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胸が躍る

――来る!


 四振りの小剣がまっすぐ俺の元に飛来。


「ぬっ!」


 大地を蹴って右方向に飛び退き回避。したところに、レッシュが新たに顕現させた小剣がやって来る。

 着地と同時に地面に転がることで新たな攻撃を躱す。が、さらに新たな剣が迫る。

 対応する為に、今度は転がりの勢いのを利用して立ち上がり、疾走して剣を躱す。

 レッシュが右手に持つ剣の先の照準を俺に合わせると、飛び道具たる小剣が指示に従い俺に向かって次々と放たれていった。

 際限なく、投射される小剣。目標の俺に刺さらなかった小剣たちが次々と霧散し、跡形もなく消失していく。

 剣の分身を造りだし、発射するという常識の剣術とはかけ離れた技。

 魔杖剣アゾットの使い手であるレッシュが得意とする(じゅ)()の一つだ。

 アゾットの呪力を剣士のレッシュが技として磨きあげ編み出したという呪技。

 その力を得る為に、彼は様々な類の呪いに罹ることになったらしい。

 それが、精霊ではなく、悪魔と契約することの代償。

 つまり、紅玉の中に潜む悪魔と代償契約を交しているレッシュは、呪力というプラーナとは異なる力をその身に宿しているのだ。


――――まずは撃ちあいか。


「面白い」


 容赦のない剣の嵐に襲われ、俺は思わず笑ってしまう。

 やはりレッシュは強く、彼との戦いはやりがいがある。

 俺は走りながら右手小指に嵌る青銅の指輪を外し、素早くダマスカスハウルに重ねプラーナを注ぎこむ。

 すると、手甲に重なるようにして長方形の筒が生成される。ちょうど左手首から肘の先までを覆い尽くす長さだ。

 左手の甲をレッシュに合わせ、長筒の中にプラーナを装填。

 

「行け!」


  人差し指で引き鉄を引くと、レッシュの方を向いた筒の先から四つの三角形繋ぎ合わせた刃が回転しながら彼の元へ飛んでゆく。発射されたのは、手裏剣という投擲武器だ。

 これがダマスカスハウル――青銅指輪から生成される遠距離攻撃用の長筒である。

 ちなみに今相手をしているレッシュの小剣投射を参考にして造ったものだ。


「ふん! 撃ちあいなら私に分がある!」

 戦場となった広場に銀の小剣と黒の手裏剣が飛び交う。

 直線的な射撃の応酬が、両者の間に一定の距離を保ちつつ繰り広げられていく。

 お互いに足を止めることなく、避けながら撃ちあい続ける。

 レッシュから放たれる小剣を紙一重で避け、すかさず反撃の手裏剣を発射。

 俺の手裏剣も機敏なレッシュの動きを捉えきれず、僅かに身体を掠ることが出来るのみ。

 虎視眈々と機会を待っているが、相手の動きは素早く体力もあり、必中のタイミングはなかなかやってこない。歯がゆさが胸の内に燻る

 

 ――――それはレッシュとて同じはず。

 

 二人共がいまだにまともな攻撃を受けていないままに時が刻まれていく。

 次々と飛び道具を発射しあうが、二人の力量が拮抗しているせいか、決め手に欠けるという事実が徐々に露わになっていく。


「リントウよ、慣らしはそろそろおしまいにするぞ!」


 遠距離の攻防はいわば準備運動のようなものだと言わんばかりにレッシュが猛る。


「ああ、俺もいい感じに身体があったまってきた!」


 身体が火照っていくのを感じ、俺も叫び返す。

 前衛たる俺とレッシュの本領は接近戦だ。

 戦鬼の顔となったレッシュが、疾風となって駆け出し距離を詰めてくる。

 迎える俺は銀指輪をダマスカスハウルに重ね片手剣を生成。レッシュに応じ、前へ駆け出して行く。

 銀刃と銀刃が真っ向からぶつかる。

 金属が噛みあい火花が散り、戦場に甲高い音が響く。

 重なりあう刃と刃。

 俺は力任せに押し込もうとするが、呪力で強化されたレッシュの身体能力は高く、同等以上の力で押し返してくる。

 細い身体ではあるが、怪力だ、

 剣を滑らせ、身体を半身にして相手の刃を逸らす。

 作った隙間にすかさず剣をねじ込む。

 剣の軌道を予測していたレッシュが防御し、返す刀で銀の刃を閃かせる。

 鋭い銀閃を紙一重で躱した俺が、さらなる一撃を繰り出していく。

 近距離での戦いは、力比べで始まりすぐに技の勝負へと移行した。

 呪剣士たるレッシュの振る刃の速さが増していく。

 袈裟斬りからの突き、斬り上げから肩口への落とし。

 途切れることのない、斬撃が俺へと殺到していく。

 華麗な剣捌きとは、まさに今目の前にある剣技のことを示すのだろう。


「喜べリントウ。私の剣は今日も冴えているようだぞ」


 端正な口元を歪め、レッシュが喜びを示す。 


「ああ、悲鳴が出そうになる程嬉しいね」


 剣の勝負で少しずつレッシュに圧され始めていた俺が、不敵な笑みを贈る。

 再び流麗な舞の如き剣舞が俺を攻め立ててくる。

 俺は相手の動きを良く見て、最小限の動きで攻撃を躱し防ぎ、時に反撃をする。

 刃舞踏の相手役として、レッシュに必死に食らいついていく。


 ――――やはりレッシュは強い!


「また少し腕を上げたようだな、リントウ。ほめてや――――」


 動きを止め、何かを言いかけていたレッシュだったが、最後まで聞くことはせず俺の方から仕掛ける。悪意はない。

 この至高ともいう剣の術をもっとこの身に味わいたいのだ。

 実力の勝る相手との勝負こそ、己を成長させるこのうえない糧となる。


「ふん、無礼な奴め」


 レッシュの顔には凄絶な笑みが浮かぶ。

 単純な剣の腕はレッシュのほうが上だろう。

 だからといって勝負に負けるつもりもないが!

 俺は地を這うようにして水面蹴りを繰り出す。半月の軌道がレッシュの脛を捕らえにいく。 

 それまで剣の攻防に集中していたからこそ、このタイミングでの蹴り技が活きる。

 動作は大きいが、予想外の攻撃ならば、当たる可能性は充分にあるのだ。

 あわよくばを狙って放った俺の蹴撃は、レッシュが咄嗟に大地に突き立てたアゾット剣の腹で受け止められていた。


「やるな」


 不意の攻撃を見事に防いだレッシュを素直に賞賛。

 変則的攻撃にも即対応してきたか。


「ふん、相変わらず、節操のない攻撃だな」 


 大地から剣を引き抜き、後ろに飛び退くレッシュ。


「だが、お前はそうでなくてはな」


 剣の鬼が肉食獣の如き獰猛な笑みを浮かべる。

 距離をとったレッシュが再び小剣を顕現させ、俺に向かって投射。


「俺はそういう奴だよ!」


 飛来する四振りの小剣に、俺は直感と動体視力で大まかに照準を合わせ手裏剣を応射。

 小剣と手裏剣が衝突し、地面に撥ね落ちていく。 


「避けるでも防ぐでもなく、撃ち落すとは。つくづく出鱈目な奴め」


 運と実力が伴って成しえた所業に感嘆するレッシュ。

 俺は返事の代わりとばかりに、手裏剣を乱れ撃つ。

 レッシュが回避し、反撃し、距離を詰めてくる。

 戦いの場が無尽に広がる。

 離れては小剣と手裏剣の応酬。

 かと思えば、お互いが走り寄り、剣での接近戦が始まる。

 刃が飛び交い、時には絡み合う。

 汗が飛び散り、金属の弾ける音がこの空間に鳴り響く。

 砂埃が揺らぎ、二人が走った軌跡に土煙が舞い上がっていく。

 レッシュという好敵手との戦いは、勝敗の趨勢がたゆたい、どう転ぶのかが当人の俺にすら分からなかった。

 ――――――あくまでこのままの話ならばだが。


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