第7話:勇者が現れたのっ!
「みんな~、応援ありがと~! 元気でね~!」
アンコールに応えた四天王が手を振りながら舞台袖へと消えていき、舞台には幕が下りる。
満席の会場からは拍手と歓声がいつまでも聞こえていた――。
ユーフィたち四天王は、魔王城からかなり西の町へ来ていた。彼女たちはついに完成した新生四天王のデビュー曲を引っ提げ、国中を回るライブツアーを行っていたのだ。
この世界に召喚されて以来、魔王城周辺から離れたことがなかったユーフィは、今回のツアーをかなり楽しんでいた。他のメンバーはツアーに乗り気な彼女を見て、ユーフィも四天王としての自覚が出てきたかと喜んでいたが、当の本人からすればただの観光旅行気分である――。
そんな『新生四天王お披露目ライブツアー』も昨日の公演で無事に終了。今日の夕方にはこの町を発つ予定なので、それまでは自由時間となっている。
観光か、はたまたご当地グルメの食べ歩きか。彼女たちは早めの昼食を摂りながら、この後の予定について話を弾ませていた。
「――申し訳ございませんが食事が済み次第、すぐに魔王城へ帰ることになりました」
しばらく席を外していたユウさんが、戻ってくるなりそんなことを口にした。
「えー? せっかくちょっと観光できるかなって思ってたのに……」
「んー、なんかあったんか?」
ロザリーとコレットも自由時間を楽しみにしていたのだろう。残念だという感情がその声からも伝わってくるが、有能マネージャーのユウさんに限ってスケジュールミスということはないはずだ。彼女たちもユウさんが悪いとは思っていないのか、別に責めるつもりはなさそうだった。
「はい。あまり大きな声では言――」
「わかりました! じゃあすぐお土産買ってきますね!」
何があったのかは知らないし残念でならないが、予定が変わったというのならば仕方がない。
見た目通りの子どもであれば駄々をこねるのかもしれないが、ここは大人として冷静に事実を受け止め、帰る前にせめてお土産を買ってこなくては――、とユーフィは店を飛び出していった。
「ユーフィ様!」
「もー、ユーフィちゃん落ち着きがないなあ。迷子にならないといいけど……」
「いつものことやん。まだまだ子どもやからなあ」
――ユーフィの自己評価とは裏腹に、完全にただの子ども扱いである。
とはいえ、さすがに一人で買い物もできないほど子どもだと思っているわけではないので、待っていればすぐ帰ってくるだろうと残された四天王は落ち着いていた。
だがそんな彼女たちとは対照的に、いつもは冷静なユウさんが目に見えて慌てている。
「ユウさん? どうかしましたの?」
何をそこまで心配する必要があるのか――、とエリーゼが問いかける。
ユウさんは声をひそめると、先ほど四人に言おうとしていた言葉を三人へ伝えた。
「この町で、勇者を見たという目撃情報があるんです!」
その言葉に彼女たちは顔を見合わせ、一斉に立ち上がった――。
そんな仲間たちの心配など知る由もないユーフィは、お土産屋さんに向かって一生懸命走っていた。目当ての店はすぐ近くにあるのだが、ここからだとグルっと迂回する必要があるため時間がかかるのだ。
「――むっ」
走っていると細い路地裏のような道を見つけた。ここを通れば向こう側まで、迂回する必要なく貫通できるのではないか。
――そう考えたユーフィはその道を走り抜けようと駆け出し、横から出てきた誰かにぶつかり尻もちをついた。
「ご、ごめんなさい――」
「い、いや、こちらこそすまない。大丈夫か――」
謝りながらぶつかった相手を見上げると、野暮ったいローブを着た、さわやか系イケメン野郎がこちらを見下ろしていた。
傍から見れば、美少女が街角で美青年とぶつかってしまったという運命的な状況。恋の一つや二つ始まってもおかしくはなかったが、如何せんユーフィちゃんの中身は平凡な男である。燃え上がったのは恋の炎ではなく、イケメンへの妬みと怒りの炎であった。イケメン死すべし!
ユーフィが警戒したように見つめていると、イケメンは慌ててローブのフードを目深に被った。ぶつかったときにフードが外れたのだろうか。
イケメンのくせにわざわざ顔を隠そうとするのは、きっと嫌みか何かに違いない。
「君は……、君も魔族なのかい?」
「ええ、まあ……、一応」
「そうか……。そうだな、当たり前か――」
イケメン君のよくわからない質問にユーフィは戸惑いつつ答えた。
――この国の住人なんだから当たり前じゃないか。それはあれか? 『お前みたいなちびっこい奴が、本当にこのイケメンで完璧な俺と同じ魔族なの?』という皮肉ですか。
これだからイケメンは――、とユーフィは腹立たしく思ったが、もはや完全に被害妄想である。
「急いでるみたいでしたけど、時間は大丈夫なんですか?」
「あ、ああ。いや、別にそういう訳ではないんだ」
「……そうですか」
暗に、『さっさと行け』と伝えたのだが失敗に終わる。
仕方がないので「じゃあボクは用事があるから、これで」と言おうとしたユーフィは、彼の呟きを聞いて言葉をなくした。
「新四天王のユーフィたんがこの町に来ていると聞いて、その姿を見ておきたかったのだが……」
「――えっ?」
今、『ユーフィたん』とか言ったよ、この人……。うわぁー……、マジかー。
さすがにドン引きであった。目の前の男は、憎むべきさわやかイケメン野郎だと思っていたが、どうもかなり残念な部類の人らしい。というか気持ち悪い。きんもーっ☆である。
「君、ユーフィたんについて何か知っているのか?」
ユーフィの反応を見て何か勘違いしたのか、興奮した様子で詰め寄ってくる元イケメンの現キモメン。
もちろん、その人物についてはよく知っているが。それこそ何でも。
――というか、『ユーフィたん』とか言ってるくせに、本人を見てもわからないんだ……。
恥ずかしげもなくユーフィたんユーフィたん言うから熱狂的なファンなのかと思いきや、その本人に対し「ユーフィたんって知ってる? ハァハァ」と聞いてくる意味不明さ。
その矛盾からユーフィは一つの答えにたどり着いた。この変な男の正体、それは――。
――この人、『ニワカ』だ!
間違いない。
本来、仲間内くらいでしか使うべきでない呼び方を、ファンであることをアピールするかのように見知らぬ相手に平気で使う。そのくせ、本人を目の前にしても判別できない程度の認識しかない。
この分別のついてない感じ、まさに勘違いしちゃってる『ニワカファン』である。
「頼む! 何かユーフィたんについて知っていることがあれば教えてくれ!」
――だが、この必死な態度は自分がニワカであることを理解したうえで、少しでも知識を深めようと努力しているようにも見える。
もしかすると、下っ端で給料が少なくてCDを買ったりライブに来たりする機会がないのかもしれない。まだ若いし弱そうだし、きっと日々の生活で精一杯なのだ。魔王軍の給料がどの程度なのかは知らないが。
まあ、一応は自分のファンらしいので、その想いに応えてあげてもいいかなとは思うのだが――。
「え、えーっと。さすがに、ボクから教えられることはない、というか、その……、うん」
いったい何を教えればいいのかわからないし、何か気恥ずかしい。
そう思ってニワカ君を見ると、すごく辛そうで悔しそうな表情をしていた。そんなにショックか。
「あっ、でも、なんて言うか、あなたの気持は伝わってると思いますよ! その、きっとあなたのことも、いつも見てると思います!」
あまりにも可哀そうだったので、ありきたりな言葉でフォローしておく。一人のファンを特別扱いはできないので、「あなたのこと『も』いつも見てるよ」という表現にするプロ意識。褒めて欲しいものだ。
しかし、ユーフィの言葉を聞いたニワカ君は驚いたような表情をして彼女を見つめると、ブツブツとなにか呟いて考え込みはじめた。「まさか――」とか「――バレていたのか?」とか聞こえてきたが、最初からニワカだとバレバレだったので今更である。
「教えてくれて感謝する。俺は、一度戻ることにするよ」
「はあ……。そうですか? お気をつけて」
よく分からなかったが、彼は満足したようだ。
去っていくニワカ君の背中を見送り、次に会ったらサインでもしてあげようかなと考えていると後ろからパタパタと数人の足音が聞こえてきた。
「――ユーフィちゃん!」
「ふぎゅっ」
走って来たまま勢いよく抱きついたロザリーを受け止めることができず、ユーフィはそのまま押し倒され不様に潰れた。タックルの練習か何かだろうか。
「まったく――。何もなかったようで安心しましたわ」
「ほんまに。心配したんやで~」
いや、少し出歩いただけで何故ここまで心配されているのか。皆揃って追いかけて来たみたいだが、いくらなんでも子ども扱いしすぎである。あと、今まさに潰れて死にかけてるんですけど――。
「あのね、ユーフィちゃん。この町に勇者が潜入してるかもしれないんだって!」
「えっ! 勇者ってあの勇者ですか!?」
「どの勇者か知らんけど、多分その勇者やで。勇者って一人しかおらんし」
ユーフィは前々から、勇者を見たいと思っていたので興味津々だった。魔王側が想像と違ったので勇者には期待しているのだ。やっぱり伝説の剣とか持ってるのだろうか。
「勇者ってどんな人なんですか?」
「……さあ?」
噂の勇者について聞いてみると、意外なことに四天王は誰も見たことがないらしい。
「いや、ウチら前線に出えへんし。会ったことないしなあ」
「一人で魔王軍数十人と渡り合えるほどの化け物だと聞いていますわ」
「筋肉モリモリマッチョマンの変態だよどうせ。ユーフィちゃん、見かけても絶対に近づいたら駄目だからね?」
「……はぁい」
勇者について好き勝手に想像している四天王たちを見守りながら何事もなくてよかった、とユウさんは胸をなでおろした。
ただ、勇者は彼女たちの想像している風貌とはまるで違うということは、教えておいた方がよさそうであった。