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交渉

 重い足取りで大通りを進み、住宅街へと入っていく。

 煉瓦造りの家に到着。二階建ての家は、外壁に傷やしみの一つもなく、手入れが行き届いていた。

 私は声を挙げずに扉を叩く。

 声を聞かれた時点で、扉を開けてもらえなくなる可能性を恐れたのだ。


「騒々しいな、無礼者が」


 家の中から苛立ちの声。足音がこちらに近づいて来る。

「人の家を訪ねる時は用件と名を名乗るが礼儀――」

 ドアが開くと、中から顔を出したレッシュがさっそく抗議の声をあげる。


「ん? お前は……」


 作法を知らない訪問者にお説教をし始めたところで、正体が私だということにレッシュが気付くと  

 ――――同時に電光石火で扉を閉めようとした。


「おはよう、レッシュ。元気にしていた?」


 が、間一髪で私は半身になって、ドアの隙間から家の中にするりと身体を滑り込ませる。


「……」

 

 鋭い銀の双眸が私を見咎める。銀の髪と同じ色をした瞳。

 気品の鎚と気高さの鑿を用いて、名工が彫り込んだ美の完成形が目の前に居る。

 リントウがお伽噺に出てくる勇者ならば、レッシュは乙女の夢物語に登場する理想の王子さまそのものだ。

 思わず見惚れてしまいそうになる相貌。それは、男女を問わず見る者を圧倒するほどの美貌だった。


「失せろ、シャミナ」


 あくまでその性格を知らなければの話だが。

 (じゅ)剣士(けんし)たるレッシュが、いつもは病的に青白い顔を微かに紅潮させている。

 煩わしい訪問者である私の出現に興奮しているのだろう。


「アリス、おはよう」


 私はレッシュの言葉を無視し、後ろに居る、彼の仲間であるアリスへ言葉を向ける。


「ん、何の用?」


 長い金の髪と翡翠色の瞳。人形のように整った顔立ちではあるが、まだあどけなさが色濃く残る少女。

 綺麗というよりは可愛らしい印象を受ける。

 幼さの残る容姿に反し、魔女の異名を受けるアリスも少し不機嫌そうだった。

 おそらく、レッシュと二人きりの時間を私と言う闖入者に邪魔され苛立っているのだろう。

 私が知る限りにおいて、アリスはどんな時でもレッシュのことしか頭にない。


「おい、家主である私を無視するな、無礼者が」


 礼節を重んじるにしても、私だって相手は選びたいところだ。


「あ、ごめんなさい。実はお願いがあって来たの」 


 という本音を隠し、あくまで下手に対応する。

 目的を達成する為には、多少の我慢はするつもりだ。


「却下だ」

「まあそう言わずに、ね?」


 素気無い言葉に食い下がる私。


「ふん」


 とりあえず言うだけ言ってみようと思い、私は掻い摘んで事情を説明する。


「そこで、レッシュが最近手に入れたはずの、外界植物に関して記された本を貸して欲しいのだけど」


 顔色を伺いながらお願いしてみたが、レッシュは終始嫌そうな顔をしていた。 

 難しい交渉になりそうだ。


「ふん、あの本のことか。事情は把握したが、一つ問題がある」


 形の良い眉を寄せ、むっつり顔だったレッシュの表情がふと自然に戻る。


「ん? 何かな?」


 本を貸すにあたって、何か条件でも出すつもりなのだろうか?

 無理難題を吹っかけるつもりだとしても、それならまだ本を借りられる可能性はある。


「私がお前らに協力してやる義理など微塵もないということだ」 


 毛ほども無かった。


「っつ」


 この男は整った容姿に反比例して性格が歪んでいるのだった。

 共にわれ先へと外界を目指す、いわば好敵手である私たちとレッシュたち。

 やはり助力を請うのは大変そうだ。

 ならば、競争心皆無なアリスの方に話を振ってみようかと思ったが、彼女は私の話に興味を失ったのか 既に家の奥へと引っ込んでしまっていた。


「レッシュの言うとおりかもしれないけど、困った時はお互い様っていうでしょう。だから、ね?」


 私とて簡単に引き下がるわけには行かない。リントウに人工遺物の解析という役目を託されたのだから。

 よってレッシュのことが好きではないが、いやむしろ嫌いだがここは踏ん張らないといけない。


「ふん、礼儀を弁えないお前たちに、特別に教えてやろう」


 尊大な態度で口の端を歪めるレッシュ。


「何かしら?」


 えらく上からの物言いに苛立だったが、顔には出さない。

 ここは大人の対応で乗り切ろう。


「たとえ私が死の危機に瀕するほどに困っていたとしても、お前たちの手など借りることはしないということだ。よってお互い様などという言葉など戯言に過ぎん」

「う」


 王子ならぬ王者の視線で私を見下すレッシュ。この人格破綻者め。

 リントウはよくこんな性悪な男を友達だと言ってのけるものだ。


「何ならお金を払うわよ」


 ――今は無いけど。リントウがきっと稼いできてくれる。わよね?

 言葉での交渉が無理なら、モノで釣るしかない。

 家計には痛手だが、この際手段は選んでいられないのだ。


「金で私を買収するつもりか。あざとい奴め」

「……」


 さしもの私も、我慢の限界が近づいていた。

 いっそのこと奪い取ってしまおうかしら。


「そこをなんとか、ね?」


 笑顔の仮面を貼り付けてお願いする。

 胸中は穏やかではなかったが――――というか嵐が吹き荒れていたが、なんとか愛想の良さを保つことが出来た。

 さすがに臨海突破間近だが……

 火の魔法組成式を頭の中で組み上げ、爆裂魔法をレッシュに放つ想像を膨らませることで、かろうじて怒りを押し留める。


「しつこい女だな。男が逃げるぞ」


 遂に言ってはならない言葉を口にするレッシュ。

 私の怒りが爆発。

 膨らんだ想像が弾け、現実に爆発を起こしてやることに決定。


「はい、これあげるから早く帰ってちょうだい」


 怒りのままに行動に移そうとした瞬間、アリスの声で私はわれに返った。


「え、いいの?」 


 彼女が差し出したのは一冊の古びた本。表紙には外界植物についてと記されている。

 これは、私が借りようとした本ではないのだろうか?


「なっ⁉」 


 レッシュは眼を丸くして固まっていた。


「ここは私とレッシュ、二人の愛の巣なの。部外者は立ち入り禁止。だから早く出て行ってちょうだい」


 空いた手で、私をしっしと追い払うアリス。


「おい、アリス! どういうつもりだ?」


 相方の思いもよらぬ行動に激高するレッシュ。

「だってレッシュったら、さっきからその女とばかり話しているのだもの。妬いちゃうわ」


 興奮するレッシュに対し、抑揚の無い、感情の篭らない声でアリスが応える。


「あなたこそ、私がそばに居るにもかかわらず他の女にかまけないでちょうだい」


 レッシュの怒りにアリスの理不尽な憤りが覆いかぶさる。

 彼女の愛の深さは、私ごときに窺い知れるものではない。


「アリス、ありがとう」


 動揺するレッシュを横目に、私はアリスからさっと本を受け取る。


「感謝しているのならば、早く帰ってちょいだい」

「ええ、さようなら、お二人でごゆっくり」 


 言われるまでもない。

 目的も達成した。となればややこしいことになる前に退散するにかぎる。

 回れ右した私は、そそくさとその場を離れる。


「おい、待て無礼者!」 


 背中からレッシュの叫び声が聞こえるが華麗に無視。


「くそっ! 覚えておけ、貸し一つだからな!」


 断末魔の悲鳴さながらの未練がましい声が届けられると、私はほんの少しだけレッシュのことを哀れに思ったのだった。


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