三者三様
「へえ、もう解析が終わったのか。さすがシャミナ」
ほどなくして帰ってきたリントウに、私は世界樹の紙のことを説明した。
「で、この人工遺物をどうする?」
リントウが世界樹の紙を欲しいと言うならば、彼への贈り物としよう。
「そうだな。しばらく置いといて、使い道がなさそうならギルドに引き渡すか」
予想通りの返事。
彼は魔法を体験することに関心は示さず、秘宝と呼ぶに相応しい一品を所持することにも執着しなかった。
リントウは冒険を体験することを欲している。
彼の場合、危険に対抗する手段として魔法を必要としていないので、報酬にもさほど興味がないのだ。見つけた秘宝が新たな冒険の手がかりとなる場合は別だが。
「そうね。私も異論ないわ」
少しもったいない気もするが、ギルドに貴重な遺物を提供すれば、それだけ私たちの評価も上がるというものだ。
ギルドとしてもより私たちという存在を重宝するようになり、待遇がよりよくなる。
わりの良い依頼だって優先的に斡旋してくれるようになるかもしれない。
そう考えると、苦労して手に入れた人工遺物をギルドに渡すことも決して無駄ではない。
冒険者たるもの、ギルドとは持ちつ持たれつ、仲良くしていかなければならないのだ。
「解析も終わったし、また次の冒険に行く場所を目星つけておかないとな」
夕食後、団欒の一時。
彼は瞳を輝かせ、早くも次なる未知との出会いに胸をときめかせていた。
「気が早いわね。先立つものは用意出来ているの?」
私は逸る相方を微笑ましく思いながらも、現実を指摘。
「む。近いうちに調達し終えてやるさ」
現状を憂い、口をへの字に曲げたリントウが資金調達へ意志を燃やす。
「ええ、期待しているわ」
喜怒哀楽の分かり易い相方がなんだか微笑ましかった。
翌朝、私はダマスカスハウルの調整と、新たな力を具現するための新指輪作成に一日を費やした。
冒険の行き先を決めることは、二人一緒にやりたいので今は考えないでおく。
独り工房で作業していると、ふとした時に昔のことを思い出してしまう。
最初、私たちは二人ではなく四人組だった。
だがクロベルが戦いの中で倒れ、その哀しみに耐えられなくなったジェシンが途中で抜けてしまった。
それからはずっとリントウと二人きりで今までやってきている。
二人での冒険は困難も多かったが、そのぶん喜びも大きかった。
個人の責任が大きく、四人の時と比べ様々なことを変えて行く必要があった。でもお互い頑張って対応していった。
そんな中で、リントウには初めから今現在に至るまで、変わっていないことが一つある。
彼は常に前で戦い続け、そこから逃げたりはしなかった。
対峙する怪物が強大であろうと、退かず。
魔法が使えず落ちこぼれと罵られても、卑屈にならず。
大きくはないその背中を、ずっと後ろに居る私に見せ付けていたのだ。
頼もしい背中に守られ続けた結果、私は此処に居ることが出来ている。
だから今は、ダマスカスハウルという錬金武具を通して彼の力になれることが私は嬉しい。
私はリントウの力になりたい。
彼の相方だから。
同じ場所で景色を見ていたい。
常に前しか向いていないリントウだから、横に立って私が周りを見てあげたいのだ。
「やれやれ」
どうやら、 私シャミナ=クーネリアはリントウ=イルサスクのことが好きらしい。
†
石壁に囲まれた部屋。少女は粗末な寝台の端に腰かけ、暇を持て余していた。
幾ばくかの時間が経つと、少女の尖った耳がぴくりと動く。
足音がだんだんと大きくなっていき、誰かがやって来ると察知したのだ。
「今日から貴方に仕えるタイガガと申します。よろしくお願いします」
訪問者である、目つきの鋭い青年は自らをタイガガと名乗り、寝台の上で足を揺らしている少女に恭しく頭を垂れる。
「私はイスズズ。仲良くしてね」
主の自覚など毛ほどもないイスズズは、自らの従者となったタイガガに自らもぺこりと頭を下げる。
「貴方の手となり足となり、出来うる限りのみを叶えましょう。なんでもお申し付け下さい」
過酷な使命を託され、外に出ることすらままならない主の為、生真面目なタイガガは何かをしてあげたいと願った。
「それなら私の口になって」
「はい?」
少女の発した思いもよらない言葉に驚き、目を丸くするタイガガ。
驚く彼をよそに、イスズズは寝台から降りると、棚に向かって駆け出していった。
「これね」
背伸びして棚から取り出したのは、赤い装丁が色褪せ、茶色にくすんでしまった一冊の本。
「……分かりました」
イスズズから差し出された本を受け取ったタイガガは、この少女は本を読み聞かせて欲しいのだと気が付き、ぎこちなく微笑む。
「ありがとう! 私、まだ人間世界の文字が読めないのよ」
「時間はあります。これからゆっくり覚えていきましょう」
無邪気に喜ぶイスズズに、タイガガは胸が締め付けられるような想いとなる。
生まれ落ちた世界であるカンドーシアから、幼くして内界アストランテに移ったイスズズは、己に課せられた残酷に過ぎる使命をまだ知らない。
ならばせめて今くらいは、楽しい時間を彼女に。
「はやくはやく」
何も知らないイスズズは、再び寝台に腰かけると足をばたつかせ、無邪気な声でタイガガを急かす。
促されるままに、イスズズの隣に腰かけたタイガガが咳払いを一つ。
「では、物語のはじまりはじまり」
「わあ」
タイガガが本を開き朗読を始める。人間の言語で綴られたその本には、勇者が困難の末に竜を倒す、王道ともいうべき冒険物語が描かれていたのだった。
◇
「じゃあ、いってくる」
「いってらっしゃい、リントウ」
シャミナに見送られて、我が家を出る。
人工遺物の正体も分かったことだし、早く資金を溜めて次の冒険へ向かいたいところだ。
当面の生活費や、錬金研究に必要な部材費。それに新たな遠征に必要な備品などの購入も鑑みると、金はたくさんあった方が良い。とりあえず、百万ゴルほど溜めることを目標としよう。
家を出て七分ほど歩いたところで、ギルドのヨモスグルム支部に到着。
黒い斑点が染み込む石造りの建物はそれなりの年季を感じさせる。
開き戸を引いて中に入ると、若干建て付けが悪く、ぎいっと音がなった。
建物の中に入った俺は、真っ直ぐ受付嬢が待つ卓へと足を進める。
「おはよう、ナンナさん」
「おはようございますリントウさん」
肩まである黒い髪。丸い眼鏡が良く似合う理知的な顔。
ナンナさんは、理知的な見た目通り、仕事の出来る女の人だ。
「今日のおすすめ依頼は?」
馴染みの魚河岸で、店主に旬の食材を聞く気安さで尋ねる。
俺はナンナさんの仕事ぶりを基本的には信頼している。
よって彼女の裁量にいつもほとんど任せしてしまう。
「依頼をお伝えする前に一つよいでしょうか?」
首を傾け、俺の許可を待つナンナさん。
相変わらず丁寧な対応をする人だ。
「いいですよ」
「リントウさん宛に、レッシュさんよりお手紙を預かっているのです」
「レッシュが俺に?」
何のつもりだろうか?
「はい」
疑問を浮かべる俺。ナンナさんも小さく左右に首を振り、自分も良く分かりませんと示してくる。
俺は訝りながらも手紙受け取り封を開けて中を読んでいくことにした。




