濃い深淵の幕に獣人が包まれていく。
「なんだ、これは⁉」
闇に飲み込まれた獣人を剣で斬り付けようとしたレッシュが驚く。
アゾット剣の銀色の刃は、闇の紗幕に阻まれ、暗黒の幕上を滑るのみだった。
「グルウウウアアァ!」
夜幕の内部から咆哮が轟く。
そして暗黒の中から獣人が再び姿を現す。
「なんだ⁉」
獅子男の身体にまたもや変化が起こっていた。
身体の至る所に、雷の如きに鋭角的な黒い線の模様が描かれているのだ。
黒獣人が疾風を纏って拳を繰り出す。
「むうっ」
迅速の爪を辛うじて剣の腹で受け止めたレッシュは、拳の勢いに押され後ろに吹き飛んでいった。
「レッシュ!」
安否が気になり思わず声が出る。
元より尋常ではなかった獣人の身体能力がさらに強化されたのか⁉
俺は大砲のような黒獣人の一撃に驚愕。
「大丈夫だ。――――リントウ、全力でいくぞ!」
すぐに立ち上がったレッシュは、口元の血を拭ってそう言った。
呪剣士の瞳が、獣人に負けず劣らずの好戦的な肉食獣の輝きを放つ。
「ああ」
元から手加減しているつもりはなかったが、レッシュの流儀に合わせて返事をしておく。
調子に乗ってもらった方が、彼は良い働きをする。
「アゾットよ、いくぞ!」
レッシュの声に応じアゾット剣の紅玉が妖しく光る。
銀色だった剣身が紅玉と同じ深紅に染め上がっていく。同時に使い手であるレッシュの瞳も高貴さを醸していた銀色から禍々しい紅に変色していく。
呪剣士レッシュが本気の姿になった。
レッシュの握る魔杖剣アゾットが実体のある分身剣を造りだし、四振りの赤い剣が宙に浮く。
すぐに四つの切っ先が黒獣人に向けられると、一斉に向かっていった。
「我が眷族よ、切り刻め!」
命じられた四振りの剣は直線ではなく、それぞれが意思を持ったかのように、自在に空を駆け、黒獣人の四方八方から攻め立てる。
アゾット剣の本領である、分身剣による縦横無尽の三次元攻撃だ。
「グルウ!」
黒獣人は自分の周りを飛び交う紅の剣を叩き落そうと遮二無に腕を振り回す。
が、 剣は黒獣人の動きを察知し、回避しながら己の刃で敵を斬り裂いていく。
このままでは埒が明かないと思ったのか、四振りの剣舞に晒される黒獣人は、剣の主であるレッシュに狙いを変えて突っ込んでゆく。
「獣ビトよ、舐めるな!」
レッシュは赤い眼をかっと見開き、相手の動きに応じて自らも前へと駆けだした。
黒獣人に接近したレッシュは、自らも五振り目の剣となって果敢に攻め込む。
迅雷の剛爪を、赤い目が捉えて躱す。
黒獣人だけでなく、赤い瞳のとなったレッシュも、増大した呪力によって身体能力がより強化されているのだ。
四本の剣とレッシュによる怒涛の攻撃が、黒獣人の身体を瞬く間に傷だらけにしていく。
が、例によって黒宝珠が与えた傷をすぐに治癒してしまう。
「グウガッ!」
強力な回復の補助がある黒獣人は、防御の意識が薄かった。
それ故、己の身体に刻まれていく裂傷を無視し、レッシュの怒涛の連撃をものともしない。
黒獣人の拳がついにレッシュを捉え、歪な均衡が崩れる。
かと思われた刹那、空を無尽に駆けていた四振りの剣が、折り重なって紅の花を咲かる。
剣の華に爪が激突し、けたたましい音が鳴り火花が散る。
致命必須の剛爪は折り重なった剣に阻まれ、レッシュの肌に触れることはなかった。
「ふん、易々と私に傷をつけられると思うな」
赤い目をした鬼神が、眷族の分身剣と共に再び攻撃を始める。
「……俺もやるか」
ライバルの奮闘を目にし、やる気が漲る。
しかしながら手裏剣による援護は不可能といってよいだろう。
複雑に動き回るアゾット剣たちの間を縫って黒獣人だけに攻撃を当てることは物理的に難しい。
となれば、俺の援護射撃はレッシュたちの邪魔になる可能性が大きい。
ならば別の手でいくしかない。
「――――使うか」
自分もレッシュに倣い新たな手札を切るべきだと判断。
左中指から金指輪を外してダマスカスハウルに重ねる。
すると長筒が消失。そして代わりに顕れたのは、丸太の如き鋼の杭と、杭を打ちつけるための発射台。
野太い杭と発射台がダマスカスハウルの上に生成され二つが連結。
俺の左腕が規格外の杭と発射装置に覆われ、巨人の腕さながらの大きさとなる。
これぞダマスカスハウルと金指輪が生成する杭打ち機の形態。
相手に密着して杭を打ち込むという、一点突破型の超接近武器である。
発射台から弾倉を滑らせ、火薬玉の代わりとなるプラーナを装填。
円形の倉にこれでもかというくらいプラーナを圧縮させ詰め込む。
限界まで注ぎ込んだところで弾倉を発射台に繋ぎ直す。
最期に撃鉄を上げて準備は完了。
これでいつでも打ち貫くことが出来る。
本来は耐久力の高い大型モンスターを屠る為に使用する杭打ち。
考えようによっては、超常の治癒能力を手にするあの黒獣人を倒すのにふさわしい武器といえよう。
ようは治癒する暇も与えずに、一撃で倒してしまえばいいのだ。
長期戦で削るのではなく、短期決戦で一気にカタをつける。
最初からそうするべきだったのかもしれない。
だが、強力な武器を使うには危険がつきもの。
一撃必殺を是としたこの武器は、当たれば大きいが外れると隙だらけになってしまうのだ。
だから使い所は選ばなくてはならない。
まあ、もしもの時はシャミナやレッシュがなんとかしてくれるかもしれないが……
そう思った俺は相棒に目で合図を送る。
「任せて!」
シャミナが大きく頷き、風系風魔法<迅風陣身>を俺に向かって放つ。
風の加護が身に宿り、羽が生えたかのように体が軽くなった。
この杭打ちは、いかに早い速度を掴んで相手にとっ突くかが肝要。
だからシャミナの魔法により俺の走力を向上させ、突進力を上げることは非常に効果的なのだ。
準備は整った。
――――あとは行くのみ!




